第十二話:ギルド試験狂騒曲⑤/“新興の街”カヴェレ


「よーやく着きましたわー! スティアさん、フィナンシェさん、此処ここが新興の街──カヴェレにございますわーっ!!」


 ヴァルタスト地下迷宮から出発してから数時間後、スティアとフィナンシェはようやく目的地である街──カヴェレへと到着した。


 日はすっかり沈み──辺りは暗やみに包まれ、街に建つ家々の窓からは暖かなあかりが漏れ──そして、炎の魔法で照らされた街灯がいとうソラに浮かぶ大きな朱い月と小さな蒼い月から降り注ぐ月の光だけが、一行いっこうを照らしていた。


「いや、カヴェレ自体は何度も来たことあるし」

「わたしも〜」


「なっ──!? わたくしたちがカヴェレを訪れたのは今朝けさ……。と、言うことは──もしやわたくしより此処ここにお詳しい……!?」

「まぁ……そうなります」


 意気揚々とカヴェレをスティアとフィナンシェに紹介したラウラだったが、ふたりはフィナンシェの父親と共に幾度いくどかこの街を訪れており──それをつゆ知らずにふたりに大見得おおみえを切ったラウラは、逆に赤っ恥をかいてしまった。


「ぐすん……わたくし、とんだ道化どうけですわ……!」

「いや──アンタただの馬鹿だ」

「失礼な……!! トウリさん、こう見えてもわたくし──王立学院の魔法科では、一番の剣士でしたのよ?」

「な、ただの馬鹿だろ? 『魔法使い』育成する学科で『剣士』なんてやる奴、アンタしかいねーよ!」

「…………おー、確かに! むかし、魔法科のジズ先生にも『おぬし──騎士を目指しとるなら騎士科に転向したらどうじゃ?』と言われましたわ……!」

「あー、おれ──なんでこんな脳みそお花畑のお嬢様の“相棒バディ”なんてやってんだ?」

「ふふふっ──オーッホッホッホッ!! 決まってますわ、トウリさん!! それは──わたくしがカリスマと気品きひんあふれる素敵な『騎士ナイト』ですからよーー!!」

「うん……違う。あとその悪役令嬢みたいな高笑いやめて?」

「──────はい、すみませんですわ…………あうちっ!!?」


 ──などと、ラウラとトウリが街のど真ん中で、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていると──、


「さっきからゴチャゴチャうるせーぞ!! 痴話喧嘩ちわげんかなら他所でやれ!!」


 ──怒鳴り声がとどろき、何処からかから薬瓶やくびんが飛んできてラウラの頭に直撃した。


「すみませんっ!! すぐに退きますから……! ほら、ラウラ早く行くぞ!!」

「つぅ〜〜〜〜ッ!! ──何するんですのっ!?」

「バカっ! おれらが悪いんだから食って掛かるな……!!」

「いま投げつけた薬瓶コレ──安物の“回復薬ポーション”ですわね!?」

「…………えっ、どーでも良くない?」

「良くありませんわ! わたくしに投げつけるなら──わたくしの“ランク”に見合った最高級回復薬グランド・ポーションを投げつけなさいな!!」

「──えっ、そっち!? 投げつけるのは良いんだ!!?」


 ──投げるのは構わないから、最高級品を投げつけろ。そう言って、建物の何処かに潜んでいる誰かに──ラウラは威風堂々いふうどうどう啖呵たんかを切る。


「……スマン、嬢ちゃん。“こいつ面倒くさいな俺が悪かったよ”──!!」


 そのラウラのいさましい立ち振舞ふるまいに怖じ気ついたのか、彼女に薬瓶を投げつけた声のぬしはそのまま家の中に気配を消していった。


「良いですのよーー、分かっていただければ……!」


 ラウラは上機嫌に、腰に両手を当てながらふんぞり返っている。


(……違う、絶っ対に違う……!! これ、明らかに避けられてるーーーー!!?)


 声の主の『真意』にも気付かずに。


「さ〜、あの方もわたくしの高貴なる気品を分かっていただけた様ですし、早く宿屋やどやに向かいますわよーー!」

「────あぁ、ちゃんとあんたの『面倒くささ高貴さ』──分かってくれたと思うぞ」

「スティアさんとフィナンシェさんも、一緒に宿屋に向かい…………アレ、居ませんわ??」

本当マジだ…………何処に行っちまったんだ??」


 ようやく落ち着いて、ふたりがスティアとフィナンシェがいた場所に視線を送るが──其処そこには、既にふたりの姿はなかった。


「──ふたりなら『じゃあ、私たち宿屋に行きますね。さようなら〜』って言って向こうに行っちゃったッスよ」


「「アンタはいるんかーい!!?」」


 そして──街なかで大声でさけぶラウラとトウリに対して──罵声を浴びせる街の住民も、姿を見せることは無かった。


(…………面倒くさいから、早くどっか行ってーー!!)



〜〜〜



 ──その頃、ラウラとトウリ、オヴェラをしれっと見捨てて、スティアとフィナンシェは幼いカティスを連れてカヴェレにある宿屋に向かっていた。


「なんだか今日は誰も外にいないね……?」

「そうだな……なんか何時いつもと様子が違う様な……?」


 街灯がいとうに灯された炎に照らされた大通りを歩きながら、スティアとフィナンシェは街の様子が普段と違う事をいぶかしむ。


 ふたりがフィナンシェの父に連れられて幾度いくどかカヴェレを訪れた際は、例え今のような夜であっても街の住民や此処ここに訪れた冒険者たちの往来おうらいが少なからずあった。


 しかし、今は街の通りに人の気配はない。ひっそりと静まり返った街を賑やかしているのは──ゆらゆらとらめく街灯の橙色だいだいいろの炎だけ。


 唯一の安心材料は、街の建物から漏れる灯り。その灯りが、街に人はしっかりといる事をスティアたちに伝えていた。


(うーん、久々の人里ひとざとでちゅし、観たことも聞いたこともない街でちゅが……“生前あのとき”とな~んにも変わってないでちゅね〜)


 街の様子を心配しているスティアとフィナンシェとは違い、カティスは──街の『在り方』そのものに目をみはる。


 木材と石材、レンガを組み合わせて出来た精々ニ〜三階までの高さの建物、街の往来に使うであろう馬や牛を泊めておくうまや牛舎ぎゅうしゃ、商人がいてきたと思われる木製の馬車や荷車、街の住民が使っているであろう公共の井戸──。


 どれを取ってみても、カティスにとっては生前の『魔王』の時代とほとんど遜色の無い景色だった。


(──とは言え、我がヴァルタちゅト城の近くにこんな街なんて無かった筈でちゅ……。今は──あれからどれだけ月日が流れたんでちゅかねぇ?)


 フィナンシェの細く柔らかな腕に包まれ、たわわにみのった胸の感触を堪能しながら──カティスは自分が生まれ落ちた時代がを考える。


(この規模の街を作るのに必要な時間は……大凡おおよちょ十年……。我が居城が何らかの形で突然崩壊ちたとして、土に埋もれ草木に覆われるまでの時間……大凡おおよちょ数十年……。千年不毛ちぇんねんふもうの地だったヴェルちょアが豊かになるまで土壌どじょうが回復するまでの時間……分からん。人類の文明発展具合……ほぼ無し……)


 目覚めてから此処カヴェレに至るまでに観た様々な情報を元に、カティスは今いる時代を考察する。


(う〜〜む、だいたい……50年後ぐらいかな……?)


 50年──それがカティスが出した推論すいろんだった。それ位の期間があれば、今の景色になっていてもおかしな事は無いだろう……多分。そう考えて、カティスは自分自身を納得させる。


(もし、本当にそれ位の時間だったら──いつかはにも再会ってみたいものでちゅね……)


 カティスに脳裏に浮かぶは──かつて『魔王じぶん』が慈悲を与え、見逃した三人の少女たち。金髪の騎士の少女、エメラルド色の髪のエルフの賢者、三本の尻尾が印象的な狐の少女。


(間違いなくうらまれてるでちょうが──元気にちてると良いんでちゅが…………)


