第9話:見えない仲間がふえました
カドモスが自身の秘密をコージと共有した翌日から、コルプス村ダンジョン第一フロアの作業が始まった。コージはリテムの使徒としてカドモスの秘密を守ると誓いを立て、カドモスもまたコージをこれまで通り師として敬うと誓った。
不思議なもので、カドモスはコージをこれまで以上に身近に感じられるようになった。安心感というか、本当の意味での信頼が生まれたように思う。
隠し事がなくなったからというわけではないだろうが、ダンジョンを掘る速度も前より目に見えて上がってきた。
作業に体と魔力が慣れてきただけだと師は笑うが、理由はどうだって良いのだ。
「よし、今日も頑張って掘るぞ!」
「もぉぉっふ!」
応援するフォルナートの声を背に受けながら、カドモスは階段を力強く降りていくのだった。
***
第一フロアを掘り始めて少し経ったころ。
カドモスはここ数日何度か感じていた、ちょっとした違和感に首を傾げた。
前日の夕方に作業を切り上げて戻った時より、ほんの少し掘り進んだ部分が広がっているような気がするのだ。
最初は疲れからくる気のせいだと思っていたのだが、さすがに何度もあると気になってくる。
「師匠。夜中に追加で掘ったりされました?」
「いや、そんなことはしていない。……まさか、もう居着いたのか」
コージは心当たりがあるようだったが、それはそれとして随分と驚いた様子だ。
何かを考え込むような様子のあと、手に持っていたスコップの先で地面を二度軽く叩く。石でもあったのか、コツコツと音がした。どんな硬い岩でも掘り抜いてしまうスコップなのにそんな音を立てるのかと疑問に思うが、カドモスが聞く前にコージは口許に人差し指を立てた。
と、周囲のあちらこちらからコツコツ、コツコツコツと音が響いてくる。
思わず周囲を見回すが、どこにも動く姿はない。ただ音だけがコツコツと聞こえてくる。
「ノッカーだ」
「ノッカー、ですか」
「鉱山で採掘を行う妖精だ。善良な性格で、こうやってダンジョン掘りを手伝ってくれたりもする」
コージが言った途端、音が止んだ。
こちらの言葉が通じるのだろうか。そんなカドモスの疑問をよそにコージが虚空に語りかける。
「さて。ノッカーたちよ。こちらのカドモスがこのダンジョンを創っているダンジョンマスターだ。まずは挨拶をしてくれないか」
『はじめめして、あるじさま』
『はじめめして!』
「は、はじめまして」
子供のような声が、あちらこちらから。
不思議に思ってぐるりと周囲を見回してみるが、灯り樹の光だけでは見つけるのも覚束ない。
「ノッカーたちは恥ずかしがりでな。人前に姿を現すのは嫌がるから、お前も探そうとしないでやってくれ」
「あ、分かりました。これからよろしくね」
『よろしくおねがいしめす!』
『おねがいしめす!』
『がんばりめす!』
『がんばりめす!』
どうやら彼らはこれからカドモスの手伝いをしてくれるらしい。
てっきりコージと二人で、コージからの指導が終わったら一人で掘るものだとばかり思っていたのだが。
「ダンジョン掘りは一人や二人じゃいつまで経っても終わらないさ。こうやって手伝いの妖精たちが住み着くんだが……」
「が?」
「思った以上に早く住み着いたのと、ノッカーが住み着いたのがびっくりだ。連中は善良だが人物評価はシビアでな。気に入らないダンジョンマスターのダンジョンには絶対住み着かないんだ」
「……はあ。僕、何かしましたっけ」
つまり自分はノッカーたちのお眼鏡にかなったらしい。しかもコージいわく異例の早さで。
ありがたいことなのだが、カドモスとしては何故自分のダンジョンに彼らが住もうと思ってくれたのか全く心当たりがない。
後で何かの間違いだったと言われるのは嫌だなあなどと考えていると、くしゃりと頭を撫でる手。
「妖精が住み着いた理由なんて気にしても仕方ないぞ。あいつらの考えはあいつらにしか分からん」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。……それにしてもノッカーとはなあ、幸先いいぞ」
ノッカーは癖の少ない妖精らしく、たったひとつのルールさえ破らなければ良いので楽なのだとか。
つまり、姿を見ようとさえしなければ良いわけだ。
「他にはどんな妖精が?」
「多いのはゴブリンやブラウニーだな。ゴブリンなんかは目を離すと悪さをするから、ボスモンスターをお目付け役に連れ歩かないといけないんだが」
「ゴブリンってモンスターじゃないんですか?」
