SSSランク勇者パーティを追放された実は最強の不遇職が辺境の地で聖女に求婚される悠々自適ライフ

一ノ瀬るちあ🎨

 本編

宿泊の町-リグレット-

第1話 追放と解放

 これが俺の命日か。


 ――少なくとも、俺はそう感じた。



 フキノトウと更け待ち月の時季のこと。

 人類唯一のSSSランクにして対魔王の為の勇者パーティである俺達は、王城に召集された。


 空は煤を流したように黒く、銀砂をちりばめたような星の海が広がっていた。一面に敷き詰められた大理石の床に、空の果てに浮かぶ朧月の薄明かりが映る。


 片膝をつく俺達。囲う兵士たち。玉座の王。

 か弱い反射光だけが人影の手がかりだった。


「勇者パーティの皆々。今まで隠していたが、君たちには真のリーダーがいる」


 王の歓声に、空気と手足が震えた。

 末端から痺れが走り、骨の髄まで凍てつきそうだ。


 頼りない心臓が叫ぶ中、隣で金色が動くのを見た。

 勇者パーティの聖女、アリシアの艶やかな髪だ。

 温和な彼女が、眉をひそめて口を開く。


「国王様、それはどういうことでございましょう」

「聖女アリシアよ、今から説明しよう」


 王は事もなげに平然と返すと扉を見た。

 それから「真の勇者よ」と一言。


 すると荘厳で豪奢な扉が開かれ、一人の青年が春月と共に現れた。茶色い髪と、翡翠色の瞳が特徴的だ。


「刮目せよ。彼こそが勇者育成計画の完成形、および悲願の結晶。真の勇者である!」

「勇者? お待ちください王様。勇者は既にいらっしゃるではございませんか」

「ああ、そうだ。影武者・・・がな。のう、ウルティオラ」

「影武者……?」


 アリシアの切れ長で瑠璃色の瞳が俺を捉える。

 罪悪感から俺は、顔を隠した。


「……真の勇者が成熟するまでの囮、勇者の影武者、まがいもの。それが俺なんだ」

「ウ、ウルさん? 何を言って」


 この場に勇者が現れた。

 それは勇者が十全な力を会得した証。

 もう、影に隠れる必要がないことを示していた。


「分かったか聖女アリシア。そいつは所詮影。これからは真の勇者と共にパーティを組むのだ。……とはいえ、急なこと。本物の実力も知りたかろう。勇者よ」

「はっ!」


 コツコツと、歩み寄る足音を聞いた。

 影武者とは違う、真の勇者の足音だ。

 やがて目の前で足を止めた彼が、剣を抜き身にしてこう言った。


「一つ、手合わせ願いましょうか。先輩?」


 嫌味ったらしいやつだ。

 だけど、確かにそうか。新型が旧式を凌駕する。

 それ以上に受け入れられやすい展開はあるまい。

 ……これが影武者としての最期の任務か。


「分かった」


 俺は抜刀しながら立ち上がった。

 なぜか、強敵を前にしている気がしなかった。

 心は明鏡止水の如くだった。


「始めよ」

「せやあぁぁぁ!」

「おっと」


 国王様の唐突な試合開始の合図。

 同時に打ち込まれた勇者の一刀。

 不意の一撃を受け止めて、違和感を覚えた。


(……思ったより軽い?)


 型はこの上なく流麗。だが、それだけ。

 これでは百合斬り結んだところで俺には届かない。

 真の勇者がこの程度?


(ああ、そうか。自分からやられろってか)


 迫りくる連撃を捌きつつ思った。

 緊張しないわけだ。所詮お芝居だ。

 それなら俺は、影らしく道化を演じよう。


「どうした影武者! その程度か!」

「くっ、まだだ!」


 わざと・・・、隙を作った。

 一閃を捌き、右足を引く。

 半身は死角を作り、刀を隠す。

 すべては三文芝居の終幕のために。


「ハァッ!」


 隙を咎める様に、喉元に突き付けられた勇者の剣。

 俺が刀を振るうより先に、俺の首を刎ねるだろう。


「勝負あり、だね」

「……影武者おれの負けだ」


 静寂が満ちた。

 冷え込む夜の、湿っぽい空気が肺を満たしていく。


(……終わった)


 全身から力が抜けた。


(もう、誰も騙す必要はないんだ)


 もう何も背負わずに済む。

 人類の希望も、その希望の命も。

 ただの俺が背負う必要は、もうどこにもないんだ。

 ずいぶん、気も楽になるさ。

 ……だというのに。


「お待ちください王様! ウルさんは私と並ぶ、世界でたった二人のSSSランク冒険者。これからも共に戦うことを所望します!」


 どうして、君は――。


 怒ればいい。憤ればいい。

 それが騙し続けた俺への罰だ。

 甘んじて受け入れる。


 ――どうして君は、俺を引き留める?


