28

裁判官(男)と陪審員(男)三人が入廷する。

司祭(男)が兵士ふたりに挟まれて入廷する。


司祭(男)「離せ! 離せ! 私に触るな! このふざけたお面をすぐに外せ! 私を侮辱するのもいい加減にしろ!」

裁判官(男)「静粛に!」

司祭(男)「裏切ったな! なぜ裁判をやり直す! 判決は下ったはずではないか! こんなのは茶番だ! 無効だ!」

裁判官(男)「静粛に! マリアの訴える強姦被害を知る者が新たに証人として現われた。法の精神にのっとり、新たな事実が明らかとなったいま裁判のやり直しを執り行う」

司祭(男)「ふざけるな! 私は認めぬぞ!」

裁判官(男)「静粛に! 被告人マリアよ、証言台へ」


オルガ、ポーラ、マリアが入廷する。

マリアはローブを頭からつま先まで羽織っている。

証言台はカーテンで囲われている。


司祭(男)「なんだあれは! 布で覆い隠されていてはマリア本人なのかわからないではないか。そこに立っているのは別人かもしれん! 姿を現せ卑怯者!」

陪審員1(男)「同じく! そこにいるのはマリア本人である確証はない」

裁判官(男)「異議を認める。ただし、配慮のため、私と陪審員三名にて本人確認を行う」


裁判官(男)と陪審員(男)三人はカーテンを開いて顔を確認する。

裁判官(男)と陪審員(男)三人は席に戻る。


裁判官(男)「本人確認の結果、マリア本人であると認める」

陪審員1(男)「間違いなく本人であった」

陪審員2(男)「本人に間違いない」

陪審員3(男)「本人であることを認めます」

司祭(男)「嘘だ! マリアは死んだはずだ! そこにいるはずがない」

マリア「……私は……私は生きています。今まで必死に生き延びてきました。この声に聞き覚えがあるはずです」

司祭(男)「……うっ、嘘だ……信じられん……」

裁判官(男)「マリア、改めて証言を求める」

マリア「……はい。七年前の夜のことです。まだ私が修道院にいた頃。ミサを終えて司祭に言いつけられました。夜中に彼の部屋に来るようにと、大事な話があるからと。具体的な要件は聞かされませんでした。もちろん、私は修道女の身として司祭の命令に疑いもせず従っていました。部屋に入るなり、司祭は私に神の御声みこえが聞こえるのかと尋ねてきました。私はまだ神の御声みこえを聞いたことはないと伝えると、司祭は聖水を飲むようしきりに勧めてきました。飲めば神の御声みこえが聞こえると。神の名を借りて私をそそのかしたのです。神に少しでもお近づきになれるならと私は疑うことなく聖水を飲み干しました。それから急に気分が悪くなり体から力が抜けて意識が朦朧としそれからの記憶が抜け落ちています。目を覚ますと裸にされていました。そして横には司祭がいたのです。今でも唐突にあの時の状況と恐怖が思い出され苦痛で仕方ありません。七年たった今でも、そして死ぬまで苦しめられるのです。あの時、なぜ私も司祭も裸だったのか理解できず混乱しました。すぐにベッドから離れ、衣服を探し集めて着ていたら司祭が目を覚ましたのです。私は驚いて部屋の奥へ逃げました。不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる司祭は恐ろしく殺されるのではないかと思いました。恐怖でこわばる体でなんとか近くに置いてあった燭台しょくだいをつかみ威嚇しました。恐怖で震えが止まらず泣きながら声を振り絞り抵抗しました。息ができなくなり吐きそうなほどつらい状態でした。司祭は私と愛し合ったから裸になったのだと一方的に言い放ちました。ですが、絶対にそんなことはあり得ません。私は一度たりとも司祭を愛したことはありません。聖水に眠り薬を混ぜて私の意識を奪い強姦したのです! 私は殺されると感じ、近づいてくる司祭を燭台しょくだいで振り払い部屋から逃げました。その時、部屋の外にいた修道士アーサーと目が合いました。混乱していたのでアーサーに助けを求めることも頭に浮かびませんでした。ただひたすら司祭から逃げることだけを考え気づけば近くの町にいたのです。アーサーは司祭の悪事を知っているはずです。彼は私の真実を証言します」


マリア、ポーラ、オルガは控えの席に座る。


裁判官(男)「続いて修道士アーサーの証言を求める」


アーサーが入廷し証言台に立つ。


アーサー「七年前、マリアが強姦にあったあの夜のこと、私は司祭に言いつけられ部屋の外で見張りをしていました」

裁判官(男)「強姦を目撃したのか」

アーサー「いえ、部屋の中へは絶対に入らぬよう言われておりました」

裁判官(男)「つまり、その目で直接見てはいないと。では司祭が本当に強姦したと断言できないのではないか」

アーサー「直接この目では見ておりません。しかし、司祭は私に告白したのです。あれは私の知りうる限り、最初の被害者となった修道女アネットが司祭の部屋に呼ばれた日のこと。町へ赴き眠り薬を買ってくるよう司祭に言いつけられました。そしてその日の晩、司祭の部屋の外で見張りを命じられました。部屋からは神の名を利用しアネットに聖水を飲ませようとする司祭の声が聞こえてきました。それからしばらくするとアネットの声が聞こえなくなりました。私は直感しました。街で買った眠り薬でアネットは意識を奪われてしまったのだと。部屋から漏れる物音と司祭の荒い息に私は絶望しました。私の過ちのせいでアネットが……強姦されたのだと。司祭はその地位と私の罪の意識を利用し、私を支配したのです。幾度となく私に鞭を打ち、嬉々として都合よく修道女たちを犯したことを語ったのです」

司祭(男)「異議あり! そんなのはでたらめだ! 私は司祭だ、暴力など一度たりとも振るったことない!」

アーサー「あなたから受けた傷は今も残っています」


アーサーは上半身裸になって体中の傷をさらした。


アーサー「体の傷はいつか癒えることでしょう。しかし、心に追った傷は死ぬまで、いえ、死んだ後もその魂を永遠に傷つけるのです。司祭はその後も修道女のクロエ、マリーそしてマリアを襲ったのです。私は沈黙を強いられてきました。しかし、もうこれ以上の過ちを繰り返してはいけないと、そう誓いました。アネット、クロエ、マリーそしてマリアのために。私は正義を求めます。マリアは嘘など全くついていません。彼女が話したことは全て真実です!」

司祭(男)「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 全てでたらめの作り話に決まっている! マリアはアーサーと寝たんだ。そうに決まっている。私を陥れるため女を使ったんだ。私は知っている。二人とも幼い頃からの嘘つきだった」

裁判官(男)「静粛に!」

司祭(男)「話を遮るな! 陪審員の方々、お聞きの通り、マリアとアーサーは嘘つきだ! 私は幼いころからふたりと生活を共にしてきた。ふたりはいつも嘘をついて私を困らせてきた。考えてみてほしい、本当に襲われたと言うのならなぜ悲鳴が聞こえなかった。大きな悲鳴が聞こえても当然ではないか。だがアーサーはマリアの悲鳴を聞いていない。マリアも本当に恐怖を感じていたなら修道院中に響き渡るくらいの悲鳴を上げるはずだ!」

オルガ「異議あり! 人は抑えきれない恐怖を感じた時、声を出すことすらままならない。裁判官殿、想像してください。あなたよりも一回りも二回りも大きく屈強な大男たちに殺されそうになったら。あるいは狼の群れに囲まれて逃げ場をなくしたら。大声を出せるでしょうか。恐怖で体はこわばり緊張で呼吸も浅くなる。恐ろしいから声が出るのではありません。恐ろしいから声が出なくなるのです」

裁判官(男)「……確かにその通りだ。異議を認める」

司祭(男)「……ち、違う違う、間違えた。間違えていた。マリアが大声を出さなかったのは恐怖でもなんでもない。マリアと私は愛し合う関係だったのだ。マリアは私の部屋に来た。夜中にだ。女がひとり男の部屋にやってくる。つまりマリアは私に対して体を許したと言ってもおかしくはない。私と体を重ねることを承知の上でやって来たのだ。だのにあの女は私を裏切ったのだ。私の愛を利用し修道院を乗っ取ろうとした売女ばいただ!」

オルガ「異議あり! 男の部屋に入ることが即ち性交の承諾にはならない。マリアは大事な話があると言われ部屋に訪れた。一度たりとも性交渉の話はしていない。マリアとアーサーの証言からもそれは明らかだ」

裁判官(男)「異議を認める。マリアとアーサーの証言から司祭との会話には全く性交渉に触れていなかった」

司祭(男)「ふざけるな! なぜこんな女の異議を認める!? 陪審員たちよ! 七年前の裁判を思い出してほしい。マリアの証言する姿を。あの女は被害者らしかったか? 本当に被害者だと心から感じられたか? 強姦されたと言うのならもっと取り乱し泣きわめき怒り狂うはずだ! だが、どうだった! マリアの態度は!? 涙も流さず滔々とうとうと被害を語った。今回もそうだ! まるで他人事ひとごとのように語るその姿は真に被害者と言えるのか! 違う! 被害者を演じているに過ぎない!」

オルガ「異議あり! 被害者は泣かなければならないのか、取り乱さなければならないのか、怒りを爆発させなければならないのか。否! 勝手な被害者像をこじつけているに過ぎない。私は多くの性被害者たちと向き合ってきた。被害者はまるで自分自身に降りかかった出来事を他人事ひとごとのように語る傾向がある。この解離症状は自分自身を守るために起こる精神の働きだ。裁判官殿、今まで向き合ってきた被害者たちの証言を思い出してください。被害者たちは司祭の主張するような被害者像だったでしょうか、あるいは裁判官殿の思い描く被害者像でしたか。見た目と心の傷は必ずしも一致はしないのです」

裁判官(男)「……確かに……思い返せば、私の想像していた様子でない方たちが大勢いた。マリアもその一人だった……異議を認める」

司祭(男)「なぜだ! 裁判官よ、なぜこの女どもの話を信じるのだ! 陪審員たちよ! おかしいと思わないか。私はマリアのこともアーサーのことも幼い頃から知っているのに私の主張が聞き入れられない。七年前の判決を蒸し返し私に歯向かおうとしている。なんて恩知らずな奴らなんだ。私は裏切られたのだ。被害者はマリアでもアーサーでもない、この私なのだ! 狂った女どもの主張など聞く価値もない。感情的にわめき散らし支離滅裂なことばかりのたまう! 判決など裁判をやり直す前から決まっているのだ! あの女、マリアには有罪しかない! 有罪しか考えられない! さあ早く判決を聞かせてもらおうではないか! こんな下らんことのためにこれ以上付き合っていられん! 良識ある陪審員の方々よ、判決を!」

裁判官(男)「静粛に! 感情的に支離滅裂になっているのはあなたです、司祭殿。裁判は私が執り行います。勝手に事を進めないで頂きたい。最後に、オルガ、何か言い残したことはないか」

オルガ「陪審員の方々、あなた方の良識を信じております。罪なき被害者とあなた方自身と未来のために正義を示してください」

裁判官(男)「陪審員、判決を」


陪審員1(男)が起立する。


陪審員1(男)「有罪だ! 司祭様のおっしゃる通り、有罪以外考えられん! マリアとアーサーの話は到底信じられない。オルガという女の入れ知恵も聞くに堪えない。裁判官殿、オルガという女に騙されてはなりませんぞ!」


陪審員1(男)が着席する。

陪審員2(男)が起立する。


陪審員2(男)「有罪です。 司祭様は徳の高いお方だ。神道に生涯を捧げ数多あまたの孤児を助けられた。非の打ち所がない善人たる司祭様が強姦などするはずがない。頭のおかしな女と男の策略によって司祭様の崇高な人生を無茶苦茶にされてはならい。お前たちは司祭様を陥れ修道院を乗っ取り邪教を広めようとしている。有罪はマリアだけではない! この女に加担するお前たち全て火あぶりの刑に処されるべきだ!」


陪審員2(男)が着席する。

陪審員3(男)が起立する。


陪審員3(男)「私は……私は正義のために……告白します」

司祭(男)「なにを言っているんだお前は。さっさと判決を言え。有罪と言えばいいんだ……」

裁判官(男)「静粛に!」

陪審員3(男)「七年前、マリアの裁判で……私は……司祭様に、買収されました」

陪審員1(男)「馬鹿野郎! そのことは口にするなと!」

陪審員2(男)「我々の報酬が……」


陪審員1と2は慌てて口を塞ぐ。


アーサー「陪審員を金で買ったのか! 卑怯者!」

司祭(男)「違う! 出まかせだ。マリアと寝たんだ、こいつらは! 私を陥れるつもりだ!」

オルガ「異議あり! 陪審員の判決は無効だ!」

裁判官(男)「静粛に! 静粛に! 買収されたのは本当か」

陪審員3「はい……金欲しさに、私は魂を売りました。彼らも司祭様から金を受け取りました」

陪審員1(男)「なにを言う! 金などもらっておらん!」

陪審員2(男)「嘘つきめ! 口を慎め!」

陪審員3(男)「今回の裁判でも我々三人で司祭様に金銭を要求しました。司祭様に有利な判決と引き換えに。我々には人を裁く資格などないのです。私はどんな裁きも受け入れる覚悟です」

裁判官(男)「左様か。陪審員の判決を無効とする」

司祭(男)「この……裏切者! お前のせいですべてが台無しになった! どうしてくれる! 私の人生は無茶苦茶だ! 絶対に許さんぞ! お前には神の裁きが下るのだ! 私を無実の罪に陥れた罰を受けるのだ!」

裁判官(男)「静粛に! 静粛に! これより判決を下す。陪審員の判決は無効とする。司祭の証言は信憑しんぴょう性を著しく欠き、発言の内容が二転三転するなど一貫性がない。マリアおよびアーサーの証言からは事実の一致が認められた。さらに、司祭の買収行為は自身の罪を認めたことに他ならい。司祭よ! お前はマリア、そしてアネット、クロエ、マリーを強姦した。これは人としてあるまじき行為であり、司祭という絶対的な地位を利用し彼女たちの肉体と精神を深く傷つけた。人間の尊厳を蹂躙じゅうりんする魂の殺人を犯した。マリア、アネット、クロエ、マリー、各人に対する強姦罪で懲役五十年、計二百年の実刑を下す。七年前の裁判ではマリアの人格を否定し根拠のない言いがかりを付けた行為は名誉棄損罪に当たり懲役十年の実刑を下す。アーサーへの身体的虐待及び精神的苦痛は傷害罪に当たり懲役二十年の実刑を下す。陪審員の買収は神聖なる法廷の品位をおとしめる買収罪であり懲役三十年の実刑を下す。司祭よ、強姦罪、名誉棄損罪、傷害罪、買収罪で懲役二百六十年の実刑を下す。さらに、聖職者でありながらこのような非道な行いを続けてきたことは到底許されることはでない。よって司祭の地位及び今までのすべての功績を剥奪し、聖職者名簿から除名する」


司祭(男)「ふざけるな! 私を誰だと思っている! お前たちを呪ってやる! 神の裁きを下してやる!」


司祭(男)は裁判官(男)に襲いかかろうとする。

兵士(男)二人が司祭を取り押さえて退場する。


裁判官(男)「これにて、閉廷する」


裁判官(男)はガベル(木槌)を叩く。

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