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「あ〜……糞ッ。久々に、口ん中がズタボロやんけ!」
口内いっぱいに、鉄の味が広がっている。お陰で、煙草がクソ不味い。
一輝も同じなのか、腫れ上がった顔を顰(しか)めている。
「負けを認めたんやから、兄貴はちゃんと姉さんに想いを伝えて下さいよ?」
「解っとるわい、この……糞ガキがッ!」
「いっ……いあいっ、いだいッ……兄貴、クソ痛いっす!」
アンパンの様に腫れ上がった一輝の顔を、幸四郎は此れでもかと言うぐらいに撫で廻している。
其の顔には、笑顔が浮かんでいる。
——全く。不思議な奴で在る。
死神の心を、此処までも氷解させるのだから、大した物だ。舎弟を持つと言うのが、何故だか心地が良い。今まででは、決して考えられない事で在る。孤独を愛し、孤独が常だった。他者と慣れ合う事が、嫌いで在った。群れる事で、弱く為る気がした。弱いから、一人では何も出来ない連中を、腐る程に見てきた。群れるからこそ、裏切る連中を反吐が出る程に見てきた。
人の汚い心が、嫌いで在った。だからこそ、感情を持たずに己だけを信じてやってきた。独りで居れば、裏切られる事も足を引っ張られる事もない。面倒な事も、腹を立てる事もない。幸四郎の心を、幼い記憶が支配している。
幼少の頃、母は他人に依存して生きていた。父は稼ぎが少なかったが、家には殆ど居なかった。父の記憶が、殆どと言ってなかった。
父以外の男を、母は家に良く招き入れていた。幼いながらに、母がいけない事をしていると悟った。母の連れてくる男が、幼いながらに相容れない存在だと感じていた。母も男も、自分には関心がなかったが、幸四郎は隠れて二人を観察していた。哀しそうな笑顔を浮かべる母が、嫌いだった。父には何の嫌悪感も抱かなかったが、男が吐き気がする程に嫌いで在った。
何故だろうか。自分は母が、好きだったのだろうか。
己自身に問い掛けるが、幾ら考えても答えは解らなかった。只、漠然と男への怒りだけが、其処には在った。人に依存する生き方が、本能的に受け入れれなくなったのも、其の所為かもしれない。他者と交わると、男の事を思い出してしまうから、出来るだけ人には近づかない様にしていた節が在る。学生の間は、出来るだけ感情を殺して過ごしていた。
死神の原型を作ったのは、母と男の存在が大きい。
一輝の存在は、そんな自分を全否定している気がした。
だけど、不思議と其れが心地良かった。
殴られ過ぎて、頭がイカれたのかも知れない。
兎にも角にも、自分は一輝を気に入った。舎弟として、認めてしまった。
其れと同時に、幸江への想いを肯定しようとしている。
——死神も、焼きが回った物だ。
己の心に、素直に従う『覚悟』が固まっていた。
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