第17話 得る
神田礼子、今は赤木礼子だが実家に戻ると嘘をついては2人の孫を恋しがる義母に負い目と焦りを感じていた。
「うちの息子には似てないわね、礼子さん似で美人美男で良かったわ」
義母が嫌みではなく、くったくなく笑い実家に快く送り出してくれるので礼子は、いつも無言で笑った。
3年。赤木の会社との取引を父親が支援金を出して建て直して別れるまでの時間だ。
まだ2才の長女も産まれたばかりの長男も、2人とも赤木の子供ではない。父親に無理矢理別れさせられた、サラリーマンの男の子供だ。
実家に帰ると言っては、その男のアパートに行く。娘には親戚のおじさんだと言っている。
偽の夫婦関係も、3年後に離婚して礼子が2人の子供を連れて再婚することも、その際、礼子の厳しい父親から絶縁する覚悟もして全てを背負ってくれる人だ。
大学で出会い、社会に出てお互い生活の基盤が出来たら結婚しようと決めた矢先に妊娠が分かった。
結婚したいと礼子は父親に打ち明けるも仕事の関係で婚約者まで用意され、妊娠を打ち明ける事すら出来なかった。
母親に泣きついたが、父親に従順な母親は「お父さんの言うとおりにしなさい」の一点張りで礼子の顔すら見ようとしなくなり今では母親とは絶縁に近い。
赤木に何もかも打ち明けてしまおう。礼子が生きてきて24年、全てを壊そうと思った。しかし、赤木は全てを承知の上で上部だけの結婚をしてくれる。
幼稚園の頃から私立の大学までエスカレーター式の規律の厳しい女子学校に通わされて、わがままも言わず両親が納得する金持ちの一人娘を演じてきた。
大学を卒業後に入社した会社で、自分の時間、お金、自由を使える楽しさに、礼子はささやかながら幸せを感じていた。
そんな時に付き合い出したのが、同じ会社でも部署の違う2つ歳上の高木奏太(たかぎ かなた)だった。
社長でワンマンで豪放磊落で無神経な父親とは違い、物静かで仕事をこなすサラリーマンの彼に礼子は、自分が社長令嬢だと付き合って1年は言わなかった。
父親の名前を知ると大企業名が分かり金目当てに嫌と言うほど男はよってきた。
そのおかげで皮肉にも女子高では、礼子がモテるとイジメにもあった。
高木奏太は、礼子に対して金銭目的でもなく社長令嬢でもなく人間としての「礼子」を見てくれた。
最初の食事も「高いところには連れていけないけれど」そう言っても奮発して夜景の見えるレストランの予約をとってくれた。
長女の礼香の妊娠が分かり、高木とは結婚させないと礼子の父親から高木に連絡があったのは同時だった。
「礼子さんと駆け落ちでもするしかないかな」と自嘲気味に高木は笑った。
礼子にとっては、この人との人生だけは諦められなかった。赤木と共に両親を欺くのは罪悪感で打ちのめされたが、それ以上に、自分の人生を、高木との家庭を得たかった礼子は、人生最初の大きな嘘をついた。
実家に帰ると嘘を言っては、高木のアパートに子供2人を連れ数日を本当の家族のように過ごす。
2歳になった長女は、実の父親の高木を「かなたおじちゃん」と言い、よくなついた。
お母さんの大事な知り合いだと言っているが、子供につく嘘は辛いものを通り越して胸が張り裂けそうだった。
高木のアパートから赤木の家に帰るたびに「寂しいけど、あと2年も耐えれば暮らせるね」と高木が言うたびに、礼子は無理矢理、笑顔を作りうなずいた。
アパートから帰る時に、「おかあさん、いたいいたい?」と手をつないでいる長女の礼香が心配そうに礼子を見る。
いつも涙は、独りの時と決めてきたが思わず泣いていた。
「大丈夫、いたくないよ、おうちに帰ろう」礼香が安心した顔で笑い、またおじちゃんに会いたいねと笑う。
礼子は、何としてでもこの家庭を得るまでは両親を欺き続けると決心している。
今まで両親のレールの上で生きてきて、やっと得た自分の家族だけは失いたくなかった。
礼子は、自分の家族を得るまでは、涙は笑顔の中に眠らせておくのだと。礼香の手をしっかりつなぎ、抱っこひもで胸元で眠っている長男の礼真の顔を優しく見つめた。
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