第7話 新星

「あら、ウルさん。どちらにいらしてたんですか?」

「……とりあえず、憲兵のいない場所に」

「憲兵? 何か悪いことをしたのですか?」

「いえ、全く身に覚えのない冤罪です」


 メアに花(松の葉)をプレゼントして、再び街に帰って、お互い別の帰路に着いてから。「そういえばアリシアたちがどこにいるのか分からないな」と思っていると、タイミングを見計らったようにアリシアが現れた。


 何故メアと二人で行動したかというと、アリシアが俺を幼女の誘拐犯に仕立て上げて憲兵に引き渡そうとしたからだ。うん。訳が分からない。


(ま、意図は分かるんだけどね)


 多分、アリシアなりの配慮だ。

 この聖女、聖女のくせに素直じゃない。

 きっとメアの話を聞いて、思うところがあったんだろう。それで気兼ねすることないように、俺達が二人でいてもおかしくない状況を作ってくれた。

 そう考えるのが妥当だろう。


「それで、メアさんはどんな様子でしたか?」

「ん、うん。意外と、感情豊かなのかもしれない。それくらい、いろんな表情を見せてくれたよ」

「そうですか。ウルさんに任せて良かったです」


 ほらな。


「やっぱり、気を使ってたか」

「さて、何の事でしょう? 時にウルさん、七夕華ベガ・アルタイルという草花はご存じですか?」


 アリシアは露骨に話題を変えた。

 こういったところは素直じゃない。

 謙虚というか、なんというか。

 善意を人に見透かされることを嫌う傾向にある。


「先ほど風のうわさで聞いたのですが、最近、その幻の花の群生地が見つかったらしいですよ? 周辺に向かえば、また別の群生地が見つかるかもしれませんね」

「分かった。君に贈る花束には七夕華ベガ・アルタイルを添えるよ」

「ふふっ、楽しみにしておりますわ」


 七夕華ベガ・アルタイルは当然知っている。

 滅多に花開いている姿を見せない幻の草花だ。

 アリシアがそれを話題に出したのは、気を使わせた事に俺が気を揉むのを予想した上での発言だろう。

 ……そういうところなんだよな。


「夜はどう越しますか? 一通り宿は調べましたが、どこもかしこも手が出せないくらいに高いです」

「はー、本当に、厄介な町だよなぁ」


 ハイパーインフレ。

 それがこの町で起きている問題だった。

 おかげで物も施設も割高で、一切利用できない。


「仕方ない。街の外で野営でもしようか」

「ふふっ、そうなりますよね」

「すまないアリシア。この街がこんなだなんて知らなかったから」

「いえ、むしろラッキーです。ウルさんと一緒に野営する期間が増えたんですから」

「また変に気を使って……」

「これは本心ですよ?」


 それから街の外に出た。

 日がくれる前に、てきぱきと野営準備をしていく。

 俺もアリシアも、長く旅をしてきた。

 あっという間に準備は終わった。


「とはいえ、なぁ。いつまでもこんな文明レベルの低い生活を続けるわけにもいかないでしょ」

「ふふっ、私はウルさんと一緒ならいいですよ?」

「俺はアリシアにもっと楽をさせてやりたいよ」


 日が暮れると、夜の空が顔を見せた。

 こんな辺境の、崩壊寸前の町でさえ。

 幾千の星々は平等に残酷に光を注いでいる。


「やっぱり、闘技場は潰すよ」


 そうですか、と。

 アリシアは呟いた。


 夜が始まった。

 揺らめく炬火をぼんやり眺め、朝を待つ。

 そんな長い、永い夜だった。



 その翌日。

 海風はどこか寂し気で、哀愁の色に染まっていた。

 海の向こうからはもくもくと、不吉を予想させる暗雲が立ち込めている。


 そんな曖昧な天気の中。

 戦いの火蓋は今まさに切られようとしていた。


『さあさあ! 本日も開催されました撃剣興行! 本日も大本命はこの人! 初参加から未だ負け知らず! 連戦連勝の鎖分銅使い、メア!』


 観客は昨日と同じくらい、あるいは、少し多いくらい。要するに超満員だった。

 しかし今日は昨日とうって変わり、実況の声が良く聞こえる。まあ、場所がいいんだろう。


『対する大穴は本日初参加のこの2名! ガタイの良いガロン選手と、やせっぽちのアル選手! このどちらかの選手がメア選手の牙城を崩すことができること、私、心から願っております!』


 紹介された選手は二名。

 一人は筋骨隆々とした大男ガロン。

 獲物はハルバードとよばれる、槍の穂先に斧を取り付けたような武器だった。

 もう一人の方は、痩身矮躯の貧困者、アル。

 服装がみすぼらしいのはここではよくある事だが、それでもみながしっかりとした武器を構える中、彼の武器はひたすら異色だった。なぜなら彼の武器は。


『木刀で参戦とかふざけんなー!』

『だれがこんな選手に賭けるんだ!』

『ひっこめー!』


 そう。彼の獲物は木刀だった。

 浮浪者であれば、それなりの武器は運営側で用意してくれる。それなのに木刀で参加するというのは神聖なる決闘場に対する侮辱のようなものだった。


 因みに木剣を選んだ理由は「撃剣興行なのになんで剣じゃないんだ?」という疑問からだ。鎖分銅やハルバードを使う選手を疑問符を浮かべながら見ていたらしい。


 とはいえ、観客はそんな高尚な理由は知らない。

 中には物を投げる観客もいた。いたにはいたが、そんな客はことごとく会場から追い出されていた。やっぱりマナーって大事だと思うんだ。


 やがて野次も収まって。

 倍率が表示された。

 案の定最低倍率はメアの1.09倍。

 最大倍率はひょろがり、アルの500倍だった。

 こうも差が出るといっそ清々しいな。


 試合開始の銅鑼が鳴る。


『試合、開始ーっ!!』


 次の瞬間、闘技場に黒い蛇のようなものが迸った。

 それは鉄のように重く、反応できなかった多くの選手がすぐにリタイアと相成った。


『おお! すごいぞー! 流石は大本命! 一瞬、一瞬でほとんど全ての選手の敗退が確定した!!』


 そう。

 黒い蛇のようなものの正体は、メアの手足に繋がれたジャラジャラと唸る鎖だった。

 彼女は素早く分銅を引き寄せると、ターザンがツタを枝に引っ掛ける予備動作のように、ぐるんぐるんと手元で遠心力を集めている。


「破ッ!!」


 彼女の攻撃は、その一手で終わることは無かった。

 第二第三の鎖による攻撃が続き、見る見るうちに参加者が屠られていく。


『今日はメア選手のペースが速いぞ! 残っているのはメア選手を除けばわずか二人! おおっと!? なんという事でしょう! その二人は本日初参加の二名だ! ガロン選手はともかく、アル選手がここまで残るといったい誰が予想したでしょう!?』


「お前さん! 意外とやるんだな! どうだ、手を組んでこの小娘を先に倒さないか?」


 ガロンという男は、相当の実力者らしい。

 メアの波状攻撃を受け流しながら、もう一人の選手に声をかけるほどの余裕があるのだから。

 しかし、それはもう一人の選手も同じこと。

 彼は彼で同じように、攻撃を避けつつ返した。


「いやいや、男が寄ってたかって女の子をいじめるとかないわー。というかそんなことしたら聖女に叱られる」

「……? 何故そこで聖女が出てくる?」

「あー、こっちの話だ。気にすんな!」


 言いつつ、アル選手がガロンに切り掛かる。

 急加速して迫ったアルに、彼は一瞬目を見開いた。

 しかし、鎖の合間をぬったばかり。

 避けようにも避けようがない。

 

 結果、彼の木刀が吸い込まれるように潜り込む。


「セイヤァァアァアァアァァ!」


 アルは超高速で木剣を振り抜いた。

 ガロンの胴に、クリーンヒットする。

 しかし、当たった感触は、まるで人の肉を叩いたものと違っていた。


「あぶねえあぶねえ。お前さん、相当やるねえ」

「«風神の羽衣»って。おいおい、そりゃ反則じゃねえのか?」

「安心しろ。主催の許可を得ている」


 «風神の羽衣»は、防具のようなアクセサリーだ。

 装備するだけで全身に風の鎧を纏う、超が付くほどの希少品。

 撃剣興行で認められているのは通常、武器の使用のみ。防具の装備は認められていない。それ故に反則染みているんじゃないかと問い掛けたが、どうやら主催はグルらしい。


「やあぁぁあぁ!」

「まずい! メア! 退け! お前じゃ勝てない!」


 俺がガロンと切り結んだ隙に跳躍したのだろう。

 空から女の子が降ってきて、重力加速を利用してその鎖を振り下ろす。


 その一刀は、ガキンと空気の鎧に阻まれて、無効化された。メアの顔に、驚愕の色が映る。


「この時を待っていたぞ! 鎖使い!」


 男のハルバードが、メアに迫る。

 重力に従って落下する彼女に、それを避ける術はない。


「死に晒せぇぇぇぇ!!」


 ハルバードが、振り抜かれる。

 メアの目が、ぎゅっと結ばれた。


「だから引っ込めっつったんだよ!」


 アルが縮地を使い、二人の間に割って入った

 木刀の柄をハルバードの穂先に押し当て、押し返した。


「なにっ!?」


 ガロンとしては想定外もいい所だろう。

 確実に首を取る予感があったのに、それを外されたのだから。

 メアとしても想定外もいい所だろう。

 勝ち続けた彼女に、他の選手の味方などいない。

 これまでも、助けられた事などなかっただろう。


「貴様、俺の邪魔をするか!」


 ガロンがそう呟いた。


 は答える。


「お前こそ邪魔すんなよ。約束したんだよ、この闘技場をぶっ潰すってな」


 メアが、アルを見て呟いた。


「……ウルティオラ?」


 俺は«解除»と呟き、変装を解いた。

 白髪混ざりのぼさぼさ髪は黒い跳ねっ毛に。

 茶色の瞳は深紅の瞳に。

 痩身矮躯の貧困者は、瞬く間に精悍な顔立ちをした好青年へ。


「よ、上手いものだろう?」


 新星アルの正体は、当然俺だった。

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