第18話:ドヴォーク式闘争術

 息が続かない。

 あまりの緊張感に、体力は瞬く間に奪われていた。


「はあっ!」


 何度となく斬りつけているが、巨大なミミズの体に対して傷はあまりにも小さい。

 カドモスとフォルナートは連携を駆使して上手に立ち回っていたが、あまりにも力の差は大きかった。

 這いずってくる魔王九邪。徐々に空間も圧迫されてきている。

 下でも揺れがあったことを考えると、コージもまた下でこれと同じようなものと戦っているのかもしれない。


「フォルナート。師匠が来るまでここで耐えるか、少しずつ後退して時間を稼ぐか。どちらがいい?」

「ぶるっ!」


 フォルナートは頭に血が上っているのか、カドモスの提案には乗らなかった。

 ここで勝つ。たとえどんなに可能性が低くても、引き下がりはしない。


「そうだね。手間をかけて創ったこのダンジョン、これ以上荒らされてたまるもんか」

「ぶもぁ!」


 カラ元気だ。しかし、本心でもある。

 カドモスはスコップに込める魔力の量を増やした。刃が伸びる。


「とはいえ、あまり長時間だと魔力が保ちそうにない。フォルナート、一気に決めるよ!」

「ぶるぁぅ!」


 普通に振っても大したダメージは与えられない。ならば、普通ではない方法を試すしかない。

 巨大化したフォルナートの上に飛び乗り、スコップを構える。

 足でしっかりとフォルナートの背中を掴み、告げる。


「合図をしたら突っ込む」

「ぶぉるっ!」


 ずるりと、また少し這い出した魔王九邪。フォルナートを捕まえるのが大変だと思ったのか、わずかに縮むような動き。

 ぶよぶよとした体が、自分から縮んだ理由。カドモスは反射的に叫んだ。


「避けろっ!」


 破裂したような音が響いて、数瞬前まで居た場所を何かが通り過ぎていく。

 横っ飛びに飛んだフォルナートが、走り出す。

 突っ込んできた魔王九邪は、無防備な部分を晒している。


「うおおおああああああッ!」


 刃を突き立て、フォルナートを走らせる。

 フォルナートも心得たもので、魔王九邪にぶつかることなく、距離を維持したまま駆け抜ける。

――!!!

 凄まじい音。そして異臭。カドモスが斬りつけたところから、ひどい臭いの体液が噴出している。

 ずるりと、フォルナートが体勢を崩した。

 放り出されないよう、反射的に右手で背中の毛を掴む。

 左手だけで支えたスコップの先が、ぼきりと折れた。


「ぐぅっ!?」


 大量の魔力を消費した虚脱感が襲ってくる。集中が途切れたせいだろう、魔力の刃が折れてしまったのだ。


「ぶるっ!?」

「大丈夫だよフォルナート。君も大丈夫かい?」


 一方の魔王九邪も無事ではなかった。くらくらする頭を押さえながら見ると、大量の体液を噴き出してじたばたともがいている。かなり傷は深いようだ。

 フォルナートの足を見ると、ひどい色の土がついている。最初に吐き出された腐った土か。

 カドモスは残った少ない魔力を練る。刃にするには足りないが、出来ることはまだあるのだから。


「凍てつけ!」


 体液に向けて、温度低下の魔術を放つ。

 噴き出した体液を通じて、魔王九邪の内部まで低温が伝播すれば。

――!!!!

