第17話

「仮)劇場型独立戦争(ごっこ)」


 教授の掲げた標題にさしもの火星臨時政府閣僚、裏番内閣の面々もしばしフリーズ、10秒程誰一人レスを付けなかった。

「えーと」

 一人が勇を奮ってボイチャ。

「つまり、なりきりプレイイベント?? 」

 発言を契機にわっとレスが溢れる、が、教授はそれを無視して全く別の講義を始めた。

「分断し、統治せよ」

 皆が一斉に検索する中、シビルが朗々と解説する。

『古来よりの統治、主要政治手法の一つです、具体的には帝政ローマの』

「調べれば直ぐに判る」

 教授は前置きして、続ける。

「問題は、嘗て君たち、いや僕たちは、労せずして自らその弊に陥っていた事なんだ。」

 一拍置く、付いてきてるかな。

「ニキがマウントしてウェーイがひっくり返す、いや、自分と火星の将来か、まず自分の今の人生か、価値観の相違、文化衝突、善悪じゃない、しかし、だ」

 不平逆ギレは飛んでこない、よしよし。

 皆、随分と因果、プロセスとリザルト、ガチャの様な即答への欲求を抑制する訓練を積んでくれた、素晴らしい。

「結果、市政を辟易させるくらいのクラスタ・コンフリを生じていた」

 再び、間。

 十分染みたところで再開。

「でもいいかい、市政はそれを問題視し同時に看過した、問題解決に着手しなかった、簡単なんだ、クラスタを規定し各々代表を立て意見調整、場は行政が用意する、こんな当然の事をここ火星では指導しなかった、放置した」

 さあ、どうだ。

『オレ達、自分たちで分断して、統治されてた……?』

「大正解だ」

 今度の沈黙は長かった。

 背後で嵐のような個チャが飛び交う様がありありと見える。

『つまり、俺たちは学ぶ必要がある、この火星について学んだように』

 皆を代表してニキリーダーがレス。

「その通りだ諸君」

 それでそれで、教卓スレにまたどっとレスが押し寄せる。

「それではまずこのへんで答え合わせ、待望のネタバレタイムにしよう」

 ぴた。

 レスが止み、ウェーブが流れる。

 待ってました! 。

 神・降・臨。

 ネタバレ! ネタバレ!! ネタバレ!!! 。

「あー、ごほん、では諸君、静粛に、静粛に」

 ざわ……ざわ……。

「カンのいいウェーイな一部は気付いてるかもしれない、僕たちはもう、火星政府と独立戦争を戦い、そして結果、完勝した、これが先の全容、ファーストステージだ」

 な、なんだってー!!! 。

「はい、静粛に、静粛に」

 それはまあ、混乱も宜なる哉。

「はい質問は後々、今日の下着は白、それ以外全部シビルが回答する、もちろん銃砲弾は用いていない、つまり、戦ったのは情報戦、戦術は飽和攻撃だ、ここで情報戦、なんて仰々しく言うのは単に理解の都合で、僕ら誰でも日々それを戦っている、彼女は彼は、私が好きなのか嫌いなのか、恋の駆け引きなんかは既にもう立派な心理戦だし情報戦だ、彼らはテラフォインジケータに振り回された、挙句自ら地球との連絡を絶ちロジを破綻させ、情報自滅戦に完全敗北した挙句に最後は、僕らの眼の前でハデな自爆スイッチを押して吹っ飛んだ」

 質問は無いが隣でシビルは鬼の形相でフリックしている、すまん背中は任せた、続ける。

「以上が先の経緯だ、でも凱旋将軍にはなれないよ、何故なら僕らがやったのは、単に見えない柵で相手を囲って、隙間から横殴りしただけだ、一種の野戦築城だな、彼らは敗北どころか、最後の瞬間まで自分たちが戦場に誘い込まれ包囲殲滅された、その現状そのものすら理解も認識もないまま退場したんだ」

 レスは増えない。

 シビルも顔を上げこっちを見る。

ざわ……ざわ……。

「さて、ここまでは前座、準備体操、前哨戦ですらない、判るか諸君」

 お、おう。

「次の相手は、喜べ、地球連合政府首脳部だ」

 お、お、おう。

「所詮はデスクワーカ、地球の丁稚、御用聞きの小役人集団じゃない、相手は全員が百戦錬磨、戦いのプロ中のプロ、最精鋭だ、理解しているか、諸君」

 おう、おう、おう! 。

「全地球人を掌管する内務省情報本部、宇宙軍、航宙保安局情報室だって火星の件だ、黙っていない、一つ間違えれば、いや、普通に進めれば僕らは間違いなく人類社会の安寧を脅かすテロリスト、ガチマジで侵攻してきた地球艦隊が軌道爆撃でここを更地に還す、僕らは火星の土になり歴史からその存在を抹消される、普通の事だ、人類史上幾度となく繰り返されて来た、ゲーマーが揃ってスキップする全くのコモンイベだ、だからだ、判るな、諸君」

 おう! おう! おう!! 。

「僕らは慎重に、賢く、冷静に、必要であれば大胆に、戦い、戦い抜き、そして、必ず勝利する」

 おおお!! 。

「その為の準備だ、今から始める、では諸君、準備はいいか! 」

 ヤボール! ヘルコマンダール!! 。


「ところで、君はダレ? 」

 流石に危険過ぎるというコトでニキ達火星ネコに現行犯捕縛され簀巻きにされ何処とも知れぬ古びた空きエアロックの一つに放り込まれていた当該人物と教授は対面を果たしていた。

 不幸な事故死扱いでジョン・ドゥにクラスチェンジしていて全く不思議では無かった彼は、しかし尚士気貢献。

「こんな事をしでかして、無事で済むと思っているのか」

 拘禁を解かれての第一声。

 おまゆう、全火星人が泣く。

「無事では済まない、だろうねえ」

 教授も悠揚と返答する。

「全人類完工待望の一大事業、惑星開発公社肝いりのテラフォーミングプロジェクト、それに対しての望外いや妨害工作、史上最低最悪のテロ」

 始めて相手の顔面が、疲労によるものを越え歪み血の気が雪崩を打って引く様をアリの観察をする視点で眺めていると、しかし尚抗弁仕掛けた相手に最期通牒を突き付ける。

「おおごとすぎて、ボクたちのてにはとうていあまるなあ、えーと、地球の環境省本局の一般問い合わせ代表番号を誰か知ってるかい? 」

 待て! 。

「……待て、と、君たち、聞いたかい? 」

 居合わせる、哄笑。

「ボクたち何か、主従関係にあったかな? 何か、無条件に命令を拝命する上下関係が」

 悲鳴。

「待て、待て、待て、いや! 待って欲しい、下さい、お願い申し上げるでゴザル!! 」

 ジャパニーズ・ドゲザ。

 おやジャポネ・ブラッドか。

 そうは見えないが。

「まず問おう、貴職の官職、姓名は如何」

 相手はそれこそ棒を呑んだ顔つき。

 遭遇した野人に流暢なキングズ・イングリッシュによるシェイクスピアの節で返答された、世界冠たる大英帝國アフリカ探検隊に似た表情。

「惑星開発公社、経営戦略室、室次長、イアン・フレミング」

 ひくり、教授は僅かに頬を痙攣させたが不問に伏した。

「アソコで何してやがった」

 ニキが今更低い声で問う。

「抜き打ち査察だ」

 この……、ボコ倒そうとするニキ達を抑えて、教授。

「で、待ったボクたちに何かご褒美でも? 」

 イアンは不敵な、凄惨な笑いを浮かべ、言う。

「取引だ」

 ああ?!。

「君たちの意図は未だ不明だが、一つ知っている」

 面々を悠然と見渡し。

「情報だ、君たちにはそれが、必要な筈だ」

 唸る。

 それは、そうだ。

「私にはそれがある、より多くを入手出来る権限も手段も有する」

 どうだ、と勝ち誇ったように。

「悪いハナシではあるまい」

 一夜明けると、イアンは裏番内閣に初期メンバー顔負けの一閣僚、情報本部長としてちゃっかり収まっていた。

 デカイ釣り針見えてる地雷。

 もちろん、全員が警戒した、していた。

 が、気は優しくて力持ちなニキ達に面白大好きウェーイが殴り合って意気投合、暮れた夕日に笑い合い、なライバル参入の黄金展開の魅力に抗えるワケも無くまあ。

 教授は教授で、決めるのは君たちとそっけない、そんな作戦で大丈夫か、大丈夫だ問題ない、無かった筈だ、史実に即せば。

「辞職?! mjdでイヤ、本気、正気ですか?! 」

 数日後、イアンはひっそりと公職を離れた。

 業務と云って、本省帰還だけを指折りカウントしていた将来事務次官就任最有力候補のバリキャリが火星の現地ベンチャーにヘッドハントされたとか、誰一人信じなかったが本人が言うならそうなのだろう、現地離任の異例も当人の政治力を遺憾無く発揮し形ばかりの慰留を背に円満退官、筆頭候補がコケて有象無象が祝賀するの現職時代の憤懣をブチ撒けるのと。

「さて、総ての準備は整った」

 教授はオフ、雁首揃えた裏番内閣のメンバーを見渡し、宣告。

「レディースアンドジェントルマン! 、ライジング、第二幕開演だ、では征こう」

 市役所は通い慣れていても、火星支部公館に入るのは、全員これが初めてだった。

 何しろここは地球の一部、国境の向こう、許認可立ち入り施設である。

 火星一番の売れっ子が田舎娘に転落するような秘書に案内され一行は、VIPルームですよ! と全力で主張している一室に通された。

 地球産の観葉植物に高い天井、うららかな陽光、ホロで白い沙漠、「ホワイトサンズ」を模した光景が屋内なのに展開されている、沙漠なら火星にもある、皮肉か? 。

 VIP対偶でしかし呼び出しておいて、随分待たされ、全員舟をこぎ始める頃交渉相手、入室。

「失礼、急用にてお待たせした」

 ウソこけ。

 飛び込み営業の門前払いでもあるまいに、1週間前からのアポにそんな不始末するもんか、エリートの中のエリート、地球代表火星支部事務総長が。

「NPO火星教室、代表のジジ・ウィンスレイです」

 前置き無しに教授が名乗りを上げる。

「手短に行きましょう、そうです、私たちがあなた方をハメた、ずんごました、敗北を認めて今城下の誓い、間違いがあればこの場で訂正を」

 教授は形状適合高級ソファにめいっぱいふんぞり返る。

 完全に、敗者を見下す姿勢だった。

「君……」

「おや、私は名乗りましたが? 痴呆ですか」

 だらだら滝汗を流しながら自然、相手の頭が垂れた。

「名に聞き覚えがあるでしょう、そうですよ、パブコメ初回からあんたらは私たちの術中にあった」

 畳みかける。

「情報本部直通のまっさらな一次情報、本省通達、火星叛乱独立運動計画、ないわーアルわけないじゃないですか、でもあんたらは見事に引っ掛かった、デコイにかまけて本業を疎かにした、本省への二重レポ、調整出来ないロジ、現場の破綻、全部、あんたがた、いや」

 教授は、せせら笑いを浮かべ、宣告する。

「君の、責任だ、事務総長閣下」

 ジジ・ウィンスレイ、通称教授は、今日に至るまで如何なる公開情報にもその存在を確認されていない。

 もちろん、パブコメエントリーにそのアカウントは登録されている。

 後日、地球連合議会開催の公聴会に出席、証言した裏番内閣の総員は、教授は当然、そこにいたしそれがジジ本人である事を、全く疑っていなかった、しかし当時の内務省情報本部は、この人物の存在を公的に否定している。


 この日より、定時退勤した火星支部事務総長の安否は不明となり同時に、火星支部は原因不明の交信不能状態に陥る。

 人類航宙史、その短くも深淵な空白がここより始まる。


「さあ始めよう、火星独立本番台本! 」

 事務総長の白紙委任状、火星支部電子ハンコ署名がずらり押印されたデジペを紙飛行機に飛ばして、教授が号令した。

 それはネット公示で開始された。

 祝、火星工事今期目標達成。

 つまりもう、今月は働かなくていい。

 明日から全員有給、常駐監視シフト以外全員自由行動。

 火星支部と開発公社では連日祝賀パーティを開催する、奮ってご参加を! 。

 なに。

 なに。

 なに。

 一体何、mjd、どゆこと。

 当然、裏番内閣があれこれ切り盛りする。

 半信半疑だった火星現場ネコ、市民も地球の珍品が豪勢に並ぶ会場に来訪すれば経緯も理由ももうどうでも良くなった。

 そして、同時進行としてそれは遂行された。

「太古の地球に、オーソン・ウェルズって声優さんがいてだね」

 宇宙戦争、本家火星版。

「別に地球侵攻作戦じゃないけど」

 絶対あり得ない世紀のドッキリ、火星支部全面協力、火星独立戦争イベントの開幕だった。

「情報本部長! 」

 第一報が殴り書きされたメモを片手に執務室を叩き開けたスタッフの一声で、地球でもそれは開始された。

 次々に押し寄せる報告に騒然となり、「地球光」に辿り着いた関係各員は全員、生きた心地がしなかった。

 自分たちが必死に探り、遂にその手に掴んだ「地球光」、火星叛乱詳細プロジェクト。

 それが完全に、再現されている。

 「ヤラセ」の映像という、プロから見ればこれ以上にない不可解な形を取って。

 火星地球代表部はその総てが、応答要請に完全な沈黙で対していた。

 現地でいったい何がおきているのか、いやいや、それは今も完全実況配信中、もちろん即時権限発令により、観客は自分達だけだが、いや。

 地球人全員の動向を完全に把握し、ガラス張りの温室を管理運営してきた情報本部、在籍全員が震撼していた。

 ビタ一理解出来ない、いや。

 間違えたのだ、我々は。

 徹底的に、それを、何かを。


 今一つ。

 これは裏の裏からの、紛れもない、一大失態を演じた我々に宛てた火星からのシグナル、極秘メッセージなのだ。

 しかも、救済という。

 

『ガセに踊って火星を騒乱に導いた地球の情報関係者の皆さん、さあどうします? 自分のケツは自分で拭け、このええじゃないか音頭、地球主導で円満解決、少しは働いてくれますよね? 』


「火星臨時政府のシビルです」

 地球では、定常監視要員以外の情本全職員が、この会見を監視していた。

 どんな些細な事でもいい、判明した情報が即座に積み上がっていく。

 まず、シビル・ハイヤードなる人物は、性別問わず地球人として存在しない事が即座に判明する、しかし、透明人間でも無い事が関係部署より速報された。

 バイオロイドか。

 関係各社がこれも即時に全社否定。

 一社だけ、メイロイド担当者は迷ったがウソは言ってない、問い合わせに忠実に回答したまで。

 まさか紆余曲折経て店頭ディスプレイが臨時政府首班とは、こりゃお釈迦様でも気が付くめえよ……。

「私たちは、困惑しています、心から、嘆いています、ここは、火星です、でも、私たちは今、私たち自身に何が起きているのか、どうすればいいのか、全くもって理解不能、対処不可能なのです、頼みの綱の火星支部は先日から活動を停止しています、地球の、あなた方の指示ですか? でしたら即時解除して下さい、業務再開を命じて下さい、この騒乱を止めて下さい、地球の皆さん、火星を、私たち、お救い下さい、心から、お願い申し上げます……」


「ハイカットー」


「ふう」

 あせあせ、ぱたぱた。

 照明やら冷や汗やらシビルは滝汗。

 言えたぜんぶいえたかまずにいえたもうこれで。

 シビル。

 呼ぶ声に振り向く。

 ジジが、そこにいる。

 満面の笑みに両手を拡げ。

「ジ……教授! 」

 自制し、自制しない。

 胸元に全力ダイブを決めた。

 わっと挙がる歓声、ひゅーひゅー。

「じゃ、後は若い者にお任せして」

 二人を残し皆で退出、なんてロマンは無かった。

「裏番終わり? 終わった! ハイハイみんな掃けて掃けて! 押してますんで急いで!! 」

 火星唯一の撮影スタジオに数少ない撮影チーム。

 過密スケジュールで殺気立っている。

 全員秒で叩き出された。

「余韻もくそもねえな」

「言い方! 」

「まあまあ、お仕事お仕事、彼らも実によくやってくれてる」

「良し、今日も皆お疲れさま! 」

 教授が総括。

「今日はここで解散、明日も少し遅めでいい」

 乙~乙~乙~。

 散っていく。

 二人が残る。

「帰ろうか、シビル」

 こくこく。

「そうだな、今夜は外で済まそうか」

 こくこく。

 てくてく。

「ジジ」

 立ち止まり、シビル。

「どうだった? 」

「うん、素晴らしかった」

 ぱぱぱ~ああ。

 はーれるや、はれるや、はれるや。

 無数の天使が降臨し祝福する脳内映像。

 ふわふわ。

「シビル、淑女? 」

 ジジは深く深く首肯。

「間違いない、今君は火星史上最強のファースト・レディだ」

 ぶるぶるぶる。

 やった、やった、やった! 。

 小さく何度もガッツポーズ。

 隣でジジはそしらぬフリでしかしひっそりと目頭を灼く。

 ああ、尊すぎて生きるのが辛いです神様有難う。

 