 そうやって、カティスが物思いにふけっていると──、


「あんた達もしかして……ランプ村のフォルテッシモさんのとこの娘っ子たちかい……!?」


 ──不意に、老婆のような声がこちらに語り掛けてきた。その声の方向にスティアとフィナンシェが視線を送ると、民家の窓から一人の老女がこちらに向かって手を振っていた。


「あっ、フオリお婆ちゃん……! こんばんは〜、前の交易の時以来ですねー♪」


 そう言いながらフィナンシェは、手を振るフオリと呼ばれた老女の元へ駆け寄って行く。


 どうやら、彼女たちがフィナンシェの父の交易に付き添った時に知り合った仲らしい。スティアも知った顔だったのか、特に警戒心も抱かずに彼女の元へと向かって行く。


「フオリお婆ちゃん、この前の交易の時は沢山の果物ありがとうございます♡ お父様もお母様もとーっても喜んでましたよ♡」

「そうかい、それは良かったよ。……おや、その子はどうしたんだい……?」

「あ──っ!! えっと……この子は……その〜〜」


 フオリに、抱いていたカティスの事を観られたフィナンシェは、自分がカティスの持つ“星の瞳”の事をすっかり失念していた事に気付き慌ててカティスの顔に胸を圧し当てて、カティスの顔を彼女に観られ無いようにする。(※大変危険な行為ですので真似しないで下さい。この赤ちゃんは史上最強なので大丈夫なだけです)


「もごもご……もごもご……!?(約:おっぱいが邪魔で息が出来ないでちゅ……!?)」


 パンパンッ、パンパンッ──カティスが必死にのしかかってるフィナンシェの胸を退かそうと手ではたいてるが、カティスの瞳を観られたら困るフィナンシェは返って胸の圧し付けを強めてくる。


「もごご……もごぉおおおお!!(約:たちゅけてー、おっぱいにころちゃれるーーーー!!)」(※実は大丈夫なので安心して下さい)


「その子、あんたの胸に潰されてるけど……大丈夫なのかい……?」

「えへへっ、大丈夫です♡ この子、甘えん坊なんで……」

「もごごごぉ…………!!(約:違うわーー!!)」


「ともかく……あんた達、こんな時間に外を彷徨うろかん方がええ……昼間のアレを聴いとらんのか?」

「昼間のアレ……?」


 フオリの言葉にスティアとフィナンシェは首をかしげる。


「まさか──聴こえとらんかったのか? あの“竜の咆哮”じゃよ……!!」

「竜の……咆哮……ですか?」

「あぁ、そうじゃ。此処ここら一帯に竜の咆哮が響いて、ヴェルソア平原から赤黒い光が立ち昇ったんじゃ……!! 見とらんのか……!?」

「スティアちゃん……それって……?」

「そー言えば、ラウラが──」


『はぁ、やれやれですわ。赤黒い光の元に野次馬やじうま──失礼、駆け付けてみれば、まさかこんな所ですやすやおねんねしてらっしゃる方が四人もいるなんてわたくし、思いもしませんでしたわ……!!』


「──って、言ってたような……?」


(あー、なるほど。おれの放った『竜の咆哮ディア・ブレちゅ』の事を言ってるんでちゅね……)


 その会話に、カティスは思い当たる節があった。


 魔王九九九式まおうきゅうひゃくきゅうじゅうきゅうしき──『竜の咆哮ディア・ブレス』。魔王カティスが愛用した攻撃系の『紋章術式クレスト・アーツ』。


 強大な魔力を極限まで集束させてビームのように撃ち出す術式であり──貫通力、殲滅力、射程、攻撃速度、燃費、どれを取っても破格の性能を誇り、その威力は一国の魔導師たちの全力を束ねた超魔法をいとも容易く捻じ伏せるほど。


 中でも、最大の特徴は──攻撃と同時に“”こと。魔王カティスが『これなら目立つし、格好良いぞー♪』とノリノリで付け加えた副次効果ふくじこうかであり、名称の由来にもなった特徴である。


「皆、ロヒ・ハウタ大霊峰のがお怒りではないかと戦々恐々せんせんきょうきょうとしておるのじゃ。悪いことは言わん、はよぅ何処かに隠れんしゃい……!!」


(なるほどなるほど──おれの撃った『竜の咆哮ディア・ブレちゅ』に皆、おちょおののいているわけでちゅね……。ふふふっ……、相変わらず人間共はちゅケールが小ちゃいでちゅね……!!)


