第11話 脱却へ ②
会議室の扉は静かに開いた。
二人のおじさんが早足で出てくる。
「まぁまぁまぁまぁまぁ」とサミュエル。
「まぁまぁまぁまぁまぁですね」とジョン。
「ちょっとだけ、いい会議だったんじゃない?」
「僕の威圧的な態度が和平派を黙らせましたね」
得意げな表情をするジョン。対してサミュエルはやや苦い顔をする。
「あれはちょっとやりすぎじゃ……」
「まさか、まだ足りないくらいですよ」
「そうかね……」
「でもまぁ、これでようやく本格的な戦の準備ができますね」
「うむ、そうだな。正規軍として兵を動かせることでより戦争がしやすくなる」
「ですが、一つ心配が」
「ん? あるか? 心配なんて」
「総司令官が」
「あぁ、あいつか。まぁ、多少性格に難はあるが……能力はあるとも。心配するな。あいつが適任だ」
ジャックは大きく広げた新聞から目を輝かせて顔を上げた。
「おいおい、ついに正規軍発足だ。本格的に戦が始まるぞ」
と、ふてくされている二人の友人たちに言った。しかし、彼らはそんなことに興味はない。
「正規軍とかはどうだっていいんだよ。俺が求めているのは軍の種類じゃなくて戦そのものなんだ」
オリーは野原で仰向けになりながらぶっきらぼうに言った。
「それなのにここ二か月、俺らは戦争のせの字もしてない」
ジャックは肩をすくめた。
「誰のせいとは言わないが、物事には必ず原因があるものだからな」
そう言って、オリ―は隣で横になっているロチカの方を向いた。ロチカは怒った。
「俺のせいだって言っているのか?」
「そうだ手品師、お前のせいだ」
「手品師っていうな」
二人は立ち上がって言い合いを始めた。ジャックは止める気もしなかった。もう何日このやり取りをやっていることか。
「じゃあ、いったい誰なんだよ。魔法の一つや二つを見せれば簡単に将軍くらいにはなれるだろう、とかほざいていたのは」
「誰だ?」
「お前だよ。そして結果はどうなった。マジシャンの称号と多少のチップが投げられただけじゃないか。それ以来、行けと言われて行った場所全てで戦闘はもう終わってる。やるのは後片付けか手品だけ。挙句の果てに僕とジャックは手品師の助手と呼ばれているんだぞ」
ロチカは開き直った。
「へぇー、じゃあ、他にどんな案があったんだ? 言ってみな? お前の破滅的な案を実行するよりはよっぽど俺の案の方が可能性はあったんだよ」
実際、魔法の一つや二つ見せれば、人間は簡単に自分を崇拝するだろうとロチカは信じ切っていた。手品師と言われるなんて思っていなかった。正直落ち込んだ。
「何だと、俺の案を侮辱したな」
「当たり前だ、あの作戦を語る上で侮辱以外の言葉は見つからん」
二人の闘いをBGMとして聞きながら、ジャックは新聞を読み進める。ロチカのおかげで足の傷はもう跡すらもなかった。
これまで植民地軍と呼ばれていたのは、自主的に戦闘に参加している民兵だ。当然、給料は出ないし、装備も自分でこしらえなければならない。訓練をしていないから集団として弱く、かつ個人でも弱い。お昼ごはんも自分たちで作るのだ。それでも戦闘に参加するのは、一重に彼らの自由に対する熱い意志あってのことだったが、そうは言っても彼らにも生活があって家族がいる。無給のまま長期軍役をしてまで戦おうとは思わない。恐らく士気も下がるだろう。それでは天下のイギリス軍には勝てない。戦争が始まった以上、勝つための行動をしなければ。
そこで各地方の代表が会議をして、正規軍の発足が決定された。訓練され、命令に整然と従う軍である。もちろん給料も出る。
ジャックは新聞をたたんだ。
いよいよ戦争が本格化してきている。
ジャックは、バンカーヒルとブリーズヒルを植民地軍が占拠したという情報をいち早く手に入れていた。近々大きな戦闘が起こる気がする。ロチカとオリー。この二人がいるだけで戦局は大きく変わるだろう。
ロチカとオリーが言い合いに疲れ果てて再び倒れたのを見た。ジャックは顔をしかめて考える。
それにしてもこの二人、素性が未だによくわからない。
オリーはまぁいい。彼は純粋で生粋の馬鹿だとわかった。だが、自分が魔法使いであること以外何も言わないロチカは、あまりにも謎が多すぎる。冷酷な目や、思わずその場に座り込んでしまいそうになる異様な雰囲気を時々感じるのは俺だけだろうか。
そのとき、オリーが言った。
「もうこんなところで油を売るのは嫌だ」
「そうだな」
答えるロチカの目に冷たさが宿った。これだ。ジャックは身震いをする。
この二人を戦場に、穏便かつなるべく早く出すためにはこの正規軍に入ることが一番良い選択だ、とジャックは思う。しかし同時に、二か月間生活してきてわかった二人の個性の強さが、軍の秩序を崩壊させる光景がくっきりと浮かんでしまう。
ジャックは二人の可能性と危険性を、出会った瞬間に悟っていた。そして迷っていた。実際のところ、二人を戦場から二か月間遠ざけていたのはジャックだったのだ。予想できない化学反応が怖かった。二か月間彼は悩み続けていたのだ。
が、遂に答えは出なかった。答えが出る前にハイリスク・ハイリターンコンビが動いてしまった。
ロチカが言う。
「俺は大人しくしすぎた。もう人間界の流れに乗るのはやめだ。俺たちで勝手に戦場に乗り込もう」
「おぉ、いいねそれ」
オリーが叫ぶ。
ジャックは顔を曇らせたが、二人には戦場を怖がっているだけだと思われたらしい。
「心配するな、ジャック。お前にはこの魔法使い様がついているぞ」
どのみちこうなることはわかっていた。ジャックは頷く。こうなることを望んでいたような気もする。
自分の悪い性格が出ていたな、とジャックは、二人の輝く目を見て反省した。とにかく進んでみるしかない。激しい川の流れを自分一人でどう逆流させることができようか。川の流れを一時止めただけでもすごいだろう。
二人はボストンを目指そうとしたが、ジャックが言う。
「二人とも、今のボストンより激しい戦闘が起こるとしたらどうする?」
「ほほう」
二人は身を乗り出した。
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