剣士ギルドへ ②


「はぁ……」


 街への道を二人で歩いていると、ふいにアスナが深い溜め息を吐いた。


「どうした?急に溜め息なんて吐いて」

「えっと、ね。さっきさ、ギルドの試験が厳しいってヨハンおじさんが言ってたじゃん?」

「ああ、そうだな」

「それでね、今更なんだけど急に不安になっちゃって……私、ちゃんと合格できるかな?」


 そう言ったアスナの顔は、ついさっきまでの笑顔ではなく、不安そうな表情に塗り替えられていた。

 あー、確かにあの言われ方だとちょっとプレッシャーを感じてしまうか。

 あれはヨハンの言い方が悪い。

 でも、もともと男相手に無双状態だったんだろう?

 そんなに緊張しないでも大丈夫だと思うんだけどな。

 よし、発破を掛けてみるか。


「大丈夫だ、アスナは十分強い。それは俺が保証する。だから、合格してアーロン達を驚かせてやろうぜ!」


 そう言って、アスナに向かってサムズアップする。


「うん……ありがとう……」


 そう返事をしてくるが、アスナの表情は相変わらず曇ったままだ。

 ありゃ、これじゃ駄目か。

 んー、人を励ますのって難しい。

 正直、あれ以上の言葉が浮かばないんだよな。

 どうしたものか……。

 …………。

 あ、いい事を思いついた。


「じゃあさ、アスナが合格出来たら、俺から一つご褒美をあげよう」

「ご褒美?」

「そう、ご褒美。何かしてほしい事とか欲しい物とかない?あ、俺に出来る範囲で頼むよ」

「してほしいことか欲しい物……じゃあ、指輪が欲しい」

「指輪?あ、もしかして、婚約指輪とか結婚指輪みたいな物?」

「うん、お揃いの指輪。高価な物じゃなくてもいいから、お揃いの物が欲しいの。駄目、かな?」


 結婚指輪か。俺も収入が入ったら買おうと思ってたんだ。

 それを合格のご褒美に欲しいと。

 でも、それってどうなんだ?

 夫婦になるなら絶対に必要な物をご褒美にっていうのはちょっと違う気がする。

 しかし、本人が欲しいって言ってるしなあ。

 うーん。

 じゃあ指輪をご褒美で俺から追加で何かプレゼントするか。

 指輪を買える店なら、良さげなアクセサリーも売ってるだろう。

 うん、これでいこう。


「わかった。アスナが無事に合格したら結婚指輪を買おう」

「本当?前にお店で見た事あるけど、安い指輪一つでも凄く高かったよ?」


 わざわざ高いって言うほどの金額なの?

 俺の世界じゃ婚約指輪は給料三ヶ月分。結婚指輪は……縁が無かったから相場がわからん。

 いや、ここは異世界だ。俺に知識があっても役に立たないか。

 それに凄く高かったって言ってるけど、それは十代の若者の金銭感覚。さすがにアイアンボアを売ったお金で買えない事はないだろ。

 アイアンボアは高値で売れるってアーロンも言ってたしな。


「大丈夫だ。アイアンボアは高く売れるらしいからな。合格祝いにアスナが気に入った指輪を買おうな」

「…………」


 え?無言?