 カティスの撃った『竜の咆哮ディア・ブレス』にカヴェレの住民たちは恐れをなして、家々にもっている。その事実は──カティスを大いに満足させるのだった。


「ふへ……ふへへへへへ……!!」

「こいつ、フィーネの胸に潰されながら笑ってるし……。さてはスケベだなこいつーー!!」

「もう、スティアちゃんったら嫉妬しないで?」

「なっ/// ち、違うから///」

「うふふ……♪ フオリお婆ちゃん、教えていただきありがとうございます。わたしたちもすぐに宿屋に向かいますね」


 赤面して慌てふためくスティアに満足げな表情かおをすると、フィナンシェはフオリに自分達も宿屋に向かうと言ったが──、


「──今は無理じゃ。街中の冒険者たちが依頼クエストを中断して、こぞって宿屋に群がっておるのじゃ。今宵こよいは宿屋には泊まれんと思うたほうが良い」


 ──と、逆に釘を刺されてしまうのだった。


「えーっ、そんなー!? あたしたち、此処で野宿のじゅくしなくちゃなんないの!?」

「困ったね……どうしようかしら?」


 元々、カヴェレの宿屋に泊まるつもりだったふたりに、『他の当て』なんて二の矢は無い。冒険開始早々、路頭に迷う羽目になり頭を抱えるスティアとフィナンシェ。


 そんなふたりを見かねたのか──、


「なら、家に泊まりんしゃい。女子おなごふたりと幼子おさなごひとりなら、泊めれん事もない」

「えっ……!? 本当ですか、おばさん!?」

「構わん構わん……フォルテッシモさんの野菜は美味いからねぇ……。これはその恩返しじゃよ」

「────/// ありがとうございます、フオリお婆ちゃん♡」


 ──そう言って、フオリは助け舟を出してあげるのだった。



〜〜〜




「お邪魔しまーす」

「こんばんわ~」


 フオリに案内されて、彼女の家に泊めてもらう事になったスティアとフィナンシェはペコリとお辞儀をしてから敷居をまたいだ。


(あー、またこの“瞳”の事で一悶着ひともんちゃくちゅるのも嫌でちゅから、寝たフリでもちておきまちゅか)


(あっ……良かった〜、寝ちゃってるなら瞳を観られる心配しなくて良いよね……)


「あら、お義母かあさん……。そちらの達はフォルテッシモさんの所の……?」

「そうじゃ、偶々街を歩いてる所を見つけてのう……。竜の咆哮の事もあるし、今夜は此処に泊めることにしたわい」


 最初に声を掛けてきたのはエプロン姿の女性。その姿から、恐らくはこの家の家事を切り盛りする主婦だと思われる。


「こんばんは、フィナンシェ=フォルテッシモです。今夜はフオリお婆ちゃんのご厚意こういに預かり、この家でお世話になります」


 そう言って、ローブのすそを左手でつまんで拡げながらフィナンシェは深々と女性に頭を下げる。


「あ、あたしは……スティア、スティア=エンブレムです。今夜は、よ、よろしくお願いします……!!」


 フィナンシェの落ち着きのある上品な振る舞いを観たスティアも負けじと挨拶をするが、動きはぎこちなく──カクカクと絡繰人形のように頭を下げる。


(…………育ちの差が露骨ろこつにでてるでちゅ……)


「うふふ、スティアちゃんにフィナンシェちゃんね。よろしくね、私はアヤって言うわ。……で、その腕に抱いてる子は……?」

「えっと、この子は──わたしと──」


 この家の主婦・アヤにカティスのことをかれたフィナンシェは、そこまで言い掛けて──ふと、スティアの顔色をうかがう。


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 其処そこには、凄まじい形相ぎょうそうでフィナンシェを凝視しているスティアの顔があった。それを観たフィナンシェは急にしどろもどろになりだす。


「────あ〜、この子は…………」


(フィナンシェ……天丼てんどんネタは三回目からはくどいでちゅよ……)


 額からしっとりと汗をかきながら、


「〜〜〜〜〜〜っ!!!」


 スティアの鬼のような形相ぎょうそうにらまれながら、


「え〜〜っと…………」


 フィナンシェが出した答えは──、


「………………わ、わたしの、い、妹で〜す♡」


 ──自分の姉妹だと言い張る事だった。


(……また女扱いちてるでちゅ。まぁ……おれのからだには性別ちぇいべつ概念がいねんは無いからどっちでも良いんでちゅが……)


「そうなの……? 私、てっきりスティアちゃんのご姉妹かと思ちゃったわ。フォルテッシモさんもお盛んなのねぇ♡」

「えへへっ……///」


 何とかその場をしのいだフィナンシェは、ホッと肩を撫で下ろす。そもそも、自分で蒔いた騒動の種なのだが。


 そうして、フィナンシェが照れ笑いで場を誤魔化していると、家の奥から走ってくる音が聞こえてくる。


「婆ちゃーん!! 見てみて、この格好!! 格好いいでしょーー!!」


 現れたのは小さな男の子だった。年齢は8歳前後だろうか──安い布切れで作ったであろう赤いマントと安物のサークレットを着けて、あたかも“勇者”を気取りながら少年は勢い良くフオリに抱きついた。


(……典型的な勇者ゆーちゃの格好をちてまちゅね)


 それを観たカティスは──かつて戦ったとある勇者を思い出していた。


(今ごろは、『魔王カティちゅに敗北ちた勇者ゆーちゃ』とちて語られてることでちゅよね……ふふふっ!)


「おんやまぁ、立派な召し物だねぇ〜」

「うん!! これを着て今度の豊穣祭ほうじょうさいで劇をるんだーー!!」


「もう、豊穣祭はまだまだ先よ? 全く気が早いんだから……」

「でもママ、ぼく早く演りたいんだもん──『』!!」


 その名に、カティスは耳を疑う。


『最後に……もう一度言うぞ。貴様は──此処で死んで逝け! 勇者キリアリア!!』


 それは──かつて魔王カティスが討ち破った勇者の名。自らを“最強”と疑わなかった傲慢ごうまんな男の名。


 薄目うすめを開けて少年の姿を観たカティスは──、


(自らを演じるとは、なんとも奇特な子供がきでちゅね……感心感心かんちんかんちん♪)


 ──と、そんな勇者を演じる少年にカティスは思わず感心してしまう。


「わー、格好いい衣装だね♪」

「────!! あー、おねーちゃんフィナンシェちゃんだー!! こんばんはー!」

「はい、こんばんは♡」

「そっちの貧乳ひんにゅーはスティアちゃん!!」

「──この、くそ……ガキィ〜〜〜〜!!」

「まぁまぁ、スティアちゃん……」


 ぷるぷるとこぶしを震わせるスティアをフィナンシェがなだめていると──、


「うゎははは!!」

「あっ、パパだー!」


 ──家の奥から今度は少年の父親が高笑いと共に現れる。勇者の格好をしている少年とは真逆の──黒いマントと飾り物のをした禍々しい仮装をしている。


 少年のお芝居の練習をしているのだろう。父親はノリノリで演技をしている。


「うははは、俺様は邪悪な魔王──カティスだぞー!!」


(……………………はぁ?)


 その言葉に──カティスはキレる。


「待てー! 邪悪じゃーくな魔王カティスめー! お前は──この正義の勇者ゆーしゃキリアリアがやっつけてやるー!!」


(……………………はぁ!?)


 その言葉に──カティスは激昂キレる。


「くすくす……懐かしいね『勇者キリアリアと魔王カティス』」

「有名なだもんな。あたしも昔、お母さんに絵本を読んでもらったなー」


(……………………はぁぁ!!?)


 その言葉に──カティスは憤怒キレる。


「でも、お墓もあったし──本当に居たのかな? 魔王カティスさんって……?」

「さぁ? いたとしてもでしょ?」


(……………………はぁぁああああああ!!!?)


 その言葉に──カティスは怒髪天もっとキレる。


(ちぇ、1000年ちぇんねんってどー言うことでちゅかぁああああ!!?)


 その真実に、カティスは激しい混乱に襲われる。


 そう──そこは、『魔王カティス』の時代から1000年後の世界。


 吟遊詩人ヴァレヒテリアによってつづられた『勇者キリアリアと魔王カティス』が──おとぎ話、として語られる世界。


 かつての魔王カティスが──生まれ落ちた世界。



〜〜〜


 一方その頃──。


「え゛っ!? 今日、宿屋に泊まれ無いんですの!?」

「申し訳ございません。本日は宿泊希望のお客様が押し寄せてしまいまして……」

「え〜、だから言ったじゃん。念の為に朝のうちに部屋取っておこうって!」

「うぅ、迂闊うかつでしたわ〜!」

「…………はぁ、やれやれ。オヴェラさんはどーすんだ?」


「あっ、オヴェラさん、お帰りなさいませー♪ お部屋のお掃除終わってますよー」

「──ありがとッス! じゃあ、おやすみなさいッス!!」


「あー、ズルいですわーー!? わたくしたちもその部屋に泊めるんですわーー!!?」

「えぇ、男と一緒でも良いのかよ?」

「背に腹は代えられませんわ!! さぁ、オヴェラさん! わたくしたちを泊めてくださいませ!!」


「嫌ッス、だって──あんた、絶対面倒くさいッスもん……!! じゃ、そー言う事で、おやすみなさいッス〜〜」


「あぁ~~、そんな〜〜あんまりですわ〜〜〜〜!」

「あー、今夜は野宿かー」


 宿屋に──少女のなげきの声が響き渡るのであった。

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