第3話 新約聖女
「私と、結婚してください」
顔を赤らめて、瞳を潤ませて、手のひらをぎゅっと握りしめて。
アリシアが、意を決した様子で口にする。
違う、そうじゃない。
なんて、今更言うことはできない。
アリシアが先ほどみせた、金魚の口パクのような動き。あれは告白の緊張から来るものだったのか。
正直、気持ちはすごく嬉しい。
だけど手放しに喜んでばかりもいられない。
俺と違ってアリシアはまだ、聖女としての役割を期待されている。彼女がやっぱり「苦しんでいる人を放っておけない」と思った時に、縛り付ける鎖になりたく無い。
だから、その気持ちは、受け取れない。
彼女を傷つけず、諦めさせる。
そんな一手は無いだろうか。
「……ダメだよ、アリシア。こういうのは、男がプロポーズするものだと相場が決まっているんだ」
「では、今すぐ告白してください!」
「それはできない。今の俺は君の枷にしかなれない」
「そんなこと……っ」
引くに引けなくなったのか、一気呵成に捲し立てるアリシア。そんな彼女の言葉をぶち切るように首を振る。その滑らかな金色の髪を手で掬い、会話の主導権を奪取する。
「アリシア、俺は君と共に生きたいと言った。だけど今の俺は勇者でも何でもない、ただの無職なんだ。そんな男がどうして君を幸せにできる?」
「そんな、私はウルさんといられさえすれば!」
「ありがとう、アリシア。でも、これは俺の問題なんだ。今のまま君を迎え入れることはできない。収入が安定するまででいいんだ。どうか俺のわがままを聞いてくれないか?」
「うぅ……」
アリシアがその桜唇を尖らせた。かわいい。
「……告白の時は、両手いっぱいの花束をください」
「約束する」
「心奪われるほどの愛の言葉を用意してください」
「お前を離さない」
アリシアの顔がどんどん赤くなる。
自分でも分かっているのだろう。
涙ぐみながら、彼女は言った。
「今、愛してると言ってください」
そんな彼女の涙を拭い、俺は返した。
「アリシア……愛してる。この世の誰よりも」
遂に目を合わせられなくなったアリシアは、バツが悪そうにうつむいた。それから、細い声でこう呟く。
「これで、おあいこですから」
「え?」
「その、私もわがままを聞いてもらったので……ウルさんのわがままも受け入れます。でも、でも!」
その代わりに。
そう前置きして、彼女は言う。
「絶対、絶対に告白してくださいね?」
俺はアリシアを抱きしめた。
彼女の香りが鼻腔をくすぐる。
「ああ、必ずだ」
*
宿泊の町は古い町だ。
外へ出ていくものは数多くいるが、外から内へ来るものは殆どいない。新しい文化が入ってこない。今も町並みには、どこか古めかしさが残っている。
そんな町にも、冒険者ギルドというのは存在する。
外観は、ひときわ目立つ赤色レンガ。
屋根には大きな旗がいくつかはためいていて、それぞれ剣や盾、弓や杖などが描かれている。内と外を仕切る木製の扉は開け放たれていて、来る者拒まず去る者追わずの自由さが伺える。
俺たちは今まさにそこにいた。
理由は素材の買取を行ってくれるからである。
「こうしてみると、始まりの日を思い出しますね」
「そうだな……」
今はSSSランクとなった勇者パーティにも、当然ひよこ時代というものはあった。俺達が追放されるときには5人組だったパーティも、もともとは俺とアリシアの2人から始まった駆け出しパーティだった。
「最初は会話も続かなかったよな」
「ふふっ、そうですね。あの頃の私は聖女として振舞うのに必死で、人との関わりなど未経験でしたし」
「俺も、いつか本当の勇者と一緒に戦う人の命を俺が背負ってるんだって思うと、プレッシャーで潰されそうでさ」
「……ウルさんは、そんな思いをしていたのですね」
アリシアの瑠璃色の瞳に俺の目が映った。
彼女の目は口よりずっと雄弁に、俺に問いかける。
あなたは今までどんな思いをしていたのですかと。
ちょうどいい機会かもしれない。
正直な気持ちを打ち明けるのも。
「……正直、追放される前にさ、ほんの少しだけ気が楽になったんだ。『ああ、これでもう、みんなの命を背負う必要がなくなったんだ』って」
「はい」
「……でも、その後すぐに不安になった。俺以外の人にみんなの命を預けることが、すごく怖かった」
「はい」
「だから、アリシアが俺と一緒に来てくれて、正直ほっとしてる」
理屈で考えれば、やはり勇者と聖女は共にあるべきだと思う。だが、真の勇者と言葉を交わして思った。こいつにみんなの命を預けるなんて嫌だと。
「他のみんなを軽く見てるわけじゃない。みんな大事な仲間だ。でもやっぱりアリシア、君だけは特別なんだよ」
弱音を吐露できるのは、君だから。
もうずっと一緒にいて、俺の弱さを知る君だから。
君の前だけは、影武者でも勇者でもない俺でいられたから。
「ウルさん。これはもしかして、告白ですか」
頬を少し染めるアリシア。
俺は笑った。
「違うから」
「むう、残念です」
「だけど、君にもう一つ言うことがあるんだ」
アリシアの手を取る。
陶器のように滑らかな、傷一つない肌だった。
「もう一度、俺とパーティを組んでほしい」
アリシアはしばらく目をぱしぱしさせた。
それから、太陽のように微笑んで。
「はい。こちらこそ」
そう言った。
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