「ふむ。一理あるな」

「……では!」

「うむ。これまで通りウルティオラの同行を――」


 そう、話が転がりかけた時。

 王の言葉を遮るものがいた。


「お待ちください国王様。そいつは不要です」


 言葉を遮ったのは、真の勇者だった。

 アリシアが目を見開き、尖り声を発す。


「はい? ウルさんは私と同じSSSランクですよ?」

「君らどちらも僕に及ばないという事だろう? こんな奴がいたって、足手まといにしかならない」

「はぁ!? あなた! もう一度言ってみなさい!」

「なぜ? まさか聞こえなかった? それとも、はっきり言わないと分からない? 彼を追放する、そう言ったんだよ」


 淡々と話す勇者。

 剣を鞘に納めた彼が、俺の耳元で囁いた。


「失せろ偽物。お前がいると僕の存在が霞む」

「……は?」


 一瞬、脳の処理が追い付かなかった。

 いや、理解するのを拒んだ。

 こいつは、ただの名声の亡者だ。

 こんな、こんな奴に。


「っ! てめぇ!」

「おっと、勝負はついたはずだが?」

「ふざけんな! てめぇにみんなを託せるか!」


 アリシアの命だけじゃない。

 アクスも、マジコも、シルフも。

 こんな奴に任せていたら絶対に死ぬ。

 こんな奴に任せられるわけがない。


 そう、思い、手を伸ばした。


「ウルティオラ!」


 国王の声が響く。

 空気にも、心にも。

 何度も何度も反響する。


「真の勇者に手を出すとは何事か! 貴様は永久追放とする!」

「……は?」


 ひしゃげた声が出た。

 誰の声だ? 俺の声だ。

 途端、自分の足が頼りなくなった。

 地に足をつけているかどうかも分からない。


 グニャリと歪む視界。


 勇者がニヤリと、口端を吊り上げたのが見えた。


 ……俺の中で、大事な何かが崩れた。

 そんな音を聞いた気がした。


「……ははっ、ああ、そうかよ」


 掴んだ手を離した。

 ああ、なんかもう、どうでもよくなったな。


(ははっ、ガキの頃から隠密として人権も無く育てられ、他人の偽物を演じさせられて、結果がこれかよ)


 ふつふつと、笑いが込み上げてくる。

 ああ、なるほどな。

 これが人間か。

 だったら。


「――勝手に滅べ」


 言い放ち、その場を後にした。


「お待ちくださいウルさん!!」

「待て聖女! あいつを追うつもりなら君も追放するぞ!」

「っ! できるものならやってみなさい!」

「貴様、僕は勇者だぞ! 君のようにいくらでも替えの利くヒーラーとは違う! 真の勇者だ!」


 背後で、モノクロの喧騒が聞こえた。

 ――もう、どうでもいい。


 もういい。もう疲れた。

 そろそろ休ませてくれ。

 もうずっと休んでいないんだ。




 ……どれだけ歩いただろう。

 ふいに、フッと柔い風が吹いた。

 それには人の声が乗っていた。


 バッと振り返った。

 そこには、いるはずのない君がいる。


「はぁ、はぁ、待ってください! ウルさん!」

「……アリ、シア?」


 息せき切って現れたのは、聖女アリシアだった。

 とん、という衝撃と共に、彼女が俺に飛びつく。

 胸に響くそれを受け止めた。


「どうして、早く戻――」

「ばか! ばかばかばか!」


 アリシアは俺の胸板をポカポカと叩き、それから顔をうずめた。


「私が命を預けたのはあなたです。ほかの誰でもないあなたです!」

「でも、俺はずっと黙って――」

「あなたとなら命運を共にできる。そう思ったのは、勇者だからではありません。私はウルティオラさんとともにありたいのです!」


 思えば、ずっとそうだった。

 俺たちが駆け出しパーティだった頃から。

 君はずっと一緒にいてくれた。

 これまでずっと。


「……やっぱり、聖女は戻るべきだと思う」


 アリシアの、俺を握る力が強くなる。


「それでもアリシアは、俺と一緒にいてくれるかい?」


 聖女としてではなく、ただのアリシアとして。

 俺のワガママに君は、迷うことなく応えてくれた。


「はい。ずっとお傍に」


 いつか、君は聖女に戻るかもしれない。

 でも、今だけは。今だけは。

 俺だけの君でいてくれ。

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