「アスナ?」

「や……」

「や?」

「やったー!絶対に、絶対に合格してみせる!合格して、カズトさんに指輪を買ってもらうんだ!」


 アスナは喜びの感情が爆発したのか、いきなり大声を出してぴょんぴょんととび跳ね始めた。

 そして、その顔は太陽のように眩しい笑顔になっていた。


 びっくりした……耳がキーンとする……。

 でも、なんとか元気になってもらえた。


「カズトさん!今すぐギルドに行こう!少しでも早く合格して、じっくりと指輪を選ぶの!」


 そう言ってアスナが俺の手を引いて走り出そうとする。

 その勢いに俺はバランスを崩しそうになったが、なんとか体勢を持ち直し、アスナの速度に合わせて駆け出す。


「ちょっ⁉︎そんなに急がないでもギルドは逃げないって!それに街を案内してくれるんじゃなかったのか!」

「ちゃんと案内するよ!試験に合格してからね!」


 あ、駄目だこれ。完全に変なスイッチが入ってる。


「ほらほら、急いで急いで!タイラーさん達を追い抜くくらい速く行くよー!」

「本気で走ると試験を受ける体力が無くなるぞ」

「大丈夫大丈夫!全力で走ればすぐに着くから!」


 お願いだから話を聞いてくれ。

 全力疾走なんてしたら、俺はともかくアスナは絶対にバテるだろう。

 この目標を決めたらそれに全力で頑張る性格は凄く好ましいけど、今回は裏目にでそう。

 さすがに試験は助けてやれないんだけど。

 はぁ……。


 俺は小さく溜め息を吐き、アスナのペースで街へと向かった。


 ♦︎♢♦︎♢♦︎♢


「はぁはぁ……やっと着いた……カズトさん、ここが剣士ギルドだよ……」


 アスナは肩で息をしながら、前方を指差す。

 その指の先には、ゲームやアニメで何回も見た、ザ・冒険者ギルドって感じの建物が建っていた。

 まさか現実でこんな建物を見られるなんて思った事もないから、めちゃくちゃテンションが上がる。


 ん?

 荷車が見当たらないが、先に行ったタイラーやケネディ達はどこに行ったんだ?

 もしかして本当に抜いたのか?

 いや、それはない。

 ここまでほぼ一本道だったから、追い抜く前に遭遇してるはずだ。


「荷車がないが、タイラー達はどこに行ったんだ?」

「多分買い取り場じゃないかな?ギルドの裏にあるよ。ほら、こっちこっち」


 少し回復したアスナに案内された先には、大きな入り口の建物があり、入り口の側には空になった荷車が置いてあり、中を覗くと、タイラー達とグラサンをかけた坊主頭の強面のおっさんが話をしていた。


「ん?誰だ、兄ちゃん。買い取りなら少し待っててくれ。今大物が来て交渉中なんだ」


 おっさんと目が合うと、そんな事を言われた。

 怖っ!このおっさん絶対にカタギじゃないだろ。『俺は殺し屋だ』って言われたら普通に信じるぞ。


「あ、カズトさん、やっと来られたんですね。ジョンさん、この方がアイアンボアを討伐されたカズトさんです」

「ほう、このあんちゃんがねぇ……俺はこのギルドで買い取りの責任者やってるジョンってんだ。まぁ、よろしく頼む」

「カズトだ。こちらこそよろしく」


 ジョンと握手を交わす。

 近くで見るとめっちゃ怖い。しかもデカい。180ある俺が見上げるって、このおっさん、いったい何センチあるんだよ。


「でだ、このアイアンボアは兄ちゃんが殺ったって事で間違いないよな?」

「ああ、そうだ」

「ふむ……この切断面な、普通こんなに綺麗にはならねえんだ。どんなに良い武器を使ったってな。でな、タイラーさんと交渉してたんだが、こっちの依頼の大きさに解体してくれたら、買い取り額を大幅に上げてもいいってよ。アイアンボアの素材は良い防具になるからな。俺達でも時間をかければ切断は出来るんだが……兄ちゃんみたいには綺麗には出来ない。どうだ?お互い得だと思うんだが」


「僕も賛成です。これはかなりお得な取引きだと思いますよ」


 指定の大きさに斬るだけで買い取り額が上がるのか。今は少しでも収入が欲しいから願ってもない申し出だな。


「わかった。で、どれくらいのサイズに斬るんだ?」

「おお!ありがてえ!線を引いたら、それをなぞって斬れるか?」

「ああ、問題ない」

「よっしゃ!今すぐやるから少し待っててくれ!」


 そう言ってジョンはてきぱきと作業していく。あんなにデコボコした物に引いてるのに、少しも曲がってない綺麗な直線だ。これが職人技か。本当に凄いという感想しか出てこない。


「よし、出来たぞ!じゃあ兄ちゃん、よろしく頼む」

「了解」


 俺は黒百合を抜き、ジョンが引いた線を寸分の狂いも無く斬り裂いていく。

 一体解体するのに一分弱。三体で大体四分くらいで終わった。


「終わったぞ」

「…………」


 ジョンは口を半開きにしてぼーっとしている。


「おい」

「…………」

「おーい!聞こえてるかー!終わったぞー!」

「はっ⁉︎すまねえ、凄いものを見て思わず茫然としちまった……なあ、兄ちゃん!」


 ジョンが凄い力で肩を掴んでくる。

 痛い痛い⁉︎どんな握力で掴んでんだよ⁉︎


「な、何だよ?」

「兄ちゃん、ここで働く気はないか?給料は俺と同等の金額にするようにギルマスに交渉する!兄ちゃんがいれば、作業の効率が何倍も上がる!なあ、頼むよ兄ちゃん!この通りだ!」


 ジョンは真剣な表情で頭を下げる。

 怖い怖い。ただでさえ強面なのに、真剣な顔されたら余計に怖いって。


「いや、俺は専業剣士になりたくて来たんだ。魅力的な誘いだが、悪いが断らせてもらうよ」

「兄ちゃんが専業にねぇ……わかった、じゃあこうしよう!兄ちゃんが試験に落ちたらウチで働く。どうだ?それなら問題ないだろう?」

「僕は収入の不安定な専業剣士より、ここに就職するのもアリだと思います。カズトさんもこれから家庭を持つんですから、専業剣士に拘らず、安定した職場に就職するのも一つの選択肢だと思いますよ」

「家庭?なんだ兄ちゃん、結婚するのか?」

「ああ、彼女とな」


 そう言ってアスナの隣に行き、その華奢な肩を抱き寄せる。


「久しぶり、ジョンさん」

「ん?なんだ、アーロンの娘じゃねえか。悪いな、兄ちゃんに気を取られて気付かなかった。へぇ、アーロンの娘となぁ……はあ⁉︎アーロンの娘と⁉︎『俺より弱い奴には絶対に嫁にはやらん!』って言ってたアイツが許したのか⁉︎って事は兄ちゃん、まさか……」

「そうだよ!カズトさんはお父さんに勝ったの!」

「マジかよ……駄目だ、兄ちゃんにうちに就職してもらう可能性が低くなった……アーロンに勝った男が試験に落ちるなんて想像できねえ。いや、ギルマスに本気でやってもらえばまだ希望が……」


 ジョンが口に手を当ててブツブツと独りごちる。

 今ギルマスに本気でとか言ってなかったか?

 このおっさん、どうやっても俺をここで働かせたいようだ。

 いや、条件は魅力的だよ?

 このおっさん、立場が上の人間みたいだから、同等の収入って話は正直嬉しい。

 でもなあ、俺はただ黙々と作業するなんて絶対に無理なんだよ。

 物心ついた頃にはもう剣を握ってたんだ。

 野蛮な印象をもたれるかもしれないが、誰かと戦うのが好きなんだ。

 毎日毎日、春も夏も秋も冬も、風邪をひいても怪我をしても一日も欠かさず、木刀とはいえ爺と本気で斬り合ってたんだ。

 俺には剣士が性に合ってる。

 だからどんな試験でも絶対に合格してみせる。


「カズトさん、どうしたの?怖い顔になってるよ?」


 アスナが服の袖を引っ張りながら、不安そうな顔で俺を見ている。

 おっと、ヤバいヤバい。少しキレかかってた。

 向こうが手段を選ばないような事を言ってたからさ。


「少し考え事をしてただけだから大丈夫だよ」


 そう言ってアスナの頭を撫でてあげる


「えへへ、嬉しい」

「カズトさん、後は買い取り金額を計算してもらうだけなので、ここは僕が対応しておきますからカズトさん達は先にギルドで試験を受けててください」

「わかった、申し訳ないけど後は頼むよ」

「気にしないでください、僕はこの為についてきたので。昨日のお肉のお礼だと思ってください」

「ありがとう、じゃあ先に行ってるな」

「退屈でしたらあなた達も一緒に行ってていいですよ」

「どうする?俺は見学しに行きたいけど」

「僕も行きたいです。試験内容が気になるので」

「二人が行くなら行こう。ここにいても出来ることもないからな」

「決定だな。カズト、俺達もついて行くよ」

「ついてくるのはいいけど、私とカズトさんの邪魔はしないでよね。落ちたらご褒美がなくなるんだから」

「ご褒美?なんだそれ?」

「ふっふっふっ、それはねぇ____」

「アスナ、タイラーさんがせっかく気を利かせてくれたんだ。お喋りは歩きながらにしような」

「あ、ごめんなさい。タイラーさん、また後でねー」

「二人とも試験頑張ってくださいね」

「ああ、良い報告が出来る様に頑張るよ」


 タイラーに背を向け、俺達はギルドへと向かった。

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