焦点を持たない詩篇

村乃枯草

夏、と言ったら、海

と言ったら


ビーチパラソルは無く

海の家も無く

砂だけがある浜を

海水パンツ一丁で

海水に突入していく


はずはなかった

私の出身地は山間で

山から切りだされた木を

削る製材所が点点としていた

直径1メートルの丸鋸

切られる丸太が上げる音は

エンジン音をかき消すほど甲高かった


「危ないから近寄るんじゃないよ」

と言い含められていたけれど

ただ在るものが何者かになる瞬間を

見て飽きることはなかった


海は

大人になってからの夢だった

すきなときに海に行ける身分になりたい

と山の向こうはなにも見えない故郷で思った

想像の中の砂浜は

白い砂を見慣れてなかったから

学校のグラウンドの土と似た色をしていて

それはどこかしら

製材所の木屑と似た色だった


私が私を僕と呼んでいた頃

学校の卒業式が終わると

僕らは製材所に集められた

横に寝かされると

丸鋸が迫ってきた

僕の身体は甲高い音を立てた

太さ15センチの角材になった僕は

何者かになったことで私になり

海から遠い丘陵地帯のベッドタウンで

家となった


冬は暖房で家族を守り

梅雨は除湿で家族を守り

暑くなって

家族が冷房のスイッチを入れたとき

丘陵地帯の住宅地の中に

青い海が見えた


ビーチパラソルは無く

海の家もなく

木屑がしきつめられた浜を

内側に住人を抱えたまま

裸の柱の私が

海水に突入していく

これは 夏だ


と言ったら

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