人を殺した魔法使いは、幸せになれない
ヒラメキカガヤ
第一章 白木圭は、少女に出会う
第1話 邪魔もの
僕は、邪魔ものだ。
誰かのために、何かをしようとしても、それらすべてが裏目に出て、心の底から助
けたいと思ったその誰かを傷つける。
こんな『チカラ』のせいで、誰かが傷つくくらいなら、もう自分のためだけに使っ
てしまおう。
誰のためにもならないような、こんな望んでもない『チカラ』は、全て、自分のた
めに。
呪われた生涯に逆らうように、僕は今日も、犯罪を犯し続ける。
自分の身体よりも一回り大きな本棚たちに囲まれ、その一つの本棚から、ぎっしり
と詰まった書籍の一つを抜き取る。
監視カメラのついていない、セキュリティに欠陥のある本屋。木造建築の外装は、
古き良き、と言えば聞こえはいいものの、僕のような犯人からすれば、ザルも同然
だ。
店員だって、アルバイトを雇っているわけでもない。隣にあるカフェの店員が、た
まに本の整理をしているだけで、ほとんど誰も立ち寄らない。毎日同じ時間にここへ
来ているが、一人の老人が管理しているだけだ。それも、知る人ぞ知る近所で有名な
雷ジジイ、というイメージとは程遠い、至って温厚な様子の老人。少し薄毛の白髪頭
と、顔の下半分を覆いつくす白いひげ。枯れ枝のような痩身で、彼の声など今の今ま
で耳にしたことがない。
客だって、ほとんどいない、いつ潰れてもおかしくないような寂れた店内。たまに
商談前の時間つぶしで来るサラリーマンや、時間を持て余した学生が現れて、適当に
雑誌や漫画を立ち読みしているだけだ。
ともあれ、僕は、手に持った一つの本を持ち、店内のレジを。
素通りする。
今日の店内には、私服を着た女の子と、もう一人、僕の学校の制服を着た女子が、
いた。
この狭い店内で、彼女たちは、きっと『万引き』する僕のことを目撃していたに違
いない。
だから…。
「ごめんなさい…」
僕は、目の前にはもういない彼女たちに謝った。
どうしてか。
『チカラ』を使ったからだ。
その『チカラ』で、今日一日の記憶を、全て消し去った。
「今日もお疲れ~」
学校の先生から確実に声をかけられるような学ランの着方をした少年が、店から出
た僕の肩を叩く。
「つーかお前、マジでバレねえんだな」
「何を今さら」
毛先が目に刺さりそうなくらい真っすぐで長い不良然とした男子が、僕の無事に改
めて疑問を持つ。
「まあいいや。で、今日は何を拾ったんだ?」
僕から取り上げるように、手に持っていた本、たぶん小説を掴んで自分の手元に引
き寄せる。
「『世界で最も望まない恋』、ねぇ…。なんだそれ。タイトルだっせ」
鼻をかんだティッシュをゴミ箱に頬り投げるように、その本を僕へ返却する。灰岡
翔。
「そんなことより、ラーメン食って帰ろうぜ」
「ああ…」
彼は小説になんか興味はない。僕だってそうだ。
でも、誰かに取っては興味のあるようなものを軽蔑するように扱うところは、いか
がなものかと思った。
ただ、そんなことを、こんな軽犯罪を犯した僕なんかが、善人ぶって考えることす
らおこがましい。資格がない。筋合いがない。
その上、こんな人殺しが、今さらいい人間になれるわけが…。
初夏のじんわりとした夕方の熱気が、沸々と小さな発汗を催した。
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