アイオンスはないてない
午後八時になると
地下の廊下と階段を降りていき
つきあたりの牢にアイオンスはいる
アイオンスは
青い毛皮に
五本の足と三本の尾を持つけど
顔だけは犬に似て整っていて
嘘ばかりしゃべる
「獅子の燐粉は赤く周囲を凍てつかせる力を
持ち、人が触れれば二年の記憶を喪うのだ」
「黄色く燃えて火傷の記憶が一生残ると思っ
たけど」
「今の太陽は三つ目であり、二つ目が燃え尽
きたときには世はひと月も闇におおわれたの
だ」
「落っこちてきて山火事をおこしたの間違い
じゃないの?」
「構わん。無知は罪ではない」
「わたしは叱られてばっかりよ」
地上にあがると看守がわたしにきく
「アイオンスはないていたか?」
「いいえ」
看守は他には口をきいたことがない
馬鹿なわたしは二十才になっても
学校を卒業できず
二十八点の国語の答案と
三十二点の算数の答案を
帰り道の川に流す
頭がよく見られたくて
分数のわり算はひっくり返してかける
と言うと
「過半数の人はその理由がわからないのです
から、それは間違ってると答えるのが正解で
す。あなたは大切なことがわかっていません」
と叱られて大切なことはちっともわからない
「アイオンスはないていたか?」
「全然」
それにしても
鳴くの? 泣くの?
アイオンスは今日も自分勝手で
わたしの話題を切り出すのに苦労した
「ねえ、彼等はどうしてアイオンスがなくの
を待っているの?」
「彼等にとって大事だからだ」
「大事だから出し惜しみしてるの?」
「吾にとってはどうでもいいことだ」
「アイオンスは鳴くの? 泣くの?」
「見た人間が決めることだ」
直後にアイオンスが
五本目の足と二本目の尾を打つと
後ろにかまいたちが起こり
アイオンスの毛皮に赤い血がにじむ
「つまらんことに答えるといらだつ。鎮める
には身を削るしかない」
「どうして牢をやぶらないの?」
「外で生きていけないからだ」
「なんでも知ってるのに?」
「餌の捕り方は知らんのだ」
臆病者め!
「アイオンスはないていたか?」
「ないてないけど、それがどうしたの?」
……
「鳴かせたいの? 泣かせたいの?」
……
「どうして自分で見にいかないの?」
「ひとつだけ教えてやろう。アイオンスは人
間を見ると体毛をひと房渡すが押し黙ってし
まう。話せるのはお前だけだ」
学校で叱られるのは慣れてるけど
「先生が天気をたずねたときは晴と答え、
教師が天気をたずねたときは雨と答え、
教職員が天気をたずねたときは台風と答える
のです」
と叱られたときは怒った
「誰がそんなことわかるの?」
「皆、わかってます」
「そんなもの、どこで使うの?」
「毎日です。あなたは大切なことがわかって
いないのです」
「そんなもの、わかる訳ない!」
だから今日はアイオンスで遊ぶことに決めた
「アイオンス、ようやくわかったわ。獅子の
燐粉は赤くて、二つ目の太陽が燃え尽きたと
きには世は闇におおわれたわ」
「それは嘘ではなかったのか?」
「本当で、嘘なの。二人しかいないここでわ
たしたちが認めれば本当になるわ」
「おまえは吾が嫌いでないのか?」
「嫌いよ。だけど、すべてを忘れたときに、
ふと好きだってきづくの。わたしたち、まっ
たくの他人なのに」
押し黙ったアイオンスは
涙をながして吼えた
なかないで、アイオンス
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