第8話
環境省宇宙庁は24時間365日稼働する。
その管轄が人類圏全域を網羅するが為に。
当時、スカイフック01基部メガフロート、サウスアメリカ州に位置する本庁舎に勤務する職員数人は遅い昼食を共に、議長、月市長会談ライヴを眺めていた。
それは、まさに、とつぜん起こった。
最低でも圏外。
「ぶ!! 」
コーヒーを吹く者、食膳をひっくり返す者。
「なんだと?! 」
「圏外、圏外って?! 」
「まて、まて、まてよおい!?!? 」
ホロビューの議長はへらへらと演説調で言葉を続けている。
議題は、航宙保安局基地移転問題だった。
議長のセリフに、本庁舎職員はみな申し合わせたように、頭上、軌道上のフックアンカーを兼ねる人類初の常設大気圏外施設、北米宇宙港に併設されるそれ、通称「ヤンキーステーション」、に眼を遣った。
実際、問題ではあったのだ。
純金で埋め立て工事するような不毛で空しい初期開発の後、ようのやくにして採算分岐点突破テイクオフした地球軌道商圏は、やはり宇宙開拓から開発を経て生活、経済の場となった月圏と活発な通商活動を展開していた。
もとより、宇宙は公のものであった。
零細民間資本(ベンチャー企業)が付け込む隙など皆無でニッチですらハードルは高きに過ぎた、大企業は端から見向きもしない。
民生が公を圧迫するなどと、その発展は寿ぐべきだが、ロードマップの見誤りだと謗るのは酷というものだ。
2倍3倍の安全係数の元イレブンナイン絶対安全確実で遂行される公の宇宙業務に比して、民のそれは利益率を基準に実行される。
公共の福祉を、との有権者の声に応えて航宙保安行政の発足整備は当然の帰結であった。
その、宙保の母港が商売のじゃまだ、北米から出て行け、そういうハナシである。
職員各自のコミュニケータが一斉に着メロを奏でる。
「私だ」
「あ、はい」
「見たか、見たな? 」
「はい、課の全員で、今」
「……」
「……」
「月を呼び出せ! 、情報を取れ! 、ステートメント準備! 、1時間で纏めろ!! 」
「進捗報告します」
「……頼むぞ」
宇宙庁総務部総務課課長は課員の注視の中、起立し、手を打ち鳴らし敢然と言い放つ。
「オールハンド!、 全通常業務停止!、 今の見たな、見たなら判るな?! よし、各自開始!! 」
オレ、オレだよオレ、そうそう、うんそう、またなんだ。
自宅にカエレナイコールする者、デートドタキャンで平謝りする者。
戦争が、始まった、はじまってしまった。
当然当事者、宙保が受けた衝撃は事務レベルに収まらない。
地球連合評議会議事堂を置く首府、「ニューランド」区。
読んで字の如し、近年人類が新たに切り開いた新天地。
旧名、南極大陸。
その地は、旧弊を排し新たな政体を発足させるべく選択された政治重心であり、実体としての基盤である史上最大規模の耕作地域であった。
紀元前、人類が直面した危難であるパンデミックに並行し、ある意味より重篤な社会問題が浮上していた。
深刻な水不足、そして食糧難、飢餓の危機であった。
もちろんまさかとは思うが一応あたりまえ念の為、地球全土からの水分子総量が原因不明で物理的に減少したのでは無いし、地球表土全域から観測される全体の降雨総量が減少したのでは無い。
くどいが温暖化という俗語によっては理解も対処も不可能な全地球規模変動、大規模天候変動が原因であった。
これも当たり前だがあくまで人間の、人類の都合に過ぎず、地球からすれば水分蒸散と降雨が海洋上で循環しようが丘陵を削ろうが全く頓着しないが人類からすれば、耕作適地への水資源が消滅し山稜や高地への降雨増大により洪水に叩かれるという事態はたまったものでは無かった。
この正に、戦争に依らない全地球、全人類事態が旧来の、地域間利害調整に終始した旧体制に替わる人類機構を必要とし、また可能ともした。
人類新体制の宣言に、最後の未開地南極は最も適していた。広大な土地と無尽蔵の水資源がそこには存在していた、地球連合は危機への実際的対処手段として、食糧生産手段並びに配給能力の直轄管理を組織を機能させる権能として選択した。かつての国連が戦勝国クラブとして、権威執行の実効力、当然にしての常備軍を筆頭とする実務能力を何一つ持てず名目以上の活動能力を持ち得なかった失敗事例等から、組織が性格付けられた事は想像に難くない。
