飲めや食えやの大宴会
「村長、カズトを連れて来たぜ」
「おお、帰って来たか!宴の前に、お前に紹介したい奴らがいてな」
集会所に入ると、アーロン以外に三人の男がいた。
一人は髪はグレーのオールバック、身綺麗なアーロンと同い年くらいの男。
一人はボサボサ髪で丸眼鏡をかけた、どこかオドオドしている気弱な印象の男。
一人は頭は光る丸坊主、よく日に焼けた筋骨隆々の男。
「君がカズト君か。私は副村長のヨハン。君が助けてくれたヨセフの父親だ。愚息を助けてくれた事、本当に感謝する」
そう言って身綺麗な男が頭を下げてきた。
ヨセフの親父さんか。確かに雰囲気が似てる気がする。
「気にしなくていいよ、知り合いを助けるのは当然だろ?」
「ふむ。アーロンの言う通り、裏表の無い良い男だな。息子共々、よろしく頼む」
「ああ、よろしく」
「ぼ、僕は村の商業の管理を担当しているタイラーです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
「農業担当のベニートだ。色々大変みたいだが、困ったらいつでも頼ってくれよ」
「その時は頼らせてもらうよ」
それぞれ差し出された手を握り返し、硬く握手を交わした。
「アイアンボアだが、今村の女連中がこぞって調理している。もうそろそろ出来上がるはずだ。それ、でだ。カズト、乾杯の音頭を任せるぞ」
「え?俺が?何で?」
「何でって、アイアンボアを倒したのはお前だし、みんなへの紹介も兼ねてな」
「俺、そういうの苦手なんだけど……」
「大丈夫だ。紹介は俺がするから、お前は一言乾杯って言えばいい」
「……その一言が緊張するんだが」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。みんな気の良い連中だからな。多少スベっても笑ってくれるさ」
乾杯の一言でスベるってなんだよ。変な事なんて、絶対に言わないぞ。
「はぁ……わかった。一言だけだからな」
「ああ、それだけでいい」
「あなた、今___あら、カズトさん。お戻りになられたんですね」
「はい、さっき帰って来ました」
「どうした?俺に用か?」
「ああ、そうでした。アイアンボアの調理出来ましたよ。ここにいる皆さん以外の方々はもう揃って待ってますので、皆さんもお早めに来て下さいね」
「わかった。すぐに行く」
「では、先に戻ってますね」
「カズト、腹は決まったか?」
「……ああ、もう大丈夫だ」
「じゃあ、俺達も行くか」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ガヤガヤ、ガヤガヤ。
うわぁ……人がいっぱいだ……。
デカい村だとは思ってたけど、想像以上に人が居るじゃないか。
ざっと見、千人、いや二千人くらいか?こんなに人がいるなんて聞いてないぞ。
この人数の前で乾杯って言うのか?
マジかよ……やっぱり断ればよかった……。
「おう、みんな集まってるな。おーい、注目!」
アーロンの掛け声で村人の視線が俺達に向けられる。
ちょっと待て。このおっさん、いきなり始めやがった。こういうのはさ、俺に一言言ってから始めてくれよ。
「みんなに紹介したい奴がいる。こいつはカズト。昨日から俺の家で暮らす事になった。記憶喪失になってて、色々忘れてる事があるから、困ってたら助けてやってくれ」
アーロンの言葉で、村人達の視線が俺に集中する。
「今日のアイアンボアはカズトから挨拶代わりの好意だ。これを逃せば一生食べられないご馳走だ。みんな、カズトに感謝して食えよ。よし、みんな酒は持ったな?」
『おー!』
「よし、カズト。お前もこれを持って一言頼む」
アーロンから漫画に出てくる様な大きい木樽ジョッキを渡された。
うわぁ……手汗が凄いんだけど……一言乾杯って言うだけ……乾杯って言うだけ……。
「あー、今紹介されたカズトです。これからお世話になります。それでは、かんぱーい!」
『かんぱーい!』
「ちゃんと言えるじゃないか」
「それはどーも」
「カズトさん、カズトさん!乾杯!」
アスナが駆け寄って来て、ジョッキをぶつけてきた。
ジョッキに口をつけグビっと飲む。
………。
不味い……。
なんだ、この温くて炭酸のないビールは。
みんな、こんな酒であんなに盛り上がれるって凄いな。
俺にはとても真似できないな。
「ねぇねぇ、カズトさん!一緒にお肉食べよ!」
「え、でも」
「俺達の事は気にするな。勝手にやってるからよ。だから、アスナの面倒頼むわ」
「ほら、お父さんもこう言ってるし、一緒に行こう!」
「わかった、じゃあ行こうか」
「うん!」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「おう、兄さん。今日はありがとな。おかげで最高の体験が出来てるよ」
「あんた、カズトだっけ?アンタも色々大変みたいだね。何かあったら、遠慮なく私を頼ってくれよ」
「あんたも楽しんでるかい?俺達は楽しましてもらってるよ。酒は沢山あるからよ。記憶飛ばすくらい飲もうぜ」
「お兄さんカッコいいわねぇ。私達と一緒に楽しまない?なんなら、ひとけのない所で、ね?」
「あはは……」
こんな感じで、行く先々で声をかけられる。酔っ払いにバンバンと背中を叩かれるわ、酒は勝手に注がれるわ、若いお姉さん方に誘惑?されるわ、落ち着いて回れやしない。
「駄目!カズトさんは私と楽しむの!」
「あらあら、怖い番犬がいるわ。じゃあお兄さん、また今度遊んでね〜」
こうやってアスナがお姉さん方を追い払ってくれるから、本当に助かる。俺一人だと誘惑に負けてたかも……。
「はぁ……ねぇ、カズトさん。疲れたから少し休憩しない?」
「そうだな。あそこにひとけのない所があるから、あそこで休憩しよう」
俺達は人並みから少し離れた場所に腰をおろした。
「まったく……みんなハメを外しすぎだよ……お肉は凄く美味し、お酒も沢山飲めるけどさ……絶対明日後悔するよ」
「そういえば、アスナはあんまりお酒飲まないね。もしかして、お酒苦手?」
「苦手じゃないよ。むしろ大好きだよ」
「え、でも」
「今日は美味しいお肉を食べる日だからあんまり飲んでないだけだよ」
「そうなのか。あんな肉がここまで喜んでもらえると思ってなかったよ」
確かに美味かった。ボアっていうから、てっきり猪肉に似た味かと思ったら、実際は高級な豚肉みたいな味だった。まぁ、もっと良い肉食べた事あるからあまり感動はなかったけど。
「喜ぶに決まってるよ!一口食べたら、口の中で溶けたもん!あんなお肉、初めて食べたよ!」
「ははは、それは良かった。そう言ってもらえると嬉しいよ。
「お、カズトにアスナじゃ〜ん。二人とも楽しんでる〜?」
「あ、ユヤ。って、お酒臭⁉︎アンタ、どれだけ飲んだの⁉︎」
「そんなに飲んでないよ〜。まぁ、どれだけ飲んだか覚えないけどね〜」
そう言ってユヤはケラケラ笑う。
「誰よ、この子にお酒飲ませたの……というか、保護者のヨセフはどこにいるのよ」
「ここにいます……」
ユヤの後ろから申し訳なさそうにヨセフが現れた。
「ヨセフ、アンタがちゃんと見張ってないからユヤがこんな状態になってるじゃない。婚約者なんだから、ちゃんと見張ってなよ」
「すいません……少し目を離した途端にいなくなってて……見つけた時にはこうなっていました……」
「もう、ユヤがお酒弱いの知ってるでしょうに」
「面目ないです……」
「まあまあ、実害はないんだし、その辺で、ね」
「そうだね、少し言い過ぎた。ごめんね、ヨセフ」
「いえ、僕に責任があるので仕方ないです。あ、話は変わるんですが、カズトさん、昼間はありがとうございました。おかげで、ユヤの元へ帰る事が出来ました」
「ヨハンさんにも言ったけど、気にしなくていいよ」
「父に会ったんですか?」
「アーロンに会いに行った時にな。豪快なアーロンと違って、知的でかっちりしたタイプの人だった」
「父は村の実務を担当していますから、そういう印象を受けたんですね。村人の中にも苦手に思ってる人は少数いますが、本人は気さくでいい人なんですよ。今頃、村長や有力者の皆さんと楽しく酒盛りしてると思いますよ」
「それで〜、二人はデート中?もしかして、あたい達、お邪魔虫かな〜?」
「ちょ⁉︎違うから!昼間も!言ったけど!まだ違うからね!」
「『まだ』って事は、将来的にはそうなりたいんでしょ〜?あんまりまごまごしてると、他の女に盗られるよ〜?カズトはイケメンだから、これから狙う女増えると思うよ〜。それが嫌なら〜、早く覚悟決めた方がいいよ〜?」
「………」
アスナが顔を真っ赤にして下を向く。
『まだ』か……。ユヤが脈ありって言ってたのは事実だったのか?でも出会って一日だぞ?そんな短期間で、俺みたいなおっさんに惚れるか?もしそうなら、俺はどうするべきなんだろう……。
「ユヤ、言い過ぎだよ。僕達にも僕達のペースがあっただろう?誰かに急かされるものじゃないんだよ。ほらもう行くよ。カズトさん、アスナさん、失礼します」
「は〜い。カズト、アスナ、またね〜」
大きく手を振りながら、ヨセフ達は雑踏に消えて行った。
「さ、さて、ヨセフ達も行っちゃったし、俺達も戻ろうか」
「………」
「アスナ?」
「ちょっと待って……」
「え?」
「大切な話があるの……ちょっとついて来て……」
「あ、ああ」
真剣な眼差しのアスナに手を引かれ、俺達は雑踏を離れて行った。
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