 しろやぎさんからおてがみついた。

 黒山羊さんたら、読まずに。


 全裸待機。

 火星に通じる物理チャンネルのその総て、如何なる方法手段を以ってしても、地球からの何らかのシグナルは確認出来なかった。

 火星声明から三日後の深夜。

 活動停止から数日、かつての常夜ライトアップと無休活動で雄弁なプレゼンスを誇示し続けて来た火星支所は今、まるで廃墟の如く闇に聳えていた。

 その裏手。

 一般人は立ち入り禁止、どころか所在すら知ることのない、光学隠蔽された地下室通用門が開き、人影を吐き出す。

 辺りを伺い、歩き掛けたその背に声が掛かる。

「一つ疑問がある、いや、ささいだが、気になる」

 声に影は立ち竦む。

「私のような虚栄心、自己顕示欲そのものである人間には判らない、君はなぜそんな迂遠な名乗りを上げる、なぜ直截にジェームズボンド、或いはダブルオーセブンと呼ばせずにいるんだ」

 闇溜まりから教授は姿を見せた。

「高級官僚のカバーか、まあ、ニキ達には荷が重すぎたかな」

 しばしの沈黙を挟み、相手は問うた。

「いったい何のハナシです、教授」

 狼狽するでなく、ただ事実を論述する平板な口調で。

「たった二人の駐在員、その一人が情報屋だった、水星だ、信じられるか? 」

 会話が成り立っていない。

 成り立たせていない。

 これは感想戦、最後の物証を前に教授は満足していた。

「何かの読みすぎ、いや、あなたは」

 疲れすぎ。

 言葉に被せて突きだされたハンドガンがそのまま乾いた音を発して弾かれ、遠くで乾いた音を立てながら転がり消える。

 殆ど反射動作の域で教授は、使い込まれた愛銃を抜き撃ち戻した。

 カスタム軽量化されたテーザなので外観からは誰も見破れない。

「仕事がまだまだある、ここで退場できるほどヒマじゃない」

 始めて反応した。

「内務省調査部別室次長、たしか」

 足元から、僅かな振動が届いた。

 教授は小さく舌打ち。

 隠滅したか。

 最後の手段、直接交渉の物理機会が消えた。

 火星声明から二日後早朝の事だ。

 突如、火星支部の通信室に着信があった。

 当直だったネキが興奮も露わに、しかし何とか事前指示通りに教授コムのみにそれを報せてきた。

 着信したヴィデオメールは次の事を通達した。

 一つ、今次事態が大変遺憾である事。

 一つ、しかし我々もまた、事態の穏健かつ早急な収束を願うものである事。

 一つ、その証として、今、火星開発支援の機材、資材、技能者を積載した臨時輸送船団を既に出航させた事。

 一つ、これを無条件に受け入れる事を要請する。

 以上。

 繰り返すが交渉及び条件の打診では無く、決定事項の一方的通達であった。

 勝利、勝利! 大勝利!! 。

 内閣閣僚は沸き返った。

 一部事実を脚色。

 秘密会談により事態解決の体を、シビルが読み、報じた。

 しかし、公的対外的に、地球はあくまで沈黙を貫いている。

「……これで終わりだ」

 イアン・フレミングを名乗る男は豹変した、ははは。

「ああ終わりだ、貴様らはテロリストとして残らず処断される! 和平船団に偽装した艦隊が既に出撃した! 軌道爆撃でこの地は一度更地に戻る!! 」

「ああそう」

 教授は背後に声を掛けた。

「今聞いた通りだよ諸君、ちょうどいい、意見があるなら直接伝えなさい」

 ノクトヴィジョンの凶眼をギラつかせる完全武装1個小隊がいつの間にか包囲していた。

 穏便にね、という付け足しが届いたかどうか。

 ナノメディあってもちょっと辛そうな、鈍い音に切れ切れの悲鳴。

 あーやだやだ、鬱展開ニガテ。

 どうしようかねえ、シビルちゃん。

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