こんな髪色、意味が無いものだもの。
時を少し遡り、ソウが別邸に移されて見合いばかりさせられてから2ヶ月がすぎた頃だった。
その日も例に漏れず見合いの席に行く日でいつも通り支度をしていた。
侍女がソウの髪をとかしている時だった。
その侍女は本邸からやってきて日が浅かったからソウの髪をとかしながら無邪気に言った。
「お嬢様の御髪は本当にお美しいのですね。日が差すと少し透けて、まるで琥珀のようです。こんな美しいご令嬢、世の殿方がおっておくわけが無いですわね」
ソウはその言葉に曖昧に笑って答えた。
「髪を綺麗に整えることを義父が許すのはこの髪が道具になるからだわ。本来なら短くされたって文句は言えないのよ」
「そんな…」
侍女が悲しそうに口を噤んだ。
ソウはしまった。何も知らない侍女を困らせてはいけない。そう思い、侍女を慰めてから輿に乗った。
そこまでは良かった。
何事も無かった。しかし運命はいたずらで本人の意思を無視して勝手に回る。
出発してから20分程、輿の中で揺られていたらあることに気がついた。
――扇が、無い!扇を忘れた!――
ソウは鏡台に扇を忘れてきてしまっていた。
あれを人に見られるのはもちろんまずいことであったが輿に乗り込んで20分程経過していて今から戻るとなれば見合いの席に遅れる。
どうしようかと考えたが自分がいない間に誰かに取られたら?売り飛ばされてしまったら?義父が見つけてしまったら?
そう思ったらいてもたってもいられなくなって輿を担いでくれる者に申し訳なくも家に引き返してもらうように言った。
家に戻って扇は無事でありほっと一息ついてから急がねばと家を出ると裏庭から少し気になる話し声が聞こえてきた。
ソウが耳を傾けると先程の本邸からやってきた侍女と別邸のこちらにずっといる侍女達が自分の話をしていた。
「ソウお嬢様、本当にお優しくて聡明で美しいお方なのね。噂通りだわ…」
「ええ、本当に。私達にまで配慮してくださるもの」
ソウがああ、良かった。良い噂だとその場をそっと離れようとした時だった。
「だからこそ、ソウお嬢様の優しさが切ないわね…。本来、スホ様の妃として期待されていらっしゃった方なのでしょう?」
スホの名が出て息が止まった。
「ええ、幼い頃も王様直々にソウお嬢様にスホ様の遊び相手としてお呼ばれしたこともあったんだとか」
「それが今は左大臣家の別邸で冷遇されているだなんて…。しかもサリお嬢様が今スホ様の妃の候補として上がっているらしいわ」
「なんてことなの…」
サリは義妹の名前で、2つ年下のサリが王妃候補になっていることはソウも知っていた。
「それにこういったらあれだけどサリお嬢様よりソウお嬢様の方が王妃の器をお持ちではないかしら…」
止めて。それ以上、言わないで。惨めだわ!ソウの心が叫ぶ。しかしソウの気持ちとはお構い無しに話は続く。
「その時に王宮で働いていた女官から聞いたことなんだけどおふたりはとても仲睦まじかったらしいわ。それに容姿もおふたりとも美しくて絵を見ているようだったんですって」
「私も聞いたことがあるわ!いつも笑ったりしないスホ様がよく笑われていたんだとか…」
聞いていたくないのにその場に足が根を張っているかのように動けない。
スホの名を聞く度、自分との身分の差が出来すぎた事実を思い知らされて胸に深く突き刺さってくる。
自分はこんなに落ちぶれたのに、貴方はまだ輝いている。そしてこの話の流れだと必ず出る言葉がある。
「あんな事件さえなければ」
ついにこのひとことが出てきた。
ソウとスホの身分が現在不釣り合いなのはこのことが原因であることにほかならない。
ソウの中で何かが音を立てて崩れた。
侍女たちにまで言われているんだと思ったら。
押し潰されそうになりながらも必死で耐えていた自分の抱えるスホへの大きすぎる想いが自然と涙に変わりぽろぽろ零れてくる。
その時本邸からやってきたばかりの侍女があることを言った。
「でもね、詳しいことは知らないんだけど本邸にいた時ユノさまと旦那様の会話を聞いてしまったんだけど、どうやらあの右大臣様処刑の事件に旦那様が関わっているみたいなの」
「どういうこと!?」
ユノとは義兄の名前だ。
侍女たちの話がソウがここにいることを知らずに進んでいく。ソウも驚いて涙が止まった。
「秘密にしてよ?何やら、右大臣様は冤罪をかけられたみたいだわ。なんの冤罪かまでは聞くことは叶わなかったけれど旦那様に嵌められたのよ」
ソウの時が止まった。
なんですって?確かにお父様が罪を犯すはずがないからおかしい話だと思っていたわ。
ただ、王様と旧友なために意見の食い違いがあったのかとか。でもそんなつまらない事で処刑されるなんて有り得ない。じゃあ億が一のくらいにしか考えられないけれど禁忌とされる記録官の書いた日誌や書庫官が保管する数少ない人物しか読むことの出来ない歴代王の日記でも読んだのではないかとも思った。いや、もしくは横領?
そう思っていたのに、なに? 母や私や兄姉を助けるふりをして義父がお父様を死に追いやった?
お父様は義父に嵌められて冤罪という形で処刑された――?
侍女たちの話がああじゃないかこうじゃないかと盛り上がっていた時だった。
カタンッ
小さな物音が全員がびくりと飛び上がる。
今の話、自分の主に聞かれでもしたら首はない。
「だ…誰かそこにいるの!?」
侍女のひとりが声を上げると影からソウが姿を現した。全員がその姿に絶句した。
ソウが短く言う。
「私よ」
ゆらりと現れたソウに侍女達は冷や汗を流しつつ急いで佇まいを直しソウに向かった。
「お嬢様!お見合いに向かわれたはずでは…」
今の話を聞かれただろうか、言及されると困る。侍女たちは暗黙の了解で何事もないように振舞った。
「ええ、向かっていたのだけれど忘れ物をしたの。そんなことより、今の話。詳しく聞かせてくれない?」
やはり聞かれていた!侍女達が震え上がる。
「い、今の話と言うのは…」
何も知らないふりをする侍女たちに対してソウが声を低く落として言った。
「今の話を話したことが本当の主にバレたら困るわよね、貴方たち。本当はこんなやり方、嫌いだけど取引しましょう」
ソウに脅された侍女達がびくびくしながら尋ねる。
「取引、と言うのは…」
「今の話、私が聞いたことは決して他言しないし貴方たちの安全は私が保証すると誓うわ。その代わり…そう。さっき本邸での話をしていた貴方。私と本邸の間の間者になって。そしてもし貴方を間者にしたことがバレた時、私は貴方の命を最優先させることを誓う。だからお願い。私の協力をして」
本来なら王妃になってもおかしくない令嬢からの命令。しかも物凄い目に見えない圧がある。侍女たちに断るという選択肢は無かった。
こうしてソウは処刑の真相を調べ始めることになる。
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