兄妹達にとっては日常
「お兄ちゃん! デートしましょう!」
学校から帰ってくるなりそんなことを言い出す睡。まあ今日は俺にも行きたいところがあったのでいつもなら断るところを承諾する。
「いいぞ、行き先は俺が決めるぞ?」
「ふぇっ!?!?」
「なんだよ驚いたりして」
睡は驚きで顔が歪んでいた、多分俺でなくても驚いているのが丸わかりな顔をしている。
「だだだだって!? お兄ちゃんがデートを素直に認めてくれるんですよ!? そりゃあ驚きますって! 普段だったら文句の一つもこぼしてるじゃないですか!?」
俺だって日によって気分が変わったりするだろうに……睡にとっては俺が乗り気でないのは既定事項らしい、ちょっと寂しいぞ……
「俺は気分屋なんでな、そんな日もある。とりあえずコーヒーを一杯飲ませてくれ、退屈な授業を受けたせいでクソ眠いんだ」
「あ、はいどうぞ」
そう言って俺の目の前から退く睡、俺はテーブルに置いてある帰宅後即淹れたコーヒーをすする。熱さと苦さで目が覚める。
「睡も飲むか?」
「そうですね、お願いします」
一つカップを取りだして睡の分を注ぐ、淹れたてではないけれど冷めていないので良いとしようか。俺の方は飲み終えてしまったので冷蔵庫から追いカフェインのためにドクターペッパーを取りだして開ける。
「お兄ちゃんは飲み物の好みがよく分かりませんね……」
「カフェインは正義と覚えてくれればいいぞ」
冷たい冷たいドクペを一口飲む、コーヒーで苦味が行き渡っていた口の中に杏仁豆腐のような甘さが入り込んでいく。
睡の方はコーヒーに砂糖を投入して甘々にしていた。甘すぎて缶コーヒーレベルになっているようだったが人の飲み方にケチをつけるようなことはしない。
「お兄ちゃん、カフェインだって取り過ぎると健康に悪いですよ?」
「コーヒーで致死量のカフェイン取ろうと思ったらカフェインの前に水分の取り過ぎで死ぬんだよなぁ……」
十リットル以上飲んでようやく死ぬかどうかのカフェインしか取れない、錠剤や液剤以外でカフェインを健康に影響するまで取るのは大変だ。
コクリと睡が最後のコーヒーを飲み終えたので俺もぐいっとドクペを胃にまとめて流し込む。大量の糖分が脳に行き渡るのを感じる。
「さて、じゃあ出かけるか」
「はい!」
睡はとびきりの笑顔を俺に向けていた、果たして俺が行く先でその笑顔が維持されているかは不明だった。
玄関のドアを開けると涼しげな秋の風に当てられる。最近は夏の暑さもひいていき、随分と過ごしやすくなっている。今日は良い季節だった。
「で、お兄ちゃん! 何処に行くんですか?」
「ホームセンター、所謂ホムセン」
「は!? 今なんと?」
「だからホームセンターだよ、最近ハンダごてが調子悪くなってな……使い方の問題なんだろうが強力なやつが一本欲しくってな」
「デートでホームセンターにいく人がどこにいるって言うんですか!」
「ここに」
睡の文句をさらりと流して俺は近所のコメリに向かった。
「来ないなら一人で行くが、どうする?」
「うぅぅ……一人よりはマシですね……」
そういうわけで二人でコメリに向かうのだった。
しばらく街路樹が葉っぱを落としている道を歩いて目的地にたどり着いた。
「さすがにホムセンで重さんと遭遇することは無さそうですね」
そんなことを言っている睡がついて来ながら店内へと足を進めた。
ホームセンターはでかいのであまり空調が強くない、真夏でもやや涼しいくらいなのだがこの季節なら空調は完璧に過ごしやすいものになっていた。
さて、電子工作コーナーはっと……少し歩いたところに電子部品がそれなりに揃ったコーナーがあった。さすがに電気街のごとく抵抗やキャパシタを単品で置いていたりはしないが、家庭用のスイッチや電源コードくらいは品が揃っていた。
