第38話 幸せにしたい
夜になり、すっかり暗くなっていたことが、病室前の廊下の窓を見て把握する。
翔は、生きていた。
僕を庇って屋上から落ちたものの、幸いにも、二階の高さまで伸びる木に引っかか
り、衝撃は最小限に抑えられた。
意識を失うほどの重体ではないが、彼は検査入院という形で、病院へ向かった。
本人は、どこも何ともないから大丈夫だと言い聞かせていたが、『彼女』は、気が
気でならなかったらしい。かなり責任を感じているみたいだ。それも、彼女にとって
は赤の他人だろう人間を、屋上から突き落としたのだから、無理もない。
彼女のすすり泣く声が、病室の前からもよく聞こえた。
「っ…!?」
数分して、病室から出てきた彼女は、僕を見るなり、何事もなかったかの如く素通
りする。
小さな背中は、凍えるように震えていて、僕はそれを放ってはおけなかった。
「唯花ちゃん!」
僕の声に、彼女は振り向かず、歩みを止めないまま突き当りを曲がって、姿を消し
た。
彼女の心は、依然として僕を拒み続ける。
それでも。
それでもいい。
それでも、僕はもう逃げない。
自分の『チカラ』で彼女の大事な姉を奪った罪は、死ぬことではなく、彼女を助け
ることで償い続けよう。
僕はもう、一人じゃない。桃井さんたちがいる。僕の『チカラ』だけで助けられな
いのなら、みんなの力を借りればいい。
彼女に拒まれても、彼女に死を望まれても、僕はもう、非難されることから逃げな
い。過去と向き合って見せる。
唯花ちゃんを、幸せにしたい。幸せにしたい、なんて僕がこんなことを考えるのは
違うかもしれないし余計なお世話だし、上から物を見ているようで嫌だけど、今は、
本当にそう思った。何の他意もなく、純粋にそう思った。
「君を取り戻すことはできないけど、今は僕の、やれることをやる…」
唯奈ちゃん。
君からもらった優しさを、僕は絶対に無駄にはしない。
そして君から奪ったノートを、君が絶望に立たされて書き綴ったその『遺書』を、
唯花ちゃんと仲直り出来たら、彼女に渡す。全てを打ち明ける。
君には怒られるかもしれないけど、僕は…。
『そんなことないよ、圭くん』
「っ…!」
『今までずっと、がんばってくれてありがとう』
いつかの日々、一緒に図書室で過ごしてお菓子を買いに冒険し、遠足で笑いあった
彼女の声が、夜風に乗って、僕の琴線に触れた。
都合のいい脳内だ、などと自嘲しながらも、しかし本当に、彼女の魂が僕に寄り添
ったような感覚が、現実感を伴って僕の心に浸透した、…気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます