「知ってるよ？私は……何しろそいつらと、幾度となく闘争してきた事があるからね。」

「は？闘争？だ、と？？　エルフのお前が―――」

「それに、丁度頃合だ…呼んでた応援が駆けつけてくれたみたいだよ。」

一人のエルフがそう言うと、けたたましい嘶（いなな）きと共に、上空から黒き飛竜が舞い降りてきました。

そう……『黒き飛竜』―――ダーク・エルフの王国『ネガ・バウム』が所有していると言われている『飛竜高機動兵団』、しかもその『黒き飛竜』の持ち主の事を装人蜘蛛（アラクネ）のガラドリエルは知っていました。

「全く―――急に呼びつけたと思ったら、何なのだこの状況は。」

「“ヤツラ”だよ……それ以外の何があるって？」

「しかし……偶発的なのか？これは。　こちらの戦力が出計らった処を見透かしたかのように―――」

「さあね、判んね……“そう”だと言えばそうだと言えるし、予（あらかじ）め計画されていた―――と言われても納得できる。」

「……で？こちらの装人蜘蛛（アラクネ）は？」

「この集落出身者なんだと。　そう言えば称（な）を聞いていなかったわね。」

「アウラ様？アウラ様ではありませんか？」

「は？あんたこいつの知り合い？　ねえアウラ、この装人蜘蛛（アラクネ）の事知ってんのか？？」

「いや……覚えがないが―――ひょっとしてどこかでお会いした事があったかな？」

「おいおいおい、ボケるにゃまだ早いよ～？」

「私はまだボケてなどはいない！」

「あぁ……いえ、以前お見かけした時には遠目でしたので―――それに冒険者としても超一級で、あなた様に憧憬（こがれ）を抱かない者など……」

「ほら見てみろ！私はボケてなどいなかったろうが！」

「プークスクス、そーの割りにゃ憧憬（あこがれ）られてる事に、耳の先まで真っ紅にしやがってえ～もーアウラさんたらっ、じゅんじょおなんですからッ！」

「キッ、サッ、マァァア！」（顔真っ赤）

魔界でダーク・エルフの王国の『姫君』の事を知らない者はいない―――それにガラドリエルにしてみれば、アウラの冒険者歴もさながらに一軍の司令官でもある『姫将軍』としての名声も憧憬（あこがれ）の対象でもあったのです。　なのに？そんな国を代表する者に対して、軽い口の利き方をするエルフの女性―――……

「あ…あのお～～一つ質問を……先程からアウラ様に対して馴れ馴れしい態度を取る―――このエルフは何者なのでしょお？？」

「ん？知らないのか？　こいつは―――」

　　　　　　　　　　　　　　肘（ヒジ）　　　撃（テツ）

「（痛ッたあ～～！）お前ッ―――なにするんだ！！」

「……………………………………。（ヨケーな事喋くってンじゃねーよ、お前ェーは、よ。　あ゛？）」

肘鉄を―――脇腹に？？　いやしかし、王国の『姫君』に対してそんな無礼を働いても見咎められないこのエルフ―――って……もしかして？？

相手の称（な）を聞いて来たのに自分の事は一切話そうとはしないし、話させようともしない。　しかしこうした過激な行動が正体を紐解く鍵ともなっていたのです。

それに―――……

ほ、ほ、ほう～～～そうか……それが私に対するお前の態度のようだな！　よぉ～うく判ったぞ……

たった今キレーな不意打ちを喰らい、悶絶しながらも（ジンジンと痛む脇腹をさすりながら）、復讐の機会を耽々（たんたん）と待ち侘（わ）びる……逆に、そんな事は『どこ吹く風よ』と気にすらもしないで、この場所の近くで潜伏をして（息を殺して）いる『何者か《ラプラス》』を、どうやって燻（いぶ）り出そうか―――の考えを巡らせている者に対し…

「なあ、シェラザード―――確信はあるのか？ヤツラがまだこの近くにいるなどと。」

「ん～～～まあ、言ったら経験と感覚だ…よ―――って、ちょおっと待てやお前ぇ？？」

「フッ・フ～～ン、どうしたのだあ～？　シェ・ラ・ザ・ー・ド！」（してやったり）

「（くぅおんのヤロー、ワザと狙ってヤリやがったなあ～？）ア・ウ・ラぁあ～～！」

普通に、今後の計画の事を聞いただけ―――そう……普通に、いつものように、そのエルフの名前を呼んだだけ―――だったのでしたが？

すると―――……

「へっ？『シェラザード』……って、そのお名前―――？？？」

「あ！ああ～～そうそう、よく似てるって言われてるんダヨネ～『スゥイルヴァン』てとこの『女王』ってヤツの名前に。　この私の名前ってさあ、割とエルフの名前によく使われてんのヨネ～～～、もーーー私からしたら、ちょー迷惑……ってな感じィ？てなわけでぇ……」

フッ、ザマぁみさらせ……私に肘鉄喰らわしてくれた罰だ、コラ。

ヤってくれんじゃないのよ……アウラぁ～～おん前、吐いた唾呑まんとけよ？

フフフン、それにしても焦りながらの弁解が、やけに饒舌のようですなあ～？『女王陛下』ァ？（笑）

ええ度胸しとるじゃんかぁーーーゴルア。　一辺二人っきりでじーーーっくりと話し合おうじゃねえの。

人と言うものは、気まずくなると饒舌になる（もうバレバレなのが判るくらいに良く喋る）―――そのご多聞に洩れずダーク・エルフの姫であるアウラから『その名』を呼ばれてしまったエルフは、弁解（言い訳）の最中でも冷や汗、脂汗をとめどなく流し、自身がそう（スゥイルヴァン女王陛下）である事の証明を、自分自身で明かしてしまった象（かたち）となったものでした。

だからこそ―――そう（スゥイルヴァン女王陛下）だと判ってしまったアラクネは、途端に挙動不審になってしまい……

「あ……あああああああの～～～わ、わわわわわ私はこれからどどどどどどどどどーうなってしまうのでしょお？？」

「（どーなるつったって……）いや、何も取って食おうとはしないわよ。　あ゛～～～っ、もう！アウラあんた責任取れよ！」

「それはまあ別に一向に構わんのだが……何故にお前は魔界に戻ってきているのだ？」

「（……）別ぇっつに、いいじゃんかあ……そんな事。」

「まさか―――とは思うのだがあ？向うへ行ってハッチャケ過ぎて……」

「アウラあ～～？そろそろ黙ろうか……」（イッラァ～）

「ま、そう言う事だそうだ―――そんなこいつに緊急に呼び出しされて、おまけに肘鉄喰らわされて、この治療費水増しして請求してくれるからなッ！」

『スゥイルヴァン』と『ネガ・バウム』の事実上のトップ同士の頂上決戦と言った処か、とは言えたとえそうであったとしても、この装人蜘蛛（アラクネ）の里が、因縁極まるラプラスによって蹂躙されてしまった事は疑いようのない事実、その事に対処する為にこの場所に集まったのは、近年魔王の承認を得て『汎魔族連合象徴の国』として認識された『スゥイルヴァン』なる新国家の女王と、その新国家の女王の要請を受けて参戦を表明した、ダーク・エルフの王国『ネガ・バウム』の次期国王……その当初は、この集落の責任者である自分が、自分達の里を襲った者共を探し出し必ずやその罪を償わせようとしていたのに、その事は立ち待ちの内に魔界の上層部にも知られ、大事になろうとしていた―――しかし、スゥイルヴァン女王にしてみれば、ガラドリエルの心配事など関係ない。

またも……またしても襲われてしまった―――シェラザードにしてみれば、あんな惨状は『エヴァグリム（かつての自分の故国）』だけで十分だ……そう思っていた処に、またしても魔界の集落の一つが襲われてしまった事に憤りを感じていたのです。

だから、そこで一計を案じ―――

「ちょっとあんた、確かガラドリエルつったっけか。　あんた適当にそこらで“ガサガサ”やっといて。」

「は？はあ……しかし―――」

「何をまたしようと言うのだ、まさかとは思うが彼女を囮に……」

「ああそうだよ、囮にするんだよ。」

「だが―――！」

「ここってさあ、この人の居場所だったんだろ？決して私やアウラの居場所じゃない、それにヤツラはああ見えて程度の知恵がついてる『獣』だ、そんなヤツラだから自分らが襲った場所に明らかに違う者がいたとなると警戒はするはずでしょ、だから、そう言う処を狙ってやるんだよ。

ねえガラドリエル……あんた自分の居場所をこんなにされて気が収まる？収まるはずもないよねえ？私もそうだよ……私もコイツらに私の国を滅茶苦茶にされた、私の国に住む民達を……家族を鏖殺（みなごろ）しにされた……私は、忘れやしないよ―――この怨恨み《うらみ》……私自身の仇敵、『ラプラス』共を全殺しにするまでは、ね！！」

私の里を襲ったのはラプラスと言う者達か！　しかしこの方も困難の道程を歩まれてこられたのだな……それに、ご自身を奴隷にまで貶められるなど……

彼女達の邂逅は、その当初からあまり良好とは言えませんでした。　けれど短いとは言えど関係性を構築し始めた時、互いの事が判り始めた、それにこれは『ある目的』を視野に置いた施策でもあったのです。