「モンスターでもあり妖精でもあり、ってな。善良な性格のホブゴブリンもいるが、その見分けはつけにくい」
そういえばゴブリンに店番をさせているダンジョンもあると言っていたっけ。
常識にとらわれてはいけないと頭では分かっているが、思った以上に自分にとっての常識に振り回されていると実感する。
カドモスは大きく息を吐き出してから、両手で頬を叩いた。現状を受け入れて、今は自分の出来ることをしようと心に決める。
「師匠。ノッカーたちが手伝ってくれるのはありがたいですが、うっかり彼らの姿を見てしまわないようにするにはどうすれば」
「いきなり掘る方向を変えたりしなければ大丈夫だ。後は今日の晩にでも、フロアの設計図を書き写しておこう」
「ああ、どんなフロアにするか彼らは分からないから」
フロアの設計図が頭に入っているのはカドモスとモニア、コージの三人だけだ。手伝ってくれるノッカーたちも知っておく必要はあるだろう。
ともあれ、今はまだまだ空間を大きく広げるだけの作業だ。作業の指示も大雑把でいい。
「さ、それじゃ始めよう。しばらくは穴を広げていくかたちだ、頑張ろう!」
『はじめめしょー!』
『はじめめしょー!』
スコップを土壁に突き入れる。抵抗なく掬い取った土をバケツに。繰り返すと少しずつ穴が大きくなっていく。この変化が何とも言えず楽しく、嬉しいカドモスだ。
と、周囲でもコツコツカツカツと無数の音が聞こえてくる。
それぞれが勝手に叩いているようでいて、不思議とリズムを感じる。
いつの間にか、リズムに合わせて体が動いていた。
「ふふ」
「妖精は音楽が好きなもんだが、これはこれで見事だな」
コージも同じ感想を持ったようで、彼もまたリズムに合わせて掘り進むのが見えた。ただし、カドモスが一回掘る間に三回は掘っている。
さすがと思う反面、自分の未熟を強く自覚する。
カドモスは少しでも早く師に追いつけるよう、コージの動きを真似るように体を動かすのだった。
***
ディーセイルはカルリザ邸の一室で代官の仕事に精を出している。
カドモスの決済が必要な書類と自分の決済で十分なものとを分け、内容に応じて分類していく。王都や伯爵家からの夜会の招待などは全て断るようにと指示を受けている。そんな時間はこの土地にもカドモスにもない。
「それにしても、姫殿下はいつまでご滞在されるのか……」
思わず呟く。
モニア・ラクティムはその振舞いからうっかり忘れそうになるが王家の末姫だ。王位継承権は末端であるし本人はダンジョン監査官という役目があるからと言い張って堂々とカルリザ邸で起居を共にしているが、それなら本来なら彼女のために一軒建てるべきなのだ。
職務とはいえ未婚の男性と王女が同居する形で長期滞在するのはいかにもまずい。何より恐ろしいのは、その点に関する叱責やモニアを帰すようにという手紙がこれまで一通も届いていないことだ。
ストレスが頭皮に来るタイプのディーセイルとしては、モニアはいてもいなくても困るタイプの人物だ。
不用意に帰らせた後、別の人間が監査官として来られるのはまずいからだ。
「こ、この際お坊ちゃまと早くくっついてくだされば……いやいや」
二人が互いを無二の存在だと想い合っているのは見れば分かる。ディーセイルが何か言わなくても近く納まるところに納まると思うのだが。
しかし自分のストレスを軽減するためにくっつけなどとは口が裂けても言えない。
不埒な考えを脳裏から追い出して、ディーセイルは新しい書類を手に取った。
「おや?」
と、ふと足元が小さく揺れていることに気づいた。
椅子に座っていないと感じない程の微細な揺れ。
「そういえば地揺れはこの辺りでは豊作の前兆という話でしたか」
ランドドラゴンの加護を受けているラクティム王国は、肥沃な大地と多くの農産物が有名だ。
果樹で有名な北部モルサーク森林領では数多くの果実が採れるし、それを材料にした果実酒は国外でも人気が高い。
カルリッツァ平原は麦の大産地だが、王都を挟んで反対側のクルルッカ大平野では麦以外の農産物を多く生産している。
カドモスの発見した麦の産量低下は、ラクティムにとって大きな打撃になりかねない。そんな中での豊作の兆し。幸先が良いとはこのことか。
「あるいは豊作をもたらす妖精の足音だったりするのですかね?」
妙に詩的なことを思い浮かべたディーセイルは、その鉄面皮に余人では分からない程度の笑みを浮かべながら、書類に自分の名前を署名するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます