カミツキ姫の御仕事 ─繫─

まじりモコ

第四幕 カミツキ姫の氏素性

プロローグ


『静音さんの代償行為って……』

『さあ、口にするのもお恥ずかしいことです』


 そう誤魔化してしまったことを、静音しずねは今も悔いている。


 黒いスーツを着込んだ静音は護衛対象を連れ、どこまでも続く石造りの狭い通路を進んでいた。耳に手を当てインカムを操作するがノイズが走るだけで通信ができない。昔に作られたこの隠し通路は、どうやら電波を阻害するらしい。ここは静音の判断で進行するしかないようだ。


 決死の邂逅かいこうを知らず前にして、何かの予感に突き動かされるように太刀のつかを強く握りしめた。どうしてこんな時にまであの日縁側で奈緒なおと交わした会話を思い出すのか。それはきっと、この会話が自分の中で消化されていないせいだ。


(……私は本当に弱いのです)


 自分の醜い依存を、歪な願いを、自分の口で語ることが怖いのだ。

 それは間違いなく、自分の身の内から出た真意であるのに。


 身体が傷つく痛みには慣れている。なのに、たった一言が口をついて出てくれない。


 自分の心を知られるのが怖い。失望されるのが怖い。


 それは静音自身が一番、自分のことを嫌っているから。自分の本音を受け入れられないから。


『ただ、今はそれが間違いだと気づくことができました』


 そうだ。間違いだと分かっている。けれど変われない。変わりたいと思えない自分がいる。


 それを恥だと感じるからこそ、口から出たことだけは、嘘にする気はない。それが静音なりの誠実であり忠義であった。


 横を共に進む深月を流し見る。静音よりも背が小さくか細い、眠たげな眼をした少女。普段は和服を着ているが、今は黒を基調としたドレスに身を包んでいた。


 樺冴かご深月みつき

 呪術界一の呪詛を誇る狗神いぬがみの宿主にして、自分しずねの主人にとって何よりも大事な少女。


 静音は少女から、己の持つ太刀の、浅い切っ先へ目を向ける。


 ゆるやかに波打つ淡い刃紋が刀身を彩る、反りの強い太刀だった。静音は詳しくないが、なんでも博物館所蔵の業物わざものらしい。伝承に保証された切れ味鋭い刃は微かに力を込めただけで簡単に人の肉を斬り落とすだろう。


『ですから私は、真信様を傷つける者は、たとえそれが自分であっても殺すでしょう』


 記憶は勝手に自身の発言を再生し続けている。


 殺すのだ。今までもそうして来たし、これからもそうする。かつて奈緒なおを撃ったことだって、罪悪感こそあれど後悔はしていない。


 真信の敵は排除する。そう覚悟を改めて固め、辿り着いた扉を睨みつける。


 殺す。

 たとえそれが誰だろうと────相手が真信の最愛だろうと。


 それは決して、変われない。

 それ以外に自分は、彼の隣にいる方法を知らないのだから。


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