第5話 学校案内

 零聖はいつもより早めに食事を終えると一姫に学校案内を始めた。


 昼食を早めに終わらせたと言っても学校全体を案内するのに昼休みの時間は短いため、零聖は二年生の間によく使う校舎と教室の紹介に重点を置き、その他は軽い説明に留めておくことで時間の短縮を試みた。


 「ここが図書室。本はよく読む?」


 「まあ、そこそこかな」


 「それは良かった。ウチの図書室はそこそこ種類が豊富だからな。時間を潰すには持って来いだ」


 「そうなんだ。じゃあ、また来てみようかな?」


 その甲斐あってか最後の場所である図書室の紹介を終えたあたりで次の授業の時間まで十分の時間が余っていた。

 もう少しゆっくりしても良かったなと反省すると零聖は一姫に教室へ帰るよう促した。


 「ねえ、れーくんの趣味ってなにかな?」


 そこへ一姫がこの時を待っていたとばかりに聞いてきた。先程とは立場が違うというわけだ(零聖は何も質問していなかったが)。


 「朱雀さん。まず、その『れーくん』って呼び方はやめてもらえるか?この年で幼稚園の頃の呼び方をされるのは流石に恥ずかしい」


 「え〜……じゃあ、零聖くん」


 「……まあ、いいだろう」


 下の名前で呼ばれることは慣れないが、口を尖らせて言ってきた一姫に妥協して許すことにする。


 「じゃあ、零聖くんも『朱雀さん』っていうの止めてもらえる?他人行儀で嫌だし……」


 「分かった。朱雀」


 「一姫」


 どうやら新しい呼び方がお気に召さなかったらしく被せるように自分の案を提言してきた。


 「……朱雀」


 「一姫」


 「朱雀」


 「一姫」


 そんな押し問答がしばし続いたが、やがで一姫が折れた。


 「分かった……"今"は『朱雀さん』でいいよ」


 「それで趣味何だっけか?暇が有れば本読んだりアニメ見たり、音楽聴いていることが多いかな。あと、最近はゲームしたりもしてる」


 まだ下の名前で呼んでもらうことを諦めていない様子の一姫を先の質問に答えることで零聖はスルーを決め込んだ。


 「わたしも音楽はよく聴くよ。最近好きなのはテレビとかにはあまり出ないんだけど"orphanS"っていう五人組のグループが好きで……零聖くんは知ってる。」


 「……ああ、"orphanS"ならオレも知ってるし聴くよ」


 唐突に出された自分のグループ名に一瞬、動揺したもののそんな様子をおくびにも出さず自然に返す。


 「えっ、本当に!?そうなんだ〜。知っている人身近にいなかったから嬉しいな〜。いつくらいから知ってるの?」


 「初期の方からかな。オリジナル曲じゃなくてカバー曲を中心に出してた頃から聴いてる」


 「へえ〜。じゃあ、好きな曲は?」


 「性悪説だな。あとはクソゲーとか」


 この二曲は零聖の作った曲の中で特にお気に入りのものだった。


 「ああ〜どっちもリズムはハマるけど世間や人生への不満を歌った曲で特徴的だよね」


 「綺麗事を並べただけの歌よりああいうストレートに物を描いた歌の方の好きなんだ」


 「そうなんだ。わたしはオデッセイみたいな恋愛ソングの方が好きかな」


 「なるほどな。まあ、女性的にはそっちの方が受けるよな」 


 こんな感じで当たり障りのない会話を続ける。


 途中で引っ越した理由について蒸し返されるかとも思っていたが一姫は何も言わない。尤も、そうされたとしてもスルーを決め込むだけだが。

 この調子で教室に着くまで無事に乗り切ろうとした零聖だったが……


 「いた……鳳城零聖くん!」


 その時、廊下に零聖の名を呼ぶ声が鳴り響いた。

 声のした方を向くとそこには腰まで届く長い黒髪を靡かせた静謐な雰囲気を漂わせるグラマーな女子生徒が佇んでいた。


 「光﨑会長?どうされたんですか?」


 「どうもこうも私はキミを探していたんだ!」


 憤懣遣る方無いといった様子で光﨑会長と呼ばれた女子生徒はずんずんと零聖との距離を詰めてくる。


 「あの〜……一体この方は……」


 「この人は光﨑闇奈こうさきあんな。この学校の生徒会長だ。それで会長……どうしてそんなに機嫌が悪そうなのでしょうか?」


 妙に不機嫌な闇奈に零聖だけでなく初対面の一姫も困惑した様子で身構える。


 「ところで貴女はどちら様?」


 「はい!わたしは本日、零聖くんのクラスに転校してきた朱雀一姫と申します」


 急に視線を向けてきた闇奈に対し、一姫は丁寧な挨拶で応対することで刺激しないよう努める。


 「零聖くん?」


 闇奈は一姫が零聖を下の名前で読んだのを聞くと眉をひそめるが、すぐに眉間から皺を消し去ると柔らかな笑みを浮かべた。


 「そう。はじめまして、私は三年一組の光﨑闇奈。この学校の生徒会長をやっているわ。学校で何か分からないことがあれば何でも聞いてね」


 「あ、ありがとうございます……」


 恐縮気味に頭を下げる一姫に鷹揚に頷くと闇奈は零聖の方に体を向けた。


 「それはそうと聞いたよ。キミ、学校を退学するって本当?」


 「……どうしてそれを?」


 限られた人間しか知らない退学の件を持ち出されたことで零聖は驚きを隠しきれない様子で問い返した。


 「来海先生から聞いた。そして言われたんだ。一緒に零聖くんの退学を阻止するのを手伝って欲しいって」


 一姫と話した時よりも幾分かフレンドリーな口調で闇奈が答えると零聖は顔を顰めた。


 (あの先生ヒト……早速、約束を反故したな……)


 そう思った零聖だったが、ふと沙織とのやり取りを思い返してみる。


 『まさか、あいつにそのことをバラすつもりではないでしょうね?』


 『それは流石しないわ。あの子が他の子に口を滑らさないとも限らないし』


 (そういうことかよ……)


 沙織は零聖の退学の件を不用意に他人へ話すことはしないが信頼出来る人物になら話すことになるかもしれないと言外に言っていたのだ。

 生徒会長であり、小倉高校のパーフェクトレディと名高い闇奈は生徒は勿論、教師陣からの信頼も厚く、沙織とは一年の頃の担任と部活の顧問を務めていたことから親しい関係にあるらしい。

 そして、昨年入学してきた零聖の担任になった沙織は何を思ったのか闇奈にその面倒を見るように頼んだらしくそれ以来、世話を焼いてくるようになったのだ。


 だが、零聖からすれば相手が誰かなんて関係ない。知られること自体が問題なのだ。明日、沙織はクレームを入れておこう。


 「さあ、説明して。どうして退学なんてするの?」


 闇奈はその真意を問いただすようにグイッとお互いの体が触れそうなほど距離を詰めてくる。


 「……光﨑先輩、その件についてですが、ここで他の生徒聞かされてしまうのでまた後日、別の場所でお願い出来ないでしょうか?」


 そう提案するとともに零聖は視線で横を見るように促す。


 「退学……?」


 促されるままに目を向けた先には驚きで固まってしまった一姫がおり、闇奈は自分の落ち度を悟った。


 「……すまない。私の配慮が欠けていた」


 闇奈は申し訳ないと言いたげに目を伏せて謝罪した。


 「分かって頂ければ結構ですよ。それでは光﨑会長、オレはこれで。話し合いの機会についてはまたメールで」


 それだけ言うと零聖はその場から逃げるように走り出した。


 「あ……待って!」


 置いていかれそうになった一姫もその後を走って追いかける。


 そんな二人の後ろ姿を闇奈は「ごめんなさい」とでも言うように両手を合わせながら見送った。

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