【6EX-1】久々の休日
「そうか……とりあえずは一件落着っていったところかの」
「ああ。だが、まだ危惧している件がいくつかある。ヴェルダを命令していた
「そうじゃな。一国の主が行方不明な件はどうにかせねばな。桜宮も動いてはいるのだろう?」
「ライオネルの話ではな。だが、手がかりがないと」
「ふむ……」
キサラギとマシロの話を聞きながら、マコトは用意されていた栗羊羹を口にする。
最近収穫された甘い栗が丸々と入ったその羊羹は、昨日マシロが
「(美味しい……)」
口の中に広がる小豆と栗の甘さに幸せな気持ちでいっぱいになっていると、キサラギに呼ばれている事に気付き、慌てて返事する。
「今後についてなんだが……。俺はもう少し上層に残ろうと思っているが、お前はどうする?」
「わ、私もキサラギと同じく残りたい」
そう返すと、キサラギは「分かった」と言って湯呑みを手にする。すると、マシロがぽつりと呟いた。
「所で二人はいつ祝言をあげるのじゃ?」
「えっ⁉︎」
マコトが素っ頓狂な声を上げ、キサラギは緑茶が気道に入ったのかむせて咳き込む。
「そ、そそんな……しゅ、祝言だなんて……!」
「? あの時の神からはそんな仲だって聞いてはいたが」
「ひ、否定はしないが! だがまだそんな……ってか、あの野郎、余計な事喋りやがって!」
ここに来た際にスターチスが来たとマシロから聞いてはいたが、まさかそんな事を話していたとは。
顔を真っ赤にしたりと動揺する二人に、マシロは「若いのう」と言って緑茶を飲む。
「まあでも、後々一国の主になるのじゃろう? お前の歳だとそういった話が入ってきても不思議じゃなかろう」
「うっ……」
「下層の文化がこちらと同じとは限らぬが、周りに急かされるんじゃないか?」
「……」
キサラギはゆっくりと湯呑みを台に置く。
何とも言えない気まずい空気が流れる中、キサラギはマコトを見る。
「……いつがいい?」
「ふぇっ⁉︎」
キサラギに訊かれ、マコトは肩を跳ね上げる。耳まで真っ赤になり混乱する彼女に、キサラギも恥ずかしそうに続ける。
「い、今すぐには無理だってわかっている。……それに、お前の家にも挨拶は行っていないし、その、家の事もあるしな」
「ま、待って……!」
「ああ、待つ。祝言はな!」
「それもだが! それよりも、キサラギはも、もしかして私の事好きなのか⁉︎」
「はっ⁉︎ 今更それ聞くか⁉︎」
もはや収拾はつけられそうになかった。だが、面白い。そうマシロは思いながら、騒ぎ慌てる二人の様子を眺めていた。
目の前に残されていた最後の一切れの栗羊羹を口にすると、まだ物足りなく感じたマシロは、二人に声を掛けた。
「そういやスターチスから葡萄貰ったのだが、食べるか?」
「「食べる‼︎」」
「そうか。なら持ってくる」
二人の返事に危うく吹き出し笑いしそうになるが、マシロは立ち上がると二人を残して台所へと向かった。
※※※
場所は変わって、遠く離れた
フィンから切り落とされた右腕は、やはり神の血をひいているからか、すっかり生えて元の状態に戻っており、生活にも困っていない。
「(今回ばかりはどうかと思ったが、案外どうにかなるもんだな)」
右手を握ったり開いたりしていると、シルヴィアがオーブンからクッキーを持ってくる。
「おっ、美味そうだな」
「ふふ。ありがとうございます」
バターやココアの香ばしい香りが部屋に漂う。フェンリルの正面にいたルディも、クッキーを目にして頬が緩んだ。
「じゃあ、私は紅茶を持ってくる」
「はい。お願いします。ルディさん」
椅子から立ち上がりルディが離れると、フェンリルの様子に気づいたシルヴィアは首を傾げて訊ねた。
「まだ、傷痛みますか?」
「いや、もう痛みはないんだが……こうして何ともなく治るから不思議に思ってな」
「タルタさんも驚いていましたよね」
「ああ」
グレンと共に重傷だったフェンリルを見てタルタは驚いていたが、フィルの応急手当もあり怪我はすぐに治った。
グレンはああ見えてただの人間な為、しばらく桜宮で療養していたが、最近になって旅に出たという。
「そういえば、シアスさんの所に同居人が出来たって言ってましたね」
「同居人?」
「ああ、あのドッペルゲンガー兵か」
ルディが不機嫌そうな表情で呟く。
麓の村でシルヴィアを攫い、傷をつけた事もあってルディとフェンリルは内心複雑ではあったものの、何だかんだ文句を言いながらも上手く暮らしているらしい。
「居場所がないからと聞いたが、多分アイツの事だ。それだけじゃない気がするんだよな……」
「……」
経歴はよく分からないが、事情があってずっと麓の村に暮らしていたシアスは、用心棒としても村の人々に信頼されていた。
そんな常に警戒を怠らない彼女が、あのレオンを連れてきたという事は、何か理由があるのだろう。
「シルヴィア。レオンには気をつけるんだよ」
「え、あ、はい……」
「何かあったらすぐに呼びなさい」
「は、はい……あ、でも私魔術使えますし」
「それでも呼びなさい」
「……はい」
ルディに気圧されて、シルヴィアはコクコクと何度も頷く。
二人のやりとりにフェンリルは苦笑いすると、ふと外から気配を感じて縦長い獣耳を向ける。ルディも気付き、「誰だ」と呟くと声が聞こえた。
「フェンリル、ちょっといい?」
「……スターチスか?」
珍しい来客に、フェンリルが扉を開ける。そこにいたスターチスの頭には鳥の羽が沢山絡まっていた。
「はいお土産。とれたて新鮮なものをどうぞ」
「あ、ご丁寧にどうも……」
脚を掴まれ逆さまになったガチョウを渡され、フェンリルは恐る恐る受け取る。まだ生きていた。
後ろにいたルディに目で訴えると、ため息をついて頷いた。
「と、とりあえず中に入れよ。寒いだろ?」
「ん、いいの? じゃあお邪魔します」
スターチスを中に招き入れ、ガチョウをルディに渡す。そのガチョウを持ってルディは外に出るのを見送った後、シルヴィアがスターチスの為に紅茶を用意する。
フェンリルも正面の椅子に座り、改めて向き合うとスターチスは息を吐いて話し始めた。
「その……今回来たのはトトの件もあるんだけど、お前の出生に関わる事もちょっとね」
「出生?」
「ま、それは置いといて。まずはトトの件なんだけど、ヴェルダの奴らはこの件に関わっていないとさ」
「……そうか」
フェンリルは肩を落とす。だが、話には続きがあった。
「ヴェルダの奴らは関わっていない。けれども、トトを襲った奴らの正体は分かってる」
「! ……それは一体どこの⁉︎」
「クリアスタル。魔鏡守神が後ろ盾に付いてる」
「魔鏡守神……?」
何故そこで領域神が。フェンリルが疑問に思っていると、紅茶を口に含んだスターチスが「その前に」と、フェンリルに訊ねる。
「お前って、母親の記憶ってどこまである?」
「え……? あ、あ。母さんか?」
フェンリルは戸惑いつつも、少しずつ記憶に残る母親を思い出して口にする。
プラチナブロンドの髪に、蜂蜜色の綺麗な瞳。狼の半獣人ではあったが、普段は人の姿をしていた。
「すごく、綺麗な人だった。けど、時折寂しそうな顔をしていたな」
「寂しそう、か」
「……何か知ってるのか?」
「まあね。彼女はちょっと特別な子だったから」
スターチスはフェンリルの隣に立つシルヴィアを見ると、「あの子も彼女みたいな髪型してたな」と呟く。
「お前の母親も、トトも、あの男の仕業で苦しめられた。トトの場合は祖先絡みだけど、あの子の場合は……」
「?」
「……その、言っていいのか分からないけど、お前の父親は魔鏡守神なんだよ」
部屋の中が静まる。しばらくして口を開いたのは、フェンリルの方だった。
「魔鏡守神が……父親?」
「そう。そして外にいるルディもね」
母親は違うが、ルディも父親は魔鏡守神である。
「ルディは、兄弟ならば紅い石を持っていると言っていた。……スターチス、その紅い石を持っている兄弟って」
「兄弟全員、魔鏡守神が父親だよ。ざっと調べても二十人以上はいる」
「二十人……」
愕然として、下を向くと右目に手を当てる。
幼い頃から母親とはちがう空色の瞳を無意識に嫌ってはいたが、成る程そういう事かと理解する。
「フェンリルさん」
心配したシルヴィアが声を掛ける。フェンリルは息を吐いて、「それで」とスターチスに言った。
「アイツは……魔鏡守神は、他の女が出来たから、母さん捨てたのかよ。母さん、重い病にかかって、辛そうだったのに……あの身体で……」
「フェンリル」
過去の記憶をフェンリルは思い出す。
寒いのは平気なフェンリルが、唯一寒くて、凍えたあの日。母親が幼いフェンリルを暖めようと、抱きしめたまま息絶えたあの瞬間が、はっきりと頭に浮かぶ。
体温や胸の鼓動が無くなり、血の気も失せて、名前を呼んでも返事をしてくれなかった。
「……フェンリル」
スターチスがもう一度呼ぶと、泣きそうな顔でフェンリルは顔を上げる。
「ごめん、フェンリル。突然、こんな話をして」
「……いや、すまん。こちらこそ取り乱した」
目を逸らしながらも謝るフェンリルに、スターチスは困ったように笑う。
気持ちを切り替えようと、一度深く呼吸をした後、フェンリルはスターチスを見ると、会話が続けられる。
「とにかく、その魔鏡守神が何もかも関わっているって事は分かった。それで……俺はどうすればいい?」
フェンリルの問いに、スターチスは右手に付けていた腕輪から、一枚の紙を取り出すと、それをフェンリルに差し出す。
「これを、フェンリルに探してきてもらいたいんだ」
「剣……?」
真っ白な細剣に金色の月装飾の絵。そして更に差し出したのは地図であった。だが、
「かつてお前の母親……コハク・ルブトーブランが使っていた神器。ルーポ・ルーナを手に入れてきてほしい」
「ルーポ・ルーナ?」
聞き慣れない名前の剣に、フェンリルと一緒に、話を聞いていたシルヴィアも小首を傾げた。
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