「それぞれの求めしものを探して」

Far East Archives

第1章 はじまりのとき

プロローグ

 これからこの物語を始めるにあたり、本編の前に少しだけお付き合いを。


 皆さんは、剣と魔法の世界での冒険と聞いて、今なにを思い浮かべたでしょうか?


 ゲームや映画にあるような、ドラゴン退治のクライマックスシーン? それとも、晴れ上がった空の下、草原を行く冒険者たちの姿?


 人によってさまざまでしょうが、今回ご一緒に旅する世界をもう少しイメージしてもらえるよう、こんな場面から始めてみます。




 ある晴れた日の朝のこと。


 一人の青年が、店の前で佇んでいました。


 その店は石畳の続く大通りに面しており、人の往来もあって賑やかな喧騒けんそうに包まれています。


 店の扉や壁にはいくつかの案内文が掲示され、また2階には、銀で縁取りされた重厚な木製の看板が張り出しています。


 この店に初めて来たのか、彼はそれらに示された文字を一通り眺めているようです。


 彼がその日焼けした顔を案内文に近付け、腰に手をやった瞬間、羽織ったフード付きマントの下から金属製の鎧がちらりと覗きました。一見すると物々しい感じですが、大通りを歩く人たちは、彼の装備に気を留める様子はありません。


 

 程なくして。

 彼はざっと読み終えると、臆する風もなくそのまま中へと入っていきました。


 

 それからまたしばらくすると、今度は女の子が店先にやってきました。


 先ほどの彼とは違い、彼女は張り出された案内を注意深くじっくり読んでいます。

 腰に細身の剣を差し、彼女もまた明らかに一般人とは様子が違います。


 彼女は中に入ろうか思案していましたが、逆に店から何人か出てきたため、慌てて脇に退きました。

 店から出てきた彼らもまた、武器や鎧を身に着けており、彼女以上に物々しい出で立ちです。



 彼女が脇に退いたこの隙に、我われも店の案内文を読んでみましょう。


 まずは壁から突き出た、銀の縁取りが施された看板です。この世界で最もよく見かける「交易共通語」で「冒険者ギルド ハーヴェス王国支部」と書かれてありました。


 ハーヴェス王国とは、今回の物語の舞台、アルフレイム大陸の南西部に位置する国です。交易の玄関口となる海岸沿いに位置し、都には水路が張り巡らされていることから「導きの港」「水の都」などと呼ばれています。



 また、看板には「冒険者ギルド」ともありました。

 この言葉の意味を知るには、これとは別に掲示された案内を見るのが手っ取り早いでしょう。



 まずは最初の案内文。


「来たれ冒険者」

 という威勢の良い言葉が目に飛び込んできます。


 その文字の下、さらに注意書きで、

「冒険者同士でパーティを組みたいなら紹介可能」

「2階に冒険者用の宿泊施設あり」

 という文字が並んでいます。


 つまり、この冒険者ギルドとは、冒険者と呼ばれる者たちに対し様々なサポートをする組織であることが見て取れます。



 更にその横には、別の案内文が。


「一般のお客様へ。冒険者への蛮族退治の依頼はギルド受付まで」

「遺跡調査の護衛、長期対応も可能です」


 これで冒険者がどのような存在か分かりました。


 この世界には、蛮族と呼ばれる魔物や妖魔が存在しています。冒険者は、困っている人からの依頼でそれらを退治しているのです。


 また、遺跡の調査とは、滅び去った文明の発掘調査などを指しています。


 この時代、各地に古代文明の廃墟や地下迷宮などが多数残されており、貴重な遺物が手つかずのままとなっていることも珍しくありません。

 

 冒険者自身がそうした場所を発見し、古代の財宝や魔法のアイテムを持ち帰ることもありますが、一般人からの依頼でその調査を手伝うこともしばしばです。


 遺跡の崩落だけでなく、棲みついた危険な蛮族に遭遇することもあるこの世界では、一般人だけでの探索は無謀と言えるでしょう。

 武器と魔法の扱いに長けた冒険者は、そうした場合のサポート役として重宝されているのです。



 先ほど、この店にやってきた彼や彼女が案内文を読んでいた理由も見えてきました。その出で立ちからして、彼らも冒険者志願なのでしょう。


 一旗揚げて有名になりたい。 

 古代遺跡に潜って宝物を探索したい。


 人によって理由は様々でしょうが、彼らもまたこの冒険者ギルドを起点にして冒険の旅に出ようとしているのです。


 冒険者を目指す若者は、ここに来れば冒険の舞台を提供してもらえるわけで、まだ見ぬこの世の不思議を探しながら、それが人助けにもなるなら一石二鳥です。


 

 視線を元に戻しましょう。


 そうこうしているうちに、先ほどの彼女はまた冒険者ギルドの前に戻ってきました。まだ踏ん切りがつかないのか、入口で再び案内文を見つめています。


 それから、彼女は扉の横に設けられた窓から中の様子を窺っていましたが、意を決したように一つ大きく深呼吸すると、ようやく扉を開きました。中からは親切に応対するギルドのスタッフが出迎えてくれたため、彼女も少し安心したようです。



 

 さて、冗長な解説はここまでです。


 彼や彼女を追いかけて、我われも冒険者ギルドに入って中を覗いてみましょう。

 改めて店の扉の前に立ちます。


 先ほどは大事な文字を読み飛ばしていました。扉の中央、最も大きな文字で冒険者ギルド名が金属製のプレートに刻まれています。


 そこにいわく。


「ようこそ、草原への誘い亭へ」



(次回「アニエスとの出会い」に続く)

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