また、南極開発は連合の将来課題である、宇宙への進出についての手近で手頃な佳き試金石でもあった。
ついでにハナシの展開によっては開発途上でナゾの遺物、ポールシフトで滅亡した先行文明の遺跡とか出て来るとそれはそれで面白いのだがキリがないので本作ではスルー、あ、出処不明のブレイクスルーの裏設定として軽く触れておこうマクガフィン、スピンアウトも安心だおっとっとw。
なんのハナシだったか、ああそうそう、地球連合の首都機能がなぜか南極にあるよその理由と経緯だった。
情報組織である内務省もここに本省を持ち、航宙保安局情報室は、母体の環境省、宙保とは別に、内務省の外局情報機関としてこの地に存在していた。
「やってくれたな宇宙人」
議長への不名誉な別名を吐き捨てつつ彼、ラマナ・ヨガナン航宙保安局情報室次長もまた本来業務を投げ出しこの突発事態への対処を求められていた。
メーリングリストを呼び出し、手早く起案し、投げる、件名:月脅威再評価
月との戦争準備、ではない。
そうではない。
そういった事情とは全く異なる、第一、現状は紀元前、ナチスドイツ第三帝国の戦争準備不足、どころの騒ぎでは無く全く準備が無い、今月から先制奇襲でも喰らえば地球はひとたまりも無く敗れ去る。
政経の友好関係などとは全く別に動くのが安全保障の理念である。
これも例えば有名だが紀元前の事例、隣国カナダとの戦争計画を、北米は常に準備していた。
無論両国が戦争を行った事実は今日まで無く、恐らく永遠にあり得ない。
それでも尚、不測に備える、それが、安全保障である。
正規名称、内惑星通商保全協定、俗称「圏外会議」の非公開事務レベル事前交渉、本会議参加者の初顔合わせは当該懸案物件であるここ、航宙保安局基地の第一会議室で開催された。
地球側としては当然本庁にて、というトコロではあるが、正味、月への余りに無礼な経緯に対しての最大限の配慮であったといえる。
当該物件現地開催というのも異例とはいえ世情には判り易い。
加えて、本件が孕む特殊性をも暗示していた。
宇宙時代の人類が当然、対峙し理解し認識し利用し、つまり宇宙である。
宇宙とは、その空間、環境とは、最も自然な世界なのだ。
母なる地球、その源である生物多様性生命の揺り籠、地球が擁する海洋構造の対局、それこそが宇宙空間でありその性質である。
人間の都合に全く忖度しない物理空間、と呼んでもいい。
宇宙時代とは正にその、樹上生活から更なる新天地を求めて大地に足を降ろした人類始祖への危害、先行環境強者による捕食を越えた危難、猛獣の群れを前に日々暮す日常、それ以上に危険な高真空自由落下、生身であれば秒で自殺出来る極限環境を生活の場とする、そうした時代なのである。
それが現代に至る当時の、否、まだまだ精々星系内海でちゃぷちゃぷしていた黎明期沿岸宇宙文明、ご先祖様はそれはもう大変な、想像しえても到底実感出来ない過酷な日常を過ごしていらっしゃったのだ。
そう、くどいが何度でも念押しする、一握りの人類社会カースト頂点に君臨する英雄でも特殊技術有資格者でもない、民衆が生活する、宇宙時代、当時は正にその幕開けであったのだ。
その生活を理解する、政治家もまた、必要必須であったのだ。
が。
そこはソレ、政治の世界。
ウは宇宙のウ、宇宙船のウ、そうしたお茶の間感覚をビタ一持たないものが最高決定権者になってしまったりもするかもしれない、なってしまった!! 。
当時の議長への蔑称「宇宙人」にはそうしたダブルミーニングがあった、当人以外の認識には。
そうした次第であったので初回から会議はビミョー。
急遽のVIP運用指定でなけなしの予備費から修繕改修された、施設内最高環境第一会議室に流れる空気は例えるなら、入籍前に倦怠期を迎えてしまった熟年カップルのそれ。
暗黙の了解で開催以前から破約が約定されている、つまり開催前から参加者全員キャリアにマイナス評定が確約した、参加者全員貧乏籤とあってはダレるのも致し方ありません官僚の端くれとして人として。
渦中に、人物あり、二人の存在は異彩を放った。
一人は地球側、航宙保安オブザーバーで臨席する、テルオ・トウドウ准将。
言って地球代表軍使、軍事顧問。
一般職キャリアのドン詰まり、万年永久准将、今更マイナス評定もへったくれもない、適材適所の好人事ではある。
といって、それだけが理由の間に合わせ採用でもない、独身貴族を謳歌しながら在任期限遥か以前にゴールイン、在職アーリーリタイアとか、人類社会が寛容進化のトレンドを維持しつつも尚控え目に言って、余り簡単な事では無かった。
航宙史上最悪の遊び人。
歩く毀誉褒貶。
二つ名に本人座右の銘、ジャポネ高祖レジェンド・サムライのカイシュウ・カツ曰く「行いは自分のモノ、評価は他人のモノ」と返されては無敵超人爆誕である、合体変形空翔ばない。
ダメだコイツ早くなんとかしないと、言うは易し、覇道阻止に挑んだ勇者は両親筆頭に全員帰還セズお星さまとなって地上からの観測圏外に消えている、カモン! ネクストチャレンジャー! 。
本人が納得いかないのはいつ迄たっても外宇宙艦隊への異動希望が受理されないことで、キラキラ功績も総てその為のツールくらいなもんだったが未だ何か足りないらしい、当該人事担当の、不適格であり、我々は希望しないとの回答が総てなのだが。
流産既定路線の会議に何かの化学反応、カンフル剤、活性因子、まあ別に壊れてもいいやとバクチ半分で当局が滑り込ませたジョーカー。
とはいえ。
レジュメ通りに参加全員が目通りし、さて、という段には流石のテルオでも動かなかった。
初回は見、仕掛けるでも次回から、ふつうに順当だろう。
月人、ルナリアンらしい白く細い指が議場に差し伸べられた。
「えーコンドラチェンコさん」
発言を許可されたアレクサンドラ・スターナ・コンドラチェンコ月航宙保安局大佐は敢えて起立し着座の面々を見渡す中、なぜか一瞬テルオに眼を止め、しかしそのまま視線を流すと口を開いた。
皆さん、と発されたその声は、低くしゃがれてぼそぼそと到底演説向きでは無かったのだが、却って効果的に広い議場を満たし響いた。
「この会合は、始めから物別れが暗黙の了解とか、この理解で宜しいですか? 。」
司会が烈しくむせ何人かが間の悪い水分補給を中空に散布する、言明してどないする節子あかんてそれ暗黙やない。
静寂の中全員が言葉を喪い固唾を吞んで彼女のその聞き取りがたい音声に耳を澄ましている。
テルオも我知れず口許を引き締め、やや前のめりに崩れていた。
当会は非公開。
それにしても。
ナニを言い出すんだ、こいつ。
紡がれるその言ノ葉全員の頭上を素知らぬ顔で軽やかに舞っていく。
「でもそれは、とても哀しい事ではないでしょうか」
まさかのエモ振り、いやまだまだ続く。
「人生200年の世情とはいえ、今のこの一瞬一瞬が太古より変わり無く魂の輝きである事実は、現今でも尚全く価値を減じてはいません……」
なんだなんだ何が始まったんだ。
議題にも軍官僚が述べる言辞にもビタ一そぐわないしかし静謐な調べに野次の一つも無く、途切れた言の葉に再びの静寂の中全員が無言で促す、続けてどうぞ。
「今この場の私たちは人類航宙史の黎明に立ち、未だ一星系の制覇すら叶わずこうして内惑星辺縁の航宙保安の調整に任じている、その一人一人です、さて、私たちに何が可能でしょう、最初期の礎として、何か一つでも子孫に資する成果を為す事は可能でしょうか、能力はあります、しかし意志は? 、一官僚小役人に過ぎた僭越、そうでしょうか、規定通り粛々と、では期限ですのでお疲れ様でしたシャンシャン閉会と、でもそれが私たちの職務の総てであるのでしょうか、私見として、細やかなる疑義を申し上げました」
以上です。
何事もなく、着座した。
人類航宙史の編纂に関わる無数の無名の、一人。
至誠か、或いは月の先制、計算尽くの狡知か。
その発言がしかし、何らかの形で会議に影響を、それも悪いものではない何かを与えた事は、出席者全員が理解していた。
その後会合は「圏外」の定義について確認、意見交換を含め次第通りつつがなく進行し無事定時を以って散会した。
一方准将はそれが一大スキャンダルだろうが懲戒免職だろうが地球議会総辞職だろうが一切合切躊躇なくアレクサンドラ、既にサーシャ呼びに即アポ即レスをゲットし気分爽快だった。
彼女の一瞬の目配せは気のせいでは無く、参加者リストからの直コムにこれも即レス対応だった。
以後二人は共に触らぬ神に祟りなしポジをいいことに発言も無く意見も求められず出席確認後内職に励む学生より熱烈に在席エスケ、始終ネットイチャコラに耽っていたダメだこいつらやっぱり早く(ry。
手早く私服に着替え軽く変装し合流、地球行き軍用貨客定期便に便乗、真珠湾で降りる。
「う~み~!! 」
井戸の重圧なんのその、鍛え抜かれた航宙士官特有のしなやかな肉体美を惜しげもなく振り撒きアラフォー月女性大佐は感謝かんげきおおはしゃぎ。
「憧れの! 初の地球の海が、それもワイハープライベートビーチだなんて!! 軍籍も長生きも独身もムダじゃないわよね、宇宙人に乾杯! 、ああもちろんあなたにも、テルオ! 」
「それは重畳」
ビーチチェアから軽く杯を掲げ応える。
地球海軍とのコネに地上軍垂涎の軌道利権をバーターすれば、旧海兵隊休眠キャンプを寸借するくらいは准将の薄給でも都合が付く。
次いで二人で爆笑した。
「イヤ、アレは受けた」
「だってホラ、色々メンドーでしょ、開幕一発カマしておけば後々便利だから」
ウソも損もないし、テヘペロ。
仲良く寝そべって続ける。
「もーこっちだって上を下への大騒ぎよ」
「だあねえ」
各種中長期計画の緊急総点検、対外惑星プロジェクトも表向き白紙撤回無期限凍結、火星へのロジも当然見直し対象、残業除けの持ち帰り業務爆増に尚追い切れぬデスマの山、山、それからそれから。
ナノメディ無ければ死屍累々、カローシの葬送である。
それはそれとして。
初回会議の開催は3日、二人の出席義務は初日と最終日。
中イチ丸々ボーナスターイム! 、うぇーい! 。
ハイタッチ、それくらいバチは当たるまい。
『貴職が公務への至誠なるを祝す』
『航宙黎明に資する機会を歓迎すればなり』
『ちょーwww事務レベル涙目』
『でもホラ、ウケは取れたし』
ウケたのか、イヤ。
現にレス付けてるしな、ああ。
それで成功なら、してやられたワケだよ。
手強いな、こいつ。
ぼんやり着座の対面を見遣り、独り苦笑。
あとはもう、席上発言を冷やかしたりグチ合戦だったりでONダベリ、閉会までにはすっかり意気投合していたのだったりした。
「俺はこれで、外宇宙指向なんだが、キミは」
「それは、だって」
サーシャは初めて言いよどんだ。
「こっちはインナーしかないし! 」
ちょっとスネた顔、ありゃ。
「じゃあこっちにくればいいじゃん」
「あら、露骨な調略、地球からの便宜供与かしら、ああ大問題」
知った上で悪い顔。
うん、と伸びをして。
「これでも生粋のルナリアンなの、いいわ、その内こっちで外宇宙艦隊を乗っ取ってやるから! 」
宣戦布告された。
サンセット・ビーチ。
サーシャは陶然と眺める、とうぜんバシャバシャシャッター乱打。
「いいわ、ああ、今日一日で諸々一切合切のカルマ一気に浄化した気分♪ 」
あーところで、とテルオ。
「今夜のディナー、それと宿も抑えてあるんだが」
サーシャはきょとんとした顔。
音に聞こえた珍獣に興味深々、しかしながら彼女は宣う。
「あ、私、異性に興味はないの♪」
「……はい? 」
人生さいだいのしょうげきだった。
アンセクだった。
「でもテルオ、あなたはやっぱり面白いわ、ウワサ以上よ」
「……ああ、それは、どうも」
だから、するならしても、いいケド? 。
宿は少し迷ったが、ヒルトンの最上階を抑えておいた。
「わーお」
基本月面半地下構造都市に居住するルナリアンには、やはり高層建築上階からの眺望というのはウケが良く、提供者受益者共に大満足の成果達成。
なので食後、あくまでしつこく避妊するよ絶対孕まないよと念押し致し。
フィジカル相性抜群も確認した。
全三日の事前協議は無事終了し、彼女は月に還り、テルオも通常業務に戻った。
分かれ際、サーシャからもヘッドハントの申し出が。
「あなたこそ、地球のクソキャリアなんて見限って、こっちにいらっしゃいな」
「外宇宙艦隊ごと引き抜いてくれるなら、喜んで」
バイバイ、またやりあいましょ。
内なる変化に、自分でも驚いている。
生涯独身の覚悟、それを揺るがすのがアンセクをカムアウトした異性体を有する不明体、サーシャというパーソナリティの出現であったという事実に。
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