第2話:ダンジョン学講座(ただし実地)
ラクティム王国はダンジョンによる領地経営を推奨していない国のひとつだ。
国土の大半が肥沃で、食糧の生産に難がないのがその理由だ。輸出国としても優秀で、ダンジョン経営に手を出すのは凶作が続いた土地か、何かの事情で人や金を短期間に集めたい土地くらいだ。
「国内にある大きなダンジョンと言えば、王都と侯爵領のふたつだけです」
「なるほど。ダンジョンに入ったことは?」
「学生がダンジョンに入るのは禁止されていたんですよ。冒険者からの受けが悪いとかで」
執務室から出て、カドモスはまずコージとモニアを応接室に連れて来た。本来はモニアともここで話す予定だったのだ。何より、代官であるディーセイルに何も知らせないのはまずい。
ディーセイルはいつの間にか入り込んでいたコージを見てひどく驚いたが、ひとまず抑えてくれた。胡散臭いものを見る目でコージを睨んでいるが、こればかりは仕方ないだろう。
なお、スコップは何となく受け取ってしまった。何だろう、不思議と手に馴染む。
「そりゃそうだ。命がけのところに観光気分の学生が来たら気分も悪いだろ」
「あと、不用意に中に入ると殺されるかもしれないと」
「中で誰か死ぬのは日常のことだしなあ。……ふむ」
コージは何やら思いついたようだ。
薄いあごひげをひと撫でして、カドモスに向かって人差し指を立ててみせた。
「ではまず最初の授業といこう。ダンジョン学講座、そのいちだ」
「はい。よろしくお願いします」
「おう、じゃあ早速」
軽く頭を下げる。コージだろうか、正面から指を鳴らす音。
と、背を預けていたソファの感触が消えた。当然体は背後に倒れ込む。
「あ痛ぁっ!」
「題して『ダンジョンを実際に見て回ろう!』ってことで」
コージの言葉に慌てて起き上がる。周囲を見回すと、景色が一変していた。
屋敷の中どころか、建物の中ですらない。岩積みの壁に、冷たい明かり。苔の匂いと獣の臭い。
「ここは……? モニア様、ディーセイル!?」
「俺の知り合いが運営しているダンジョンだ。姫さんと代官の旦那は連れて来てないから安心しな」
安心しろと言われても。コージは口許を緩めてこちらを見ているばかりで、質問に答えてくれるつもりもないようだ。仕方がないのでダンジョンの造りを観察する。
頭上を見ても照明らしきものはないが、ある程度の視界は確保されている。壁に手をつくとひんやりとした感触。
足元を見ると、スコップが落ちていたので取り敢えず拾う。
「よく分からないです」
「そりゃそうだ。来ただけで分かったつもりになられてもな」
コージはからりと笑いながら、前へと歩き出した。慌てて後を追う。
まるで緊張感のない様子で歩くコージに、カドモスは疑問を隠せない。
「あの、コージ殿」
「どうした?」
「ここはどういったダンジョンなのでしょうか」
他にも聞きたいことはたくさんあるが、まずは自分の居場所を知っておきたい。
カドモスの問いに、コージは特に隠す様子もなく答えてくれる。
「世界で最初のダンジョンディガーが創ったダンジョンのひとつさ。ダンジョンにまつわる基礎が全て詰まっている。ダンジョンディガーは弟子を取る時、ダンジョンの何たるかを教える時にここを使うことにしている」
「ダンジョンの基礎……」
コージの後をついて歩く。
周囲の様子に気を配るようにと言われたので、きょろきょろと辺りを見回しながらだ。特に変わった様子は見当たらない。
「世の中にダンジョンは二種類ある。リテムが人々に授けたダンジョンと、それ以外のダンジョンだ。後者は自然に出来た洞窟にモンスターが棲みついたものや、モンスターが作った巣穴だな。そういったダンジョンは魔王の死後に数を減らしてはいるが、まだ完全に駆逐はされていない」
「はい。施設が生きているとモンスターが溢れ出すことがあると聞いています」
カドモスにとっては学園で学んだ内容だ。
特に訂正されることもなかったので内心でほっと息をついていると、向こう側から何かが跳ねてくるのが見えた。
兎だ。石畳に白い色がはっきり映る。
「あ、兎だ」
ぴすぴすと鼻を動かしながら寄ってくる兎。何故こんな場所にいるのかと思うが、練習用のダンジョンということなら不思議でもないのかと疑問を捨てる。
すり寄るように近づいてくるので、抱き上げようと屈みかけたところでコージが笑いを含んだ声で言った。
「そいつモンスターだぞ」
「えっ」
思わず体が硬直するのと、兎ががぱっと口を大きく開いたのはほぼ同時だった。凶悪な歯が無数に見えて、慌てて後ずさる。
気付かれたと分かってか、突然兎の体が膨張した。カドモスの身長の半分ほどまで筋肉が肥大化し、一気に不気味な風貌になる。
「人食い兎ってやつだ。見た目に騙されちゃいかんってやつだな」
「は、はいっ!」
「ダンジョンには大きく分けて三つの要素がある。第一はフロア、第二にモンスター、そして第三がギミック」
人食い兎が殺意も満点に飛び掛かってきたが、コージは安閑としたものだ。
担ぐように持っていたスコップを一振り。カドモスが危ないと言う間もなかった。
「モンスターは三つの要素の中で、最も分かりやすい要素だ。狩れば大体終わる」
頭部を喪った人食い兎が、音を立てて地面に突っ伏す。そのままダンジョンの床に溶けるようにして消えていった。
まだ背筋がぞわぞわしている。カドモスは動悸の止まらない胸を押さえながら、人食い兎が消えた痕を見据えた。
「ちなみに今のは本当はモンスターじゃなくてギミックな。びっくりしただろ?」
「……鼓動が止まるかと思いました」
嘘ではない。本当に死ぬかと思った。あんな口に食いつかれたらどの場所であってもひとたまりもなく食いちぎられてしまうだろう。
「人食い兎自体は実際に存在するモンスターだ。無害な兎のふりをして人に近づき、あの口で食い殺す。ここではそれを模した幻影が出てきて、何も知らない新人クンを脅かすってワケさ」
悪趣味極まりない。だがカドモスはそれを口にはしなかった。
ダンジョンを創るということは、入り込んだ冒険者の命を時に奪うということだ。こういう悪趣味を行う側になるのだから、言う資格は自分にはない。代わりに口をついて出た言葉は、感嘆を伴っていた。
「こういう罠もギミックというわけですね」
「呑み込みが早いな。フロアに仕込むかモンスターに仕込むか、はたまた宝箱に仕込むか。ダンジョンマスターはそれをしっかりと考えなきゃならない」
コージが言うにはガーゴイルやゴーレムといった魔法生物は、モンスターというよりはフロアに仕込むギミック、つまり備品であるらしい。
話しながら、あるいはコージの話を聞きながら道を進む。説明を受けながらダンジョンを歩くと、なるほど石壁の異常にカドモスもようやく気付く。
違いがなさすぎるのだ。目印にできそうなものが何もない。話しながらどのくらいの距離を歩いたのか、まったく見当がつかない。距離感も分からず、モンスターや罠で邪魔をされては自分たちの位置を把握するのも大変だろう。
「例えば壁に隠し扉を設置したり、床に落とし穴を用意したりするんですよね?」
「ああ。それだけじゃないぞ。矢を飛ばしたり、フロアを迷路にして迷わせるのも大事なギミックだ」
「なるほど」
あとは、罠を仕込むことで目印になってしまうこともあるだろう。
迷路にするなら目印になりそうなものは少ない方がいいはずだ。ギミック同士の相性の問題も考えながら進む。
と、そんなことを考えていると観察がおろそかになっていたらしい。かちりと何かを踏む音。
「あ」
「え?」
間抜けな声が漏れた。足を何かにすくわれ、視界がひっくり返る。
背中を打つ痛みはなかった。逆に、何かに上から引っ張られているような。
どうやら吊るされているようだ。伸び縮みする素材らしく、コージの呆れたような笑顔が縦に揺れている。
「ちゃんと観察しとけって」
「すみません……」
「何を考えていたかは大体わかるけどな。ここまで罠もなかったし、考え事をするにはちょうど良かったろ?」
「はい。……うう、恥ずかしい」
「何ごとも体験してみるのが一番だからな。ここにさっきの人食い兎が出てきたらどうなるか……分かるか?」
つまり、コージの説明もカドモスを罠にかけるための工夫のひとつだったということなのだろう。罠の連携というやつか。
ゆっくりと視界が床に近づいていく。体が地面に着いたところで、足を吊るす感触が消えた。
立ち上がって埃を払うと、コージから「考え事は戻ってからにするんだな」との笑い含みの言葉。顔が熱い。
それから歩き始めると、あちこちに不自然なくぼみや突起。さっき踏んだのは突起のひとつか。
大仰に避けると、前のコージがくすりと笑うのが聞こえた。
「昔の俺みたいだ」
「コージ殿も?」
「当たり前だろ。俺も同じように吊るされたものさ。人食い兎はまあ……故郷の辺りじゃよく見かけたから、そんなにうっかりはしなかったけど」
「うっ」
「ま、最近じゃ人里でモンスターを見かけるのも稀だしな。気にしないこった」
フォローが心にぐさぐさと突き刺さって痛い。
命の危険はないのだろうが、ここはダンジョンなのだ。ようやく危機感と緊張感が湧いてくる。
「さて。ダンジョンの花形がボスモンスターだ」
コージが足を止めた。少し先が妙に薄暗くなっている。
この先にボスがいる、ということなのだろう。目をこらしてみるが、奥はまったく見通せない。
「ダンジョンボスは、ダンジョンと一緒に成長する。もちろん、ダンジョンマスターも一緒にだ」
「僕も、ですか」
「そうだ。だからダンジョンを創る時には、まずそのダンジョンのボスを誘致する。実際ダンジョンのボスとなるのは、その影だけどな」
「影?」
「本体がそこにいたら、ボスが倒されるたびに毎度毎度誘致しなくちゃいけなくなる。それじゃ非効率だろ?」
「確かに」
そこまで言うと、コージが再び歩き出す。
その後ろをついていくと、少しずつ暗がりが明るく感じられるようになっていく。
「あれがここのボスな」
「?」
広い。暗く感じたのは、周囲の壁面や天井が自分たちから遠ざかったかららしい。
そんな広い空間の中央に、ぽつんと一体のモンスターが立っていた。
「コボルト?」
「ああ。研修用ダンジョンだからな、ボスも成長できないってんでボスは普通のコボルトだ。てい」
コージは軽い様子で左手を振るう。何かを投げたようだ。コボルトの頭部に激突して、呆気なく倒れる。ピクリとも動かない。
歩み寄ってみると、つるはしの先端が額に突き刺さっていた。
「投擲用のマトックだ。担当するダンジョンディガーによっては、いちいち戦わせたりすることもあるんだが。……戦ってみたかったか?」
「いや、戦うって言われましても」
コージの問いに慌てて首を振る。手元にあるのはスコップだけだ。せめて鎧なり武器なりがないと。そもそもマトックに投擲用とかあるのか。
「何言ってるんだ。武器ならあるじゃないか」
「?」
「掘ってよし、戦ってよしの万能アイテムだぞ?」
何やらカドモスの手にあるスコップはコージに言わせると武器にもなるらしい。魔力を通せば先端から光の刃が発生するのだとか。
槍みたいに使うのだろうか、などと一瞬真面目に考えて、そうじゃないだろうと頭を抱える。
「ボスは召喚で済むが、モンスターの方は誘致した時に戦ったりすることもあるからな。ちゃんとそっちの手ほどきもしてやるから安心してくれ」
「は、はぁ。ありがとう……ございます?」
自分がモンスターとスコップで戦う姿を思い浮かべて、なんだか締まらないなとカドモスは小さく溜息をつくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます