第6話 竜族の少年
ここは、アルガリア公国。
荒れ果てた荒野に、一人の竜族の少年が年老いた馬を連れて歩いていた。
少年は褐色の固い皮膚と金色の瞳を隠すように、薄汚れたローブを顔まで被り、ひたすらに北を目指す。
少年の年老いた馬は、竜族の大人二人分の重さの荷物を背負っている。
時折、日陰を見つけては、少年は自分の水袋から少しだけの水を馬に分け与えた。
年老いてのろまな馬だが、ある馬小屋から盗んでからは無二の相棒になった。
大人の竜族は空を飛ぶことができたが、未発達な少年の翼膜には大きな穴が空いている。
恐らく一生、飛行することは叶わない程の損傷である。
戦乱の続くアルガリア公国では、彼のような孤児は少なくなかった。
少年は、自身の伸長よりも長い槍を背中に装備し、魔物を狩ってはその肉を食った。
少年の名は『サガン』といった。
気高き空の戦士の名をとった。
生まれ故郷の風の谷の里では、皆が自由に空を駆けた。
男たちは狩りの技術を磨き、女たちは帰りを待ち、家を守った。
唯一神であるサガンに祈りを捧げ、彼らは種族の安寧を求めた。
勤勉な竜族は、やや排他的ではあったが、温厚に慎ましく生きていた。
しかしある日、ある黒髪の魔法使いによって彼らの生活は一変してしまう。
黒髪の魔法使いは、里で風魔法の研究をしていた。
この国では一風変わった髪の色をした男だったが、里の者とも友好的で、物腰も柔らかく、薬学の普及や水耕栽培を伝達したことで里の民からの信頼を得ていた。
風の穏やかな夜だった。
黒髪の魔法使いは、里のシンボルである風車のアーティファクトを媒体に、数体の悪魔を召喚した。
禍々しいまでの見た目に呼応して、それぞれの魔力は驚異的に高く、民は弄ばれ、命が奪われた。
少年の家族は必死に抗ったが、7人の兄弟姉妹を含む全員が死んだ。
少年は一人、力尽きた姉の腕の中で気を失って生き永らえたらしい。
美しい姉だった。翌朝には婚姻の儀を控えていたというのに。
姉は最後に
「......生きて......。決して、憎しみに支配されないで......。」
そう言ったが、里で唯一の生き残りである自分の使命は一つだけだった。
その日から少年は『サガン』と名乗る。
守られるだけの存在だった自分との決別の為、名を捨てたのだ。
そして気高き空の戦士は、復讐を誓った。
「俺は強くなる。そして必ず殺してやる。」
一族の背骨から作られたこの槍で。
アルガリア領に入り、荒野を歩き続け四日が過ぎたころ、突如として、サガンの目前に巨大な城壁が現れた。
エル・アルガリア城とその城下町だった。
そびえ立つ城壁に対して、小さな城門には屈強な兵士が二人。
「なに用かな。少年よ。」
兵士の一人が尋ねた。大きな猫耳族の男だった。
「人を探して旅をしている。町に入りたい」
「残念だが少年、身分の不明確な旅人を通す訳には行かない。
そのローブを取って顔を見せて証明してはくれないか。
町の中に魔物や盗賊をみすみす入れたとなっては、我らは職を失ってしまうのでな。」
「俺が魔物だって?だったらどうするんだ?」
「魔物は言葉を持ちはしない。言葉を持つものを魔人と言う。
だが魔人とは高度な知脳を持つのだ、君はその様には到底見えない。」
サガンは槍に手をかけ、静かに魔力を込めていた。
いや、よそう。ここで騒ぎを起こすのは愚かな行為だ。
無神経で意地が悪い奴だ。もっとも猫耳族に悪気はないのだが。
サガンはローブを取って褐色の固い肌を日に晒した。
もう一人の兵士が、珍しそうにサガンの瞳を見つめた。
「竜族か、なんと珍しい種族だ。少年よ、この国の民には君のことを好奇の目で見るものも多いだろう。長期の滞在には十分注意するんだ。」
この人族の兵士はそう言うと、城門を開きサガンを町に通した。
エル・アルガリアには四つの区域が存在する。
城門から中心部まで伸びる区域を商業区、中心から西側を占めるのが工業区、対して東側から北側迄の大部分を占めるのが農業区、そして北側の高台にあるのが王宮区である。
商業区の更に中心部には巨大なマーケットがあり、武器から食料まで古今東西の商品が並ぶ。
サガンは、馬宿に相棒を預け、食料の調達に向かうことにした。
残金は200リル。
精々もって一月といったところだ。
この町で仕事を探そう。
そう考えていた矢先、馬宿の掲示板に魔物の討伐依頼を見つける。
グリーンワーム狩り。
西の森にグリーンワームが大量発生している。
1匹あたり2リル、10匹討伐するごとに1リル上乗せ。
なるべく早く、稼げるだけ稼ごう。
ギルドに登録しないと依頼は受けられない。
所謂、『冒険者』になるという事だ。
ギルドの受付は人族の女だった。
「冒険者ギルドへようこそ。受付のキキィと申しますわ。......あら、あなた竜族ね。」
物珍しそうにサガンを見ると、ギルドのルール、報酬や待遇、冒険者が死亡した場合の手当てなど、一通りの手続きを行ってくれた。
「しばらくの間はわたくしがサガン様の担当になりますわ。
ランクが上がれば専属の担当になることもありますの。
魔物に殺されないように、頑張ってくださいな。」
「俺は死なない。」
「フフフフっ
ルーキーは皆様そうおっしゃるのですわ。
だけれど、5年後も現役の方はごくわずか。ご自身の力を過信なさらないようにしてくださいな。
冒険者登録の解除手続きも面倒ですのよ。」
どうやらこの女は俺の心配をしているわけではないようだ。
「グリーンワームの討伐は、正直イージーですわ。
さっきもルーキー二人組が向かいましたところですのよ。」
ダブルブッキングか......
急がねば。
ここは西の森
4匹目のグリーンワームを倒し、触覚を切り取って鞄に詰めたその時、背中に激しい衝撃が走り、サガンは地面に伏した。
生暖かい液体が首筋を伝っていくのを感じた時、背後の影に気が付く。
それは二つの長い牙を備えた猛獣、サーベルファングだった。
迂闊だった。
こんな明るい森に、サーベルファングが生息しているとは......!
出血が多すぎる。このままでは......。
「クソッ......後悔させてやる!」
サガンは槍を構えると、その矛先へ最大限の魔力を込めた。
「我ここに闇に誓わん、ライトニング ランス!」
閃光とともに、矛先はサーベルファングの喉元を貫き、一撃で絶命させた。
胴体から飛ばされた頭部は、しばらくの間咆哮を続けたが、その眼はだんだんと光を失っていった。
繰り出した奥義の反動により、サガンはその場に倒れこんだ。
大量の温かい血液が、サガンの体から流れて行くのを眺めながら、
彼の冷静な思考は後悔を始めるのだった。
こんなはずじゃなかった。
『一時の油断は、一生の傷となる』
里の男たちの伝承だった。
「今更、意味が分かったよ。親父、兄貴たち、みんな、姉さん。
俺はここでお終いだ。
ごめんよ。
みんなの仇、とれなかった。
やっぱり俺は子供だったんだ。
悔しいよ。
だけど、
......ごめんよ。
遠くで声が聞こえた。
「......ねえ!......丈夫!?......ねえ......
......ヒーリング..!....」
体中が、陽だまりのような優しさに包まれて行くのを感じていた。
遠のいて行く意識の片隅で、サガンは美しい人族の少女を見ていたのだった。
そして彼は、ゆっくりと眠りについた。
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