 魔王九邪が先ほどとは違う悶え方を始める。

 ふいに頭痛が襲ってきた。飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、魔術を維持する。


「っ痛ぁ! くそ、まだか……!」


 地面の体液が凍り始めた。魔王九邪は巨体だ。全身の体液を凍らせるのは無理だろうが、カドモスの狙いはそこではない。

 ぱき、と乾いた音がした。


「行け! 行け、フォルナートッ!」


 フォルナートは吼えなかった。

 ただ強く地面を蹴り、最初と同じように渾身の体当たりを魔王九邪に仕掛ける。

 魔王九邪の頭部が、ひどくゆっくりフォルナートの方を向いた。


「止まるな、行けぇ!」


 フォルナートの角が魔王九邪の頭部を貫き、そのまま突き抜けた。

 ぶちぶちと音を立てながら魔王九邪の頭部が千切れ、体液の代わりに氷の柱が突き出てくる。


「よし、よし!」


 角を振り回して完全にミミズの頭部を引き千切り、フォルナートはそのまま駆け抜ける。

 頭部を喪った魔王九邪がびくりびくりと体を震わせ、そのまま力なく動きを止めた。


「ばおぉぉっ!」


 嬉しそうな咆哮を上げるフォルナートの声を聞きながら、カドモスは意識を手放した。


***


 コージが無数のカオスワームを排除して第四フロアに戻ってくると、フォルナートがくるくると回りながら何やら鳴いていた。

 そして、コージが相手したのとは明らかに違う巨大なミミズが力なく横たわっている。


「すげえな。フォルナート、カドモス。よくやった」

「ぶもっ!」


 悲鳴じみた声を上げるフォルナート。近づいてみると、カドモスは意識を失っていた。それでもフォルナートの背中とスコップから手を離さないのは流石だ。


「ダンジョンマスターの自覚あり、ってところか。フォルナート、ちょっと縮んでくれ。カドモスに届かない」

「ぶも!」


 しゅうしゅうと音を立てながらフォルナートが文字通り小さくなる。

 蒼白な顔のカドモスに、荷物袋から取り出したコップで水を飲ませる。少しだけ表情が和らいだが、意識は戻らない。


「フォルナート。このまま地上にカドモスを運ぶんだ。俺はここを片付けてから行く」

「ぶるぅ」


 小さく頷いて、フォルナートがゆっくりと階段を上っていく。カドモスに負担をかけないようにとのことだろう。よい主従だ。

 コージはフォルナートの姿が見えなくなったところで、異臭をさせる死体に触れた。


「浄化」


 ぼこぼこと不吉な音を立てて、カオスワームの親玉が縮んでいく。リテムの魔力がカオスワームを浄化し、消滅させているのだ。

 程なくカオスワームの死体は消え、這いずった後と巨大な穴だけが残る。

 コージは無造作に穴に踏み込むと、そのまま穴の奥に向かって歩き出した。


***


 カドモスの屋敷の前では、村人たちとモニアが慌てた様子で集まっていた。

 ダンジョンから戻ってきたフォルナートの姿を見つけたらしく、何人かが駆けてくる。


「フォルナート!? どうしたの……カディ!」


 その一人であるモニアが、フォルナートと意識を喪ったカドモスを見て悲鳴を上げた。


「カディ、カディ!?」

「姫様、揺らしちゃなんね! カドモス様!」


 カドモスにすがりつくモニアを、村人たちが必死に止めている。

 人の言葉を話せないことで不便を感じたことのないフォルナートだったが、この時ばかりは言葉が欲しいと願った。

 自分たちの仲間を食らったおぞましいものは、主と自分で殺したのだと。この群れはきっと大丈夫だと、安心しろと。

 主は疲れて寝ているだけだ。そんなに心配はいらないよと。


「ぶもぅ」

「カディ! 嫌よ! カディ!」

「落ち着いてください姫様! カドモス様を屋敷に運ぶぞ!」


 フォルナートの背中からカドモスが下ろされる。

 運ばれていく主を見送ってから、フォルナートはひとりダンジョンを振り返るのだった。


***


「やれやれ、やっぱり居たか」


 どれほど深くまで降りただろうか。

 コージは荷物袋を足元に置いて、スコップを肩に担ぎ直した。

 カオスワームが掘り進んだ穴の奥。開けた場所にあったのは巣穴だった。

――!

 先程のカオスワームがまるで子供に思えるような巨体。

 これこそが魔王九邪の一。魔王が地上に遣わした邪悪であり、彼の憎悪の形のひとつ。


「さて、始めようか」


 言葉を交わす必要などなく、するべきことは互いに同じ。

 目の前にいる敵を殺し、己の目的を果たすだけ。

 だが、コージはそれでも声を上げた。それはただの宣言。そうすることに意味はなく、ただの男の美学である。


「魔王九邪は我が弟子、カドモス・カルリザが滅ぼした。お前は誰に知られることもなくここで死ぬ」


 カルリッツァ平原にいた魔王九邪は、カドモスが倒した巨大なワームということになる。コージはただ、奥に残っていたカルリッツァキングバイソンの骨や角を回収に来ただけ。

 目の前にいる本当の邪悪は、ただのついでで滅ぼされる。そしてそれを知る者はコージと大地神リテムだけ。誰に知られる必要もなく、栄光はただ弟子の頭上に降り注げば良い。


「勇者流――」


 自分が背負う栄光は、既に十分足りている。


「ドヴォーク式闘争術。コージ・ツチキ、参る!」


 邪悪の全てを打ち滅ぼす、聖なる刃がスコップの先端から伸ばされた。

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