第34話 聖女たる所以 3
ここでの『ドラゴン』とは魔物、すなわち召喚獣の『ドラゴン』である。
一言に『ドラゴン』と言ってもこの世界には様々なドラゴンが生息する。
大空を翔るもの、地を這うもの、大海を泳ぐもの、死してなお蠢くもの。
目の前のそれは大きな翼を持っている。おそらくは飛行能力を携えた種だろう。
私たち四人は驚き、しばらくは圧倒されていた。
「ケツァルコアトル・・・・・・」
私の側でサガンが呟くのが聞こえた。
そのドラゴンは首を少し伸ばす。ちょうど猫が伸びをするように。
その様子からは不思議と恐怖心を得ない。
なぜだろう。
このドラゴンは私の一部。
恐がる必要なんて無い。
誰から言われたわけでもない。
なぜだかそんな気が・・・・・・。
私はドラゴンに歩み寄った。
「ちょ! 待ちーな! 危ないで!」
「ねーちゃん!」
リールとタオは怯えていた。
「大丈夫」
そう。大丈夫。この子は私の分身。
なぜだか私にはそう感じる。
サガンは黙っていた。
触れそうなほど手を伸ばした時、ドラゴンも同じように嘴をむけた。
私の指先と嘴の先端が触れた瞬間、ドラゴンの体は少しずつ小さくなってゆく。
それは筋肉の収縮活動を思わせる。同時に骨格、毛並み、鋭い嘴も次第に変形してゆく。
そして、ドラゴンは二本の細長い脚、くびれた腹囲と盛り上がり始め(?)た胸部、か細い腕、青く長い髪色という”正体”を現した。
顔つきは、まるで人族の女の子のよう。
大きく丸い金色の瞳は愛嬌を持っていた。
まだ10歳ほどにしか見えないそのドラゴン娘は
「我はケツァルコアトルのリンファじゃ。聖女ホノカ。お主の守護神であるぞ。」
そう細く高い声色で堂々と言い放った。
さっきまで大きなドラゴンの姿をしていたが、変化後は服を着ている。
それはどこかの民族衣装のようにも見える。
「どうしたホノカよ。 そんなにドラゴンが珍しいのか? お主の隣の男とそう変わらんじゃろ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何も分からないの?」
「うむ。」
大きく頷く少女。
「話をまとるわ。リンファちゃんは私の守護神として魔法陣から召喚された。
大昔の竜族で、サガンの先祖にあたる。それ以外は分からない。」
リンファはひたすら頷いている。
「そうじゃ。サガンと言ったかの? ご先祖様じゃ。崇めるがよいぞ」
「・・・・・・」
「なんじゃ! 無視するで無いぞ! 噛み殺してくれるわ!」
リンファという少女はサガンの太い腕に嚙みついた。
「あむっ!」
「・・・・・・」
サガンにダメージはない。
「こいつホンマにドラゴンか?」
「なんじゃと一つ目小僧! 噛み砕いてくれる」
サガンから離れリールに飛び掛かった。
「はいはい! 終わり! 誰かれ構わず嚙みつかないの!」
ホノカが少女の首元を引っ張って止めた。
「むふー! 離せホノカ! 我は小僧を噛み砕かなければ気が済まんのじゃ!」
「なんや危ないやっちゃな~! 腹減っとんかいな?」
ぎゅるるるる・・・・・・。
「わ、我は、朝食を所望しておるぞ!」
私たちは食堂で朝食をとることにした。
宿屋の主人はリンファを見て不審に思ったようだが、何も聞いてはこなかった。
冒険者のパーティーは増えたり減ったりするもんだ。
そこまで気にしてもしょうがないと思っているのだろうか。
固いパンとスープ。それが私たちの朝食だった。
日持ちがしそうな固いパンは、味は有って無いようなものだがお腹は満たされた。
リンファはその固いパンをとても美味しそうに貪っている。
「なんじゃこのパンは! 美味なるぞ! 程よい歯応えに酵母の香り、美味じゃ! 美味じゃ!」
「こないなもんで満足できるんかいな。今までどんなもん食ってきたんや?」
「そうじゃのう。主に昆虫じゃ! 昆虫は香ばしくて美味じゃぞ! なかでも甲虫と呼ばれる奴らは格別じゃ! 食感、クリーミーさ、同時に押し寄せる塩味がまた堪らんのじゃ! もっともこのパンの美味しさには遠く及ばんがな!」
「リンファちゃん・・・・・・パンあげるからもう食べないでね・・・・・・」
「なんじゃ! ホノカは優しいの! 大好きになってしまいそうじゃ!」
「リンファ」
サガンが質問する。
「なんじゃ小童」
「さっきリンファが言っていた、『聖女ホノカ』っていうのはどういう事なんだ?」
「聞いての通りじゃ。ホノカは異世界からの転生者。ある使命を持った聖女じゃよ」
「ある使命?」
リンファは食べかけのパンを皿に置き話し始めた。
「立花ホノカ。それがホノカの前世での本当の名じゃ。お主は一度死んでおる」
「それは本当か!?」
「我が嘘を言うメリットがあるとでも?」
私は死んだ。
なぜだか驚きはしない。
以前にもこんな会話誰かとしたような・・・・・・。
「立花ホノカは生まれつき不思議な力を持っておった。『完全治癒』の能力じゃ。」
「『完全治癒』?」
「ホノカはあらゆる傷や病に対しての治癒能力がある。それも並大抵のレベルではない。じゃが、前世はとても平和じゃった。その能力が明るみに出ることはなかったんじゃ。
しかしじゃ。ある魔人によってホノカは命を狙われ、殺された。その者にとっての最大の障害になったからじゃ。」
「でも転生した」
「そうじゃ。それも魔人のいるこの世界に」
「この世界のどこかに、その魔人がいるっていうの!!?」
サガンはホノカの肩に触れた。その華奢な肩は震えていた。
「その魔人を殺すことこそが『聖女の使命』なのじゃ」
「・・・・・・」
ギリっ。
歯を食いしばる大きな音が響いた。
サガンが立ち上がる。
「リンファ! その魔人の特徴を教えてくれ!!」
その眼には燃えさかる炎が宿っている。
「恐ろしい魔力量を誇り、複数の悪魔を使役する元人族の魔人。名をグレイシード」
「グレイシード!!!!」
サガンの予感は的中する。
「ま、まさか!! サガンの里を襲った例の魔法使いかいな!?」
「そ、そんなことって・・・・・・!!」
記憶のないまま異世界への転生を果たした私、立花ホノカ。
故郷を滅ぼした魔法使いへの復讐に生きる竜族の生き残り、サガン。
今、私たちの運命が一つに繋がった。
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