魚にまつわる怖い話
武州人也
野鯉
野鯉 一
東京都八王子市在住の佐野さん(仮)が体験した出来事。
***
「久しぶり。元気にしてる? そうそう、すげぇ
先日、メッセージアプリに友人からこのようなメッセージが届いた。そうして誘われるまま、私はその友人宅を訪れた。以降、この友人をAと呼称する。
中学で出会って仲良くなったAは広い庭つきの立派な家に住んでいる。庭には池があって、立派なニシキゴイが何匹も泳いでいた。
就職して以降はあまり連絡を取り合わず、疎遠になりかかっていたのだが、社会人二年目の四月のこと、急に連絡を寄越してきたのである。その内容がこれであった。
日本に住むコイには、大きく分けて二種類ある。日本に古くから住んでいたとされるノゴイ(野鯉)と、明治時代以降に中国やヨーロッパなどからもたらされたヤマトゴイだ。野鯉は生息域が限られ、また警戒心が強く人前にはあまり姿を現さないため、各地の池や河川などで悠然と人目を気にせず泳ぐコイは、ほとんどが外来のヤマトゴイであると考えてよい。
だからもし本当に野鯉を見つけて釣り上げたのであれば、鼻息を荒くして自慢したくなるのも無理はないであろう。
「ホラ、見てみろこれ」
私を庭に通す、Aは満面の笑みを浮かべながら池を指差した。
「……野鯉? そんなんどこにいる?」
「ほらいるじゃん」
Aが指差した池には、どう見てもニシキゴイとしか思えないコイが五匹泳いでいるのみだ。これが野鯉のはずがない。私はすぐさまAの正気を疑った。
「ほら、ここ、泳いでる」
そう言って、Aは池の左の方を指差した。やはり、そこには何もいない……が、ふと、ゆらり、と水槽の水がゆらめいたような気がした。見えていないだけで、そこには何かいるのだろうか……私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
よく見ると、ニシキゴイたちはどれも左側を避けるように泳いでいた。まるで、そこにいる何かを避けるようにして……
気味が悪くなった私は、職場に呼ばれたと偽って帰ろうとした。Aはそれなら仕方ないなと言って、私を送り出してくれた。
門を出る前、私は後ろを振り返って、ちらりと例の池を見やった。
目が、合った。
「――っ!」
池の水面に丸い目だけがあって、こちらをじっと見つめていた。間違いない。何か得体の知れないものが、あの池の中にいる――
私は足早に門を脱け出て、逃げるように帰宅した。家に帰った後も、私の体はぶるぶる震えていた。
――Aが釣ったのは、野鯉なんかじゃない。
その日はずっと、あの目のことが頭から離れず、なかなか寝つけなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます