南端の水の都-サウザンポート-

第1話 妖術

 枯れる事の無い太陽に、ひび割れた大地。

 顔があれば、きっと寂しげにしているその土地で、俺達は馬車に揺られていた。運転を務める牛乳売りのおっちゃんが、前方を見たまま俺たちに声をかけた。


「それにしてもあんちゃん達、そんな軽装でこの荒野を抜けようだなんてちと無理があるさね。偶然おらが通りかからなきゃ死んでただよ?」

「いやー、助かりました。この出会いに感謝します」

「きゅるる!」


 少し前の事。俺達は宿泊の町リグレットを旅立ち、その足で南端の水の都サウザンポートを目指していた。どこまでも続く草原もすこしずつ、閑散とした荒廃の地に顔色を変えた時の事。後から追いかけてきた荷馬車に呼び止められた。


 曰く、そんな軽装でこの荒野を抜けようだなんて死にに行くようなものだ。運賃を取ったりなんてしないからおとなしく荷台に乗りな、とのこと。


 そして、俺達はお言葉に甘え、荒野を荷馬車で進んでいるところだったという訳だ。


「ウルさん、ウルさん」


 アリシアが耳元で囁いた。

 ひそひそ話をしたいようだったので、俺は小声でどうしたんだいと問い掛ける。


「ウルさんのアイテムボックスの中には十分な水も食料も野営道具もありますよね? どうしてそれを言わないんです?」


 そう。

 腐っても俺たちは元SSSランク冒険者。

 旅は慣れたものであり、当然準備不足が祟って道中で野垂れ死ぬなんてことはない。それなのにどうしてこのおっちゃんにお世話になるのか。

 アリシアの疑問はもっともだった。


 一応、理由はある。

 まず、アイテムボックスに旅の道具一式を詰め込むなんて一般的に不可能だからだ。俺は膨大な魔力量にものを言わせて拡張しているからテントなんかも持ち運べるが、それを告げれば俺が実力者であることを話さなければならない。

 見たところこの布袋腹のおっちゃんは護衛もつけていないようだし、名のある冒険者であればお金を払ってでも護衛を頼む可能性がある。

 好意を受け取っても受け取らなくても、どちらにせよ同行するのなら、お互いフランクな関係でいたいものだ。だから黙っていた。


 というのをアリシアに説明するのは面倒なので。


「ま、人の好意は素直に受け取っておこうぜ」


 と返した。

 アリシアは俺の考えを見通せたわけではないらしいが、俺なりに考えがあるという事は分かってくれたようで、「そうですか」と言ってからは何も詰られなかった。


「おーい、峠に差し掛かるだよ。気を付けるさね」

「分かりました!」


 笠雲がかかる険山に差し掛かる頃。

 俺が考えていた事は山賊に遭遇する可能性だった。


 峠に入れば、山道は前か後ろの二方向にしか続かない。全方向に逃げられる荒野と違って、簡単に囲われてしまう。

 杞憂で終わればいいのだが、はたして。


「おい待ちな!」

「さ、山賊!?」

「ああそうだ。金目のもの置いてってもらおうか?」


 ……あー。

 出そうになった、そんな抜けた声を噛み殺す。

 俺が馬車から降りようと立ち上がるのを見て、アリシアはようやく合点がいったと得意げな表情をした。


「わかった。金目のものは渡す。だから命と荷馬車は見逃してほしい」

「ぼ、ぼうず! 何してるんだ」

「へっ! 物分かりの良いガキだな! お前みたいなのは長生きできる……が、見逃すかどうかはお前の手持ち次第だなぁ?」

「そうかい、じゃあ、こんなのはどうだ?」


 そう言って俺はアイテムボックスから金の延べ棒を取り出した。それも一つではなく、複数だ。


「ほう、金の延べ棒とはずいぶん羽振りがいいではないか。それなら馬車と荷物を買い直した方が安くつくのではないか?」

「あいにく、俺は相乗りさせていただいてる身分なんでね。せめてもの恩返しってやつだな。この馬車に、おっちゃんも思い入れあるだろうし」

「ふん、で? それはどこで手に入れたものだ?」

「王都の賭場で一発当ててな。ちょうど持て余してたところだ。これで道を譲ってくれるか?」

「……いいだろう」


 そう言って、近寄ろうとする山賊。

 それを俺は機先を制して停止させる。


「おっと、それ以上近づくな。すれ違いざまにバッサリ、なんて笑えないからな」

「ではどうやって受け渡す」

「俺がここから投げる」

「ふざけるな。傷が付いたらどうする」

「さあ、その時に俺は既に所有権を放棄している。嫌なら仲間を密集させて落とさないよう精々気を付けな」


 へりくだらない俺の態度。

 それに山賊のリーダーらしき人物は、イライラしたようにこめかみをぴくぴくさせた。それでもまずは慎重に延べ棒を受け取ることを優先したのだろう。仲間を一箇所に集め、パスを要求する。


「言っておくが、あまりに明後日の方向に投げようものなら命は無いと思え」

「ああ、分かってるよっと!」


 俺は下から掬い上げるように延べ棒を投げた。

 陽の光に煌めくそれは、放物線を描いて、ぴたり山賊の中心線の前に舞い降りる。

 山賊が、一つ残さず、大事そうに抱えた時だ。


「吹きすさべ! «突風ノ珠クーゲル・ガスト»!」

「なっ!」


 俺が放った空気砲が、山賊を吹き飛ばした。

 リーダーらしきその人物にその弾丸が刺さった瞬間、嵐が弾けたように周囲にいる山賊を巻き込んで咲き乱れる。


 俺はすぐに荷台に乗り込み、牛乳売りのおっちゃんに声をかけた。


「出して! すぐに!」

「ま、まかせろ!!」


 ガタンゴトンと車輪を跳ねさせ、荷馬車は行く。

 普通だと大変な目に合っているところだろうが、アリシアが衝撃緩和の呪文を詠唱済みのため問題は無い。長い付き合いだからその辺は心配いらずだ。


「くそ! 待ちやがれ!」

「はっはー! おととい来やがれってんだ!」

「キサマァ!」


 馬車は変わらず猛スピード。

 そんな荷車に追いつくことを諦めたのか、延べ棒で十分だと判断したのか、山賊たちがおってくる事は無かった。十分に距離を取ったところで、馬車はまたゴトゴトとゆっくり進みだした。


 一段落ついて、おっちゃんが口を開いた。


「すまねえな、この馬車を守るために大変な出費をさせちまって。ありゃ一体いくらになるだか」

「あはは、大丈夫ですよ。心配しないでください」


 いいつつ、俺はアイテムボックスからさらに延べ棒を取り出した。


「驚いた、まだ持ってただか」

「あはは、これからさらに驚くことになりますよ。ほら、«解除»」


 瞬間、延べ棒が「ぽふっ」という音を立ててただの葉っぱになった。おっちゃんが目を見開いて口をあんぐりとさせる。


「上手いもんでしょう? 昔、タヌキの獣人から教えてもらったんです」

「ああ! 驚いただ! こんな妖術みたいな技があるんだな。ん? そいじゃあ今頃山賊たちは?」

「ははっ、思っているでしょうね」


 俺はニッと笑ってこう続けた。


「タヌキに化かされた、ってね」

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