6-3.放浪者と巫女
「やはり西方に災いありか」
夜、ちょうど日付が変わるか変わらないかという時、
魔法や呪法を用いない占術はそれらを用いる場合に比べて精度が落ちる。しかし、一週間行ってこれだけ何度も同じ結果が出れば別だ。やはりラーナスールに戻るべきかもしれない。
ついでにフーリナイアのことも相談できればなぁなどと思いながら
十五分ほど前から部屋の前を何度も行ったり来たりしている気配のことだった。時おり自分に言い聞かせるような「大丈夫」とか「やっぱり」とか言う言葉も聞こえてくる。
エンドリア王やトーリアス達ではない、彼らなら迷わず入ってくるだろう。
フーリナイアでもない、彼女も迷わず……というか一切躊躇せず入ってくるだろう。
使用人や侍女でもない、こんな時間に訪ねる理由がない。
となると、もう消去法で一人しかいない。
「こんばんは、トウコクホウノフキノヒメ様。夜更かしは美容の天敵ですよ」
「きゃあっ!」
昼間の書庫の時と同じように飛び跳ねて驚く寝間着姿のトウコクホウノフキノヒメ。
「よろしければ――」
「失礼します!」
「食堂にでも行きませんか?」と言おうとした
部屋の中央でトウコクホウノフキノヒメは
思わず目を奪われるような、清廉さと妖艶さを併せ持つ
「どれだけ痛くても、どれだけ恥ずかしくても耐えます。後からあなたに襲われたなどと言うこともいたしません!
「そうですか……ではお言葉に甘えて」
そっと手を動かすと彼女の体が一際大きくビクリと震えた。冷たい雨に何日も晒された子猫のように哀れだった。
「どうして、抱いていただけないのですか?」
「そりゃもちろん、私は強姦魔ではないからね」
「言ったではありませんか! 決してあなたの不利になるようなことはしないし言わないと!」
「はあ、そもそも未婚の女性が男の一人部屋に来るということ自体が駄目ですよ」
「フーリナイア様は良くて、私は駄目なんですか?」
「はい?」
「フーリナイアとお話しさせていただく機会があったのです! もう何度も
「あー、ちょっと待ってください」
「そもそも、なぜ王城に部屋を割り当てられた数日の間に私をお呼びにならなかったのですか! 私だって今日は……ありもしない勇気を振り絞って……」
それ以上は言葉にならないのか、トウコクホウノフキノヒメはその場に蹲ってしまった。
食堂まで来ると
「さて、少しは落ち着きましたかな?」
「はい……」
「では聞きますがなぜあんなことを?」
トウコクホウノフキノヒメはポツリポツリと話し始めた。
そんな自分に失望しているのではないかという焦りや恐れがあったこと。
フーリナイアが積極的な分、その不安はどんどん大きくなっていったこと。
彼女はそういったことを途切れ途切れに説明した。
“巫女は自分が召喚した英雄と添い遂げる”という使命。巫女である前に一人の女性であるべきなのか。女性である前に一人の巫女であるべきなのか。その苦悩は男の、それもよそ者である
「それは、私の至らなかったところも大きな原因だ、申し訳ない。ですが言い訳をさせていただくとそもそも英雄と巫女の関係性について知ったのはつい数時間前のことでね」
「そんな噓をついてまで! そんなに私には魅力がないのですか! あなたほどの知恵者なら伝承や歴史書を何冊か読めば勘づくはずです!」
「それに関しては友人の騎士達にも変なところで鈍感だと言われましたね」
「私に失望してはいないのですか? 私のことを恨んではいないのですか?」
「なぜ失望するのですか? なぜ恨むのですか? あなたと会話した時間はまだ一時間にも満たないというのに」
「私があなたを自分が召喚した英雄だとはっきり公言すれば、あの謁見であなたを疑う人たちを説得できたかもしれないのですよ、全て人の信頼を勝ち得ることが出来なかったとしても、杖や剣を取り上げられるなんてことはなかったかもしれないのに」
トウコクホウノフキノヒメはそう言うとまたもや沈んだ表情を見せた。しかし
「どうして笑うのですか?!」
「いえ、そんなことを気になされていたのですか。意外と可愛らしい」
「か、可愛ら……私は真剣に話しているのです」
突然可愛らしいと言われ顔を赤くして言うトウコクホウノフキノヒメに
「いや失礼。からかったりしているわけではないのです。ただまあ、私は今までいろんな国を旅してきました。その中で武器を取り上げられるなんてこと珍しくない。
「でも……」
「でもなんでしょう? あなたにとって英雄とは武器がある時だけ勇ましい者を指すのですか? 自分が万全の状態の時だけ闇に立ち向かう者を言うのですか? それとも人々に信用されたから英雄なのですか?
私はそうは思わない。状況というのは得てして自分の都合を考えてはくれないものだ。だからこそ私は思う。英雄とはいつであれ、どこであれ、どんな状態、そう名も持たない放浪者であれ、邪悪に挑む覚悟ができている者のことを言うのではないだろうか?
たとえその先に待っているのが自分の死だったとしても」
まるであの謁見の時のように
「で、では私を部屋にお呼びにならなかったのはフーリナイアとお楽しみされていたわけではなく……」
「ええもちろん、ていうかお楽しみってあなた……」
「で、でもでも!」
なおも言い縋るトウコクホウノフキノヒメに
「監視員、どうせいるんだろう? 少し助けてくれないか?」
まるで今まで影の中に隠れていたんじゃないかというくらい音を立てず食堂の暗闇から人がヌッと現れた。真っ黒なマントをを着て、フードの為男か女か分からなかった。帯剣はしていなかった。
「あ、えっと。
「その通りにございます巫女様」
監視の騎士は答えた。
「巫女殿は私とフーリナイア様が熱い夜を過ごしていると言われるのだが、どうか私の潔白を証明してくれないか?」
監視の騎士はコクリと頷いてから言った。
「私は
まあ、フーリナイア様は
「そ、そんな……」
「ちょっと待ってくれ、後半のことは俺も知らないんだけど」
「事実でございます。では、私は監視に戻りますので」
そう言うと監視員は再び夜の闇に溶け込んでしまった。
思わぬ事実を知らされた
「誤解は解けましたか?」
「で、ではフーリナイア様が言われていたことは?」
「ロイアスールのお屋敷にいた時ことでしょうね。まだ元気がなかったころ、色々なお話をするために彼女の部屋に伺ったことがありますから。そこで夜通し物語をせがまれたことはありますがもちろん侍女も付き添っていましたよ」
トウコクホウノフキノヒメは自分の謬見に呆然としながら言った。
「では幼児趣味や熟女趣味というわけでもなく……」
「ええ、いやそもそも勝手に人を特殊性癖の持ち主にしないでください」
「私の容姿が
「あなたは美しいと思いますよ」
「私の一人勝手な想像だったというわけですか?」
「想像というより妄想の域ですけどね、もはや。それにフーリナイア様から聞いているかもしれませんが私は一応妻帯者なんですよ」
ようやく二人の間にあった
「あのー巫女殿?」
あまりにも硬直が長いので心配になって
「き、気絶してる……」
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