第50話 魔王
それから俺と
騒がしい控室のベンチに腰をかける。
目の前の娘は、信じられないほどに美しく成長していた。
だがこの世界の住民の美人の基準とは違うようで、誰も帆乃佳を特別な目線でみてはいないようだ。
安心すべきなのだろうか、だが少し納得がいかない気はする。
帆乃佳とその仲間は、芳田と顔見知りだったようだ。
聞いたところによるとシベルで一度会ってるらしい。
なんて世界は狭いんだろう。
俺はこの時以上にそう思ったことはない。
俺も一緒にシベルに行ったはずなんだが、なんで黙ってたんだ?
そういえば、聖女が何とかかんとか言ってたな・・・・・・
まさか、聖女って・・・・・・
帆乃佳の話によると、どうやら本当に帆乃佳が聖女なんだそうだ。
どうりで異常なまでの魔力を感じるわけだ。
親父が魔王で娘が聖女。
この世界の創造主は何を考えてるんだ?
センス無さすぎだろ!
しかしさっきからこの竜族のガキは何者だ?
「お父さん」なんて呼んできやがって。まさかこいつ帆乃佳のアレなのか!?
はにかむ帆乃佳を見て俺は全てを理解してしまった。
このガキは帆乃佳のアレなのだ・・・・・・
くそったれ!!
一瞬漏れ出した殺意を感じ取った人々が振り返った。
周りで二、三人倒れた。
竜族のガキは動じなかった。
少しは根性あるじゃねえか。
「・・・お父さんの事、怒って無いのか?」
俺はおずおずと探るようにそう聞いた。
「どうして怒らなきゃいけないの? 大人同士の話し合いでそうなったんでしょ? 私はまだ小さかったし、よくわからなかったんだ。だけど、ずっと寂しかった・・・・・・」
笑顔でそう答える娘を抱きしめたくなる。
だが、まだ聞きたいことはたくさんあるんだ。
帆乃佳はこの世界に転生してからの今までを話してくれた。
単眼族の小僧と出会い、竜族のガキを助けた。
エルフの子供や、ヨルムンガンドとの戦い。
色んな死や別れを経験してきたこと。
俺は黙って聞いていた。一生懸命に話す帆乃佳を見ていたかったんだ。
帆乃佳がこの世界に来たきっかけを俺が聞いたとき、どす黒い感情が俺の中に生まれた。
「私、殺されたんだ・・・・・・」
この美しい娘は、何者かに殺されていた。
日本で帆乃佳は殺されたのだ。
そ、そんな・・・・・・うそ・・・だろ?
という事は、帆乃佳はずっとこの世界に・・・・・・?
そうだ。その犯人の名前を俺たちは知っている。
グレイシード
殺してやる
「・・・・・・お父さん?」
それからのことはあまり覚えていない。
とにかく俺は暴れちまった。
どす黒く凶悪な魔力が暴走して、どうにも止めることができなくなっていたんだ。
俺は、特別観覧席に転移していた。
突然の男の出現にその場の全員が驚き顔をしかめた。
そこには王の他に参謀長オルテガ、そして魔法兵が8人居た。
一瞬で王と魔法兵の体力を燃やした。
オルテガを残し、全員が気絶する。
オルテガは果敢にも強力な火炎魔法を放ってきたが、俺には通用しない。
それは俺の肩にぶつかった後、煙になって散った。
単純な話だ。
俺とお前とじゃ、レベルが違いすぎるんだよ。
続けて大剣を振りかざしてきた。
俺は寸前でそれを躱す。寸前であればあるほど、相手は力量の差を思い知る。
「お、おい待ってくれ! 何が目的だ!? 貴様どこから入ってきた!?」
「質問は一つにしてくれよ。俺は頭にきてるんだ」
慌てたオルテガは泣き出しそうな表情で言った。
「分かった! 金なら用意する! 命だけは助けてくれ!」
「グレイシードはどこだ・・・・・・」
「い、いまなんて?」
「グレイシードを出せって言ってるんだよ!!」
自分でもこんな大声が出るのかと、心底驚く。
ひいっ
そう情けない声を上げると、オルテガは塔を指さして言った。
「ぐ、グレイシードはあの研究所におられるぅ!」
何ともおかしな言葉使いだったが伝わればそんなことはどうでもいい。
やつがいればどうだっていい。
「そうか」
俺は塔の先端まで転移する。
オルテガは腰を抜かして動けないでいた。
1キロメートルほどの距離を一瞬のうちに移動した。
俺は研究所と思わしき、塔を持った建築物のてっぺんに立った。
そして背中から羽根を生やし、わざとらしく飛んでみた。いよいよ俺もバケモノじみてきたか。
羽根は鳥のそれだった。
イメージしやすいカラスの羽根だ。
その羽根を使って飛行している。ホバリングをしているヘリコプターのように。
外側から見た建物の中にはいくつもの大きな魔力を持つ個体が居る。
そのなかのどれかがグレイシードなんだろうが、俺には判別できない。
俺は考えるのをやめた。
そうだ。すべて壊せばいい。
最初に、この反り立った塔を爆風で破壊した。
衝撃波が周辺に広がり、民家の洗濯物を吹き飛ばす。
その衝撃に、市民が俺を認知した。
指を差す者、怯えふためく者、逃げまどう者。
一気にこの町は混乱した。
倒壊していく研究所。あたりに粉塵が立ち込めた。
何者かの叫び声が聞こえる。
まあ、大丈夫だろう。
こいつらも魔術師だ。簡単には死なないだろう。それに禁忌をおかしてキメラを製造してるんだろ?
やはりいくつかの魔力は消えない。少しだけ安心する。
次の瞬間、倒壊した建物の粉塵の中から一筋の光が俺の胸元を差した。いや、刺したのだ。
俺の心臓のすぐ横を貫通したその光は驚異的な殺傷力を秘めている。
俺は驚き、動揺で羽根を消してしまった。羽根を失った俺は真っ逆さまに落ちていく。さながら殺虫灯にぶつかった蛾のように。
がれきの山に墜落したとき、目の前に光を放った魔術師の姿があった。
それは魔術師と言うには少し奇妙だと思った。
人の顔をしているがその肌には鱗があり、両手の爪は驚異的に長い。
大きな翼を違和感なく持ち、尻尾はふさふさと長い。
獣というより、悪魔と人との混血を思わせる。
それが自然発生的な存在ではないことを俺は知っていた。
こいつがキメラか。
軍事的に考案されたオルテジアンの武力の要。
そいつはじっと俺を見ていた。
俺は魔力ですぐに傷口を塞ぐ。
すでに俺には、魔力でほとんどの事が出きるようになっていた。
治癒魔法は苦手だが、傷を塞いで保護しておけば自然と良くなっていく。
血流が関係しているのかもしれない。
すぐに立ち上がった俺をそいつは不思議そうに見ている。
まるで観察しているようだと思った。
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