第9話 療養
「それにしてもウルさん。10億もの大金、どこから用意なされたんです?」
アリシアにそう言われ、手を止めた。
机の上には書きかけの文書がある。
一度止めた手を再び動かしながら、口を開いた。
「あー、あれな。ハッタリだ」
「はえ?」
確かに俺はSSSランクパーティとして活躍してきたし、それなりの金銭を有している。とはいえ、勇者パーティともなると出費も大きかったので、どう頑張っても10億もの大金を用意できるはずがなかった。
「«解除»っと」
10億と記載された賭け金証明書は、ポフンと音を立ててこの葉になった。
「う、ウルさん! 流石に証明書の偽装はまずいですって!」
「大丈夫。結局俺は金銭のやり取りをしてないから、罪に問われても虚偽申告程度。あそこの関係者は全員犯罪者みたいなもんだし、俺を訴えるのは割に合わないのさ」
奴らが法に訴えようとするのなら、自らもまた法に罰せられる。中にはそうしようとする者もいるかもしれないが、それによる俺のダメージは微々たるものだ。そこまでの打算があっての行動だった。
「で、ですが! 悪いことは悪いことです」
「悪いこと、ね。アリシア、君なら正面からあの貴族を取り締まれたかい?」
「そ、それは……時間があればどうにかできたかもしれません! こんな強行策に乗り出さなくても……」
「無いよ。時間なんて無かった」
メアはあの後、病院に運ばれた。
あれだけ不衛生を続けていれば、そりゃ免疫も落ちるし病気にもなる。
今まで気合で押し込めていたのだろう。
貴族が破産を選び、闘技場の取り壊しが決まった瞬間、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。
今は容体も落ち着いて、また普通の生活に戻れるという事だが、これ以上あんな生活を続けていたらどうなったことやら。
「アリシア、この世界にはさ、悪を以てしか為せない正義があるんだ。君はそんな罪を、メアの小さな手に負わせられるかい?」
「……それは」
「俺にはできない。誰かが罪を被る必要があるのなら、俺が背負ってやる。それが偽物の勇者である、俺の仕事だから」
ちょうど、文書を書き終えた。
思い出したかのように、アリシアが口を開いた。
「そういえば、一体誰に手紙を書いているのです?」
「んー?」
手紙を封筒に入れ、俺は頬杖をついて笑った。
「まあ、楽しみにしといてよ」
*
……私は自分の手首を見た。驚くほど白い。
長年連れ添った枷は外れていて、落ち着かない。
身を包んでいるのはふかふかとした布団。
こんな贅沢をしていいのだろうかと不安になる。
そんな何とも言い難い気持ち悪さを覚えていると扉が開かれた。
「おーい、メア。起きてるかー?」
「メアちゃん、元気?」
「きゅるる!」
「ウルティオラ! アリシア! ジーク!」
扉からあらわれたのは、みんなだった。
こっちに来てから初めてできた、大切な仲間。
「あ! ダメよメアちゃん! しっかり休んでおかないと。治癒魔法では失った体力までは戻せないんだから」
「うー」
「唸ってもダメです。今はしっかり休息を取りましょうね」
どうやら私は、あの試合の後倒れたらしい。
気が付けば見知らぬ病室に運ばれていて、もう長らくベッドの上で療養中だ。
あの悪徳貴族に付けられた右腕の傷は、アリシアが治してくれた。なんでもアリシアは高位の治癒魔法の使い手らしい。全身にあった古い傷跡まで、全て治してくれた。
それでも既に繁殖してしまった病原菌を対処することはできないらしい。残念だが、治癒してくれただけでも感謝感激だ。
「メア、最後に鏡を見たのはいつか覚えてるかい?」
「? あの日?」
「そうか。楽しみにしておけよ! きっと驚く」
私の髪を手櫛で梳きながらそう言うウルティオラ。
鏡? 私の姿がどうかしたのだろうか。
「ウルティオラ」
「ん? どうしたんだい?」
「お金、持ってない」
病院に運ばれたはいいが、私の薄給では入院費を賄えるはずも無い。頼るなら、彼しかいなかった。
「大丈夫だ。お金は俺たちが払っておいたから」
「借りっぱなし、ヤダ」
「……どうしても気になるってんなら、元気になってから少しずつでも返してくれればいい。とにかく、今は快復に専念するんだ」
「む、了解した」
「よしよし、えらいぞ」
手櫛を下ろして、頭頂部に持っていき、ウルティオラは私の頭を撫でた。その手は暖かく、安心感が沸き上がってくる。
「ウルさん! ウルさん!」
「おーアリシアもえらいぞー」
「何がですか?」
「え?」
甘えるような声を出したアリシアを撫でようとしたウルティオラ。頭を撫でようとすると理由を求められ狼狽する様子がおかしくて、つい笑ってしまった。
「あはは」
「お、笑ったな! このこのー!」
「あはは、やめてです!」
最近、本当に。
よく笑うようになったと思う。
久々に笑ったあの日は、それだけでほっぺたの筋肉が痛くなったけど、今では自然に笑顔になれる。
本当に、ウルティオラには感謝してもしきれない。
「ウルティオラ、アリシア」
「なんだい?」
「どうしたの?」
「……ありがと、です」
素直に、感謝の言葉が口から出た。
そして、それはすごく気持ちの良いことだった。
ウルティオラは一瞬気まずそうな顔をして、それからバツが悪そうにした。
「あー、なんだ。その言葉はまだ受け取れねえな」
「む、何故?」
私が聞くと、ウルはフッと笑った。
「それはまた今度。お前が退院したときに聞かせてもらうよ」
ああ、良かった。
お礼を言ったから不機嫌になったわけではないらしい。
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