「お兄ちゃん、ところでハンダごてってなんなんですか?」
おっとそこからか……
「電子部品を基板に取り付けたりするのに使うめっちゃ熱い棒と思っておけばいい」
ニクロムヒーターやセラミックの違いなど説明してもついて来れないだろうからとてもざっくりとした回答を伝える。基板以外にもケーブル同士でも使ったりするがまあざっくり分かっておけばいいだろう。
俺は三千円くらいのそこそこの品をカゴに放り込む、ついでにハンダも買っておこうか。この前ヘッドホンを修理した時にハンダのストックが少なくなっていたことを思い出した。もちろん買うのは鉛入りハンダだ。鉛フリーなどと言う環境のために実用性を激減させたものを買う気は無い、あんなものはヨーロッパに輸出でもしない限り特性の悪いだけの商品だ。
「その針金みたいなのなんですか?」
睡が質問をしてきたので俺が答える。
「これがハンダだよ、これを溶かして部品をくっつけるんだ」
「溶接みたいなものですか?」
「うーん……溶接とはかなり違うんだけど……まあ金属同士をくっつけるってところは一緒だな」
ほぅと眺めている睡だが俺はついでにハンダを一ロールカゴに放り込んでおく。腐るものじゃないし、多少多めにストックしておいても問題無いだろう。
まあ中国から輸入した方が安くあがるのだけれど、そもそもそんなに高い商品では無いのでここで買っておいてもそれほど懐は痛まない。
「お兄ちゃん、ついでに私にも何か買ってください!」
睡がさすがにこれだけでは不満なのだろう、要望を上げてきた。
とは言ってもここはホームセンター、睡のお気に召す物があるかどうかはかなり怪しいところだ。少なくとも普通の女子高生がテンションの上がるものをたくさん置いている店では無い。
俺は考えてから食料品のコーナーに行ってお菓子をいくつか放り込んだ。お財布に優しくて睡でも少しくらいは喜んでくれるであろう食べ物で許して貰うことにした。
「ほうほう……あっ、出来ればそっちのキャンディの方がいいですね」
睡の要望を聞きながらいくつかのお菓子をカゴに入れてレジに向かった。ぱっと見五千円有れば十分だろうな。
レジの会計では四千円と少しだった。多少予算オーバーだがハンダとお菓子くらいしか追加で買っていないので支払える金額だった。
ビニール袋を買ってまとめてその中に放り込んで俺たちは帰宅するのだった。
「ふぅ……疲れましたね」
「ついて来ただけだろうが……」
「お兄ちゃんは興味の無い場所を練り歩くのが苦痛だとは思わないんですか? 一緒にいたのがお兄ちゃんじゃ無ければ即帰宅ルートでしたよ?」
「はいはい、悪かったよ……」
何が悪いのか分からないがとりあえず謝っておいた。睡は置いた袋から飴を取りだして袋を開け一粒を口に放り込んだ。
「ま、今日はお兄ちゃんが付き合ってくれたってことで許してあげますよ!」
許すねえ……合意の上だったはずなのにまるで睡が譲歩したかのような言い方だった。不満が無いでもないが、今日は無茶を言わなかっただけ機嫌の良い日なのだろう。
その日の夜、この前買ったヘッドホンアンプの組み立てを行ったのだった。それについて睡が『そんな時間があるなら私に構ってください!』と言ったのは言うまでもないことだった。
――妹の部屋
「デート……デート……なのかなぁ……?」
お兄ちゃんが私に付き合ってくれたのは大変喜ばしいのですが、如何せん場所が場所だけに雰囲気も何も無かったのでした。
しかしまあ……お兄ちゃんが二つ返事で付き合ってくれた日として私はスマホのスケジューラにハートマークを書き込んでおくのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます