第5話 見え透いた罠
現状をまとめるとだ。
魔族は虫を使って人の意識を乗っ取れる。
操られた人は不屈の兵士となる。
ヒルカという少女が犠牲になった。
そんなところだろうか。
「……さん、ウルさん」
「と、アリシア。どうかしたか?」
深い深い、森の中。
俺達は大河に沿って上流を目指していた。
先頭から順にシルフ、テンマ、アクス、マジコ。
少し離れてジーク、メア、俺、アリシアだ。
そんな隊列だったので、アリシアは俺にしか聞こえないぐらいの声で囁いた。
「アクスさん達、本当に逃げ切れたのでしょうか?」
「どういうことだ?」
「いえ、深い意味は無いんです。ただ、一度腹に納めた獲物をやすやす逃がすでしょうか? その事が気がかりで」
「アクス達が撒き餌に使われている、か」
「……はい」
俺も、違和感はあった。
話を聞いた限り、その村は一見では人の村と区別がつかないという。これは大きなアドバンテージだ。
逆に、情報が持ち出されてしまえばそれは強力な手札とは言えなくなる。はたして村一つ占領できるほどの魔族がそのようなへまを犯すだろうか。
それを切り札としているならば、是が非でも逃走を阻止するところだろう。
(考えられるパターンは二つ。一つはそれが数多くある戦術の一つに過ぎず、割れたところで痛手にならない場合)
つまり、この初見殺し抜きでも防衛において十分な勝算があるのなら、これが知られたところで問題にならないということ。こちらはどちらかというと楽観的な見方か。
(もう一つは、ここから繋げるコンボがある場合)
一度逃がした獲物が、新たな獲物を引き連れて戻ってくる。それを狙って、意図的にアクス達を逃がしたのだとしたら?
そして、その可能性は大いにある。
「仮に、そうだったとして」
俺はアリシアにだけ聞こえるように声を出した。
「だったらどうして、アリシアは同行しようだなんて言いだしたんだ?」
俺のその問いに、アリシアは微笑んだ。
「みなさんを、見捨てられませんから」
そんなアリシアを見て、俺は顔をそむけた。
彼女の方を見ず、何なら彼女にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
「……仲間、だもんな」
その声は、広大な樹海に飲まれて消えた。
別に、それで構わなかった。
*
しばらく行くと、
聞いていた通り、石造の家々はツタが這っていて、石積みの井戸からは幹の太い木が生えて、村のあちこちには偶像が点在している。
聞いていた話と違って、村人の様子はおかしい。
村の規模から比べると、ほぼ全村民なのではないだろうかというほどの人数が村の中央に集まっている。
その中心には一目見て分かる、聖職者のような恰好をした女性が立っていた。あれがアリシアの代わりに勇者パーティに入った女性なんだろう。
「……ウル、あそこにいるのがヒルカだ」
「そうか、ところでアクス――」
「ウル……? 待て、何故刀を俺に向ける?」
俺は無音無動作で刀を取り出し、アクスの方目掛けて切り掛かった。
アクスの一歩手前を剣閃が通り過ぎる。
そして、何もない空中から緑色の血が流れ出た。
「いくら何でも無警戒が過ぎるぞ。大事な人が取られて注意が散漫になるのは分かるが、警戒を怠るな」
「こ、これって」
「お前が言っていた、こぶし大の寄生虫だろうな」
噴き出した緑の血に、何かの塊が浮かび上がった。
それはよく見ると虫のような形をしていて、大きさはちょうどこぶし大だった。
今まさに、アクスは狙われていたわけだ。
それと同時に、一つ安堵する。
最悪の場合、既にアクス達が操られていて、俺達という新たな獲物をおびき出すために遣わされたという可能性まであった。
アクスが狙われたという事は、その可能性が潰えたことを意味する。アクスは正常だ。
「す、すまねえ。だが、姿は見えなかったし、羽音も聞こえなかったぞ。一体どうやって気付いたんだ?」
「五感に頼るからステルス系の魔物に後れを取る。敵意を感じ取れ」
「はぇぇ、ウルは相変わらずぶっとんでるねぇ」
「そっちの……テンマだったか? お前も仲間の事ぐらいきちんと守れ」
「敵意を感じ取るだなんて出来るわけないだろ!」
「……勇者なのに?」
「勇者でもだ!」
……そうなのか。
まったく、これだから最近の若いモンは。
俺は隠密時代から覚えさせられたけどな。
もしかして、勇者って実は弱い?
「と、まだいたか。……もしかすると、こっちの居場所はバレてるかもな」
飛んできた羽虫を切り伏せる。
ステルススキルを持つ魔物だ。
自身の死亡地点を仲間に伝達する手段を持っている可能性も考慮すべきだ。
「おいテンマ。お前に指揮権を任せる。が、この地点に長居するのはお勧めしない」
「もともと指揮権は俺のものだ。それより、どういうことだ」
「要するに、昆虫の索敵能力を舐めるなってことだ。あっという間に囲われるぞ」
剣を二閃。
また、例のステルス寄生虫が肉塊になる。
「くっ、強行突破するぞ。目標はヒルカの奪還だ」
「馬鹿か」
「ぐえっ! な、何をする」
「あんな露骨な罠の中に飛び込んでどうする。少しは頭を使え」
「だ、だったらどうするというんだ!」
やっぱり、勇者ってやつは無能なのかもしれない。
だから俺は勇者を好きになれない。
「単純な話。相手は昆虫なんだ。人よりもずっと煙に弱い」
「まさか……」
「まあ、火を放つのが手っ取り早いだろうな。幸いにも周りは川だ。その気になればいつでも消火できる」
「そんな非人道的作戦、実行できるわけないだろ!」
「実行するだなんて言ってねえよ。要するに、きちんと戦略を練って戦えってことだ。……例えば、囮を使う、とかな」
アリシアの目が見開かれた。
その事に俺は気付いた。
だが、気にせずそのまま続ける。
「さて、テンマ君。ここに勇者の影武者を長年経験してきた囮のプロがいます」
さて、どうするのが正解かな?
「よぅく考える事だな」
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