【5-11】雨の中、雷の後

 ゴウゴウと音が屋敷に響く。あまりにも多い雨量に雨どいも耐えきれなくなり雨水が溢れ出していた。

 

「スターチス! 何か方法はないのか⁉︎」


 腕で雨を防ぎながらキサラギはスターチスに大声で聞くと、スターチスも同じく声を上げて返した。


「川の神の力を抑える為にも戦うしかないね!」

「そりゃそうだが、戦うって言ってもこれじゃ埒があかないぞ!」

「キサラギの言う通りだ! せめて、地上……に……」


 言いかけた後、ハッと何かを思い出したのかフェンリルは真っ白な空を見上げる。


「ここには大量の水がある……。だったら」

「?」


 風がより吹き荒れる。フェンリルはスターチスを抱えたまま手を空高く突き出すと、周りの大きな雨粒が凍って天に向かって飛んでいった。

 雨に逆らって飛行する氷に雨水が触れて大きくなりながら、やがて雨雲に入る。雨雲の中の氷晶と放たれた大粒の氷がぶつかった事で、雲の中の静電気が沢山発生して集まると、巨大な光は容赦なく空の上にいるマンサクとキュウ目掛けて落雷した。

 あまりの音の大きさにマコトは耳を押さえ、キサラギは硬直する。


「っ、またかよ……」


 前にライオネルと共に雷に打たれたり、フェンリルとグレンとの戦闘で雷を真近で見ているだけに、呆れた様子でキサラギが呟くが、その後白い空から二人が降ってくるのが見えてくると、キサラギ達は急いで真下に向かった。

 マンサクは途中で目が覚めた様で屋敷近くに着地した様だが、キュウはそのまま地面まで落ちていく。屋根に上がったキサラギが濡れた瓦に足を取られながらも駆け寄る。……が。


「(くそ、間に合わない……!)」


 すぐそこまで来ていたキュウに向かって、キサラギは滑る様に前に飛び出した。ケラバから乗り出し、ガラガラと瓦が崩れる。腕が傷つくが、それでも厭わずキュウの腕を掴み、何とか地面に直撃するのを阻止した。しかしキサラギの身体は徐々にキュウの重さや濡れた瓦などで滑り落ちていく。

 同時に胸の傷が痛み、顔を顰めながらもキュウを引き上げようと力を振り絞ると、横からマコトも腕を伸ばしキュウの腕を掴む。


「マコト……!」

「一緒に引き上げるぞ……!」


 そう言って二人で引っ張ると、フェンリルも駆け寄りキサラギの身体を片手で支えながら一緒にキュウを引き上げる。

 キュウは雷撃によって気を失ってはいたが、姿は普段の人の姿に戻っており、天候も少しずつ落ち着いてきた。雲も離れるように広がり、薄明光線が地上に降り注ぐ。

 

「結局、ライオネルはどこに行ったんだ」

「さあな。だがアイツじゃないと封印できないよな」

「封印、か」


 マコトは表情を曇らせると、屋根の上で寝かされているキュウを見下ろす。


「何故キュウ様はヴェルダに入ったのだろうか」

「さあな。ただ」

「……ただ?」


 キサラギは静かに眠るキュウを見つめると、目を伏せて言った。


「コイツも必死だったんだよな。俺の事も、朝霧あさぎり家や他の家の事も」

「……」


 マコトは何も言わずにキサラギの言ったことに頷く。それをスターチスは屋根の下で聞いていた。

 川の神という立場上、助けるのと同時に自分の意思に関係なく命を奪ったりと、良くも悪くも多数の命と関わって生きていかなきゃいけない。きっとその苦労は計り知れないものだろう。

 だからこそスターチスは思ってしまった。「仕方がない」と割り切ればそんなに悩まなくても済むのに。と。


「(人間に近いと皆そうなってしまうのかな……)」


 そんな事を考えている自分も、多分そうなんだろうけど。

 柱に身を預けて目を閉じると、スターチスは「面倒だな」と蚊の鳴くような声で言った。



※※※



 キュウと戦っている最中に雷に直撃したマンサクは、朝霧の屋敷から少し離れた場所に着地すると、痺れが残る手を開いては閉じたりしていた。

 戦闘は中断し天候が回復したとはいえ、神域の問題はまだ解決したわけではない。


「(あの神を堕として操る方法を考えていたが、あの様子だとしばらくは目覚めないだろうな)」


 次の手を。そうマンサクは考えてぬかるんだ草原を歩いていると、急に足を取られ躓きそうになる。


「……」


 足元を見れば、魔法陣があちらこちらに張ってある。それによって足が動かせなくなっていたが、マンサクは特に驚く事もなく、足元から霊力を流し込み魔法陣を無力化させた。

 場合によっては魔術は霊術に効かない。それを知らない訳ではないだろうに、それでもあえて仕掛けたのは恐らくどうにかしたいという気持ちと意地だったのだろう。

 マンサクは口角を上げ「無意味だと分かっているだろう」と嘲笑うと、ライオネルは「そうだね」と呟く。


「でも、魔術だけが俺の武器じゃないからさ」


 腰のベルトにある鞘から短剣を抜くと、剣先をマンサクに向ける。


「それに、あんなに派手に雷に打たれて落下してきたんだ。後々キサラギ達も来るだろうさ」

「……それで、貴様は時間稼ぎという所か」

「ま、そんな所だね」


 ライオネルはそう言って笑みを浮かべる。だが、内心ではかなり警戒していた。

 魔術が効かない上に、相手の素性がよく分からない。その上、以前聞いたウォレスの件もある。


「(朝霧家当主の偽者の男も言っていたけど……ヴェルダだけに仕えているとは限らないだろうし)」


 しばしの睨み合いの後、先に攻撃を仕掛けたのはライオネルだった。

 魔術を封じられた時や、効かない時の為に身体も鍛えていたが、すぐにマンサクによってあの赤黒い刃が飛ばされると、辛うじて避けては隙を狙って近づくのを繰り返す。

 しかし近づいた所で中々傷を負わす事が出来ず、少しずつライオネルの息が上がってくる。


「(そう簡単にはいかないよな)」


 時間稼ぎなのだから、無理に傷を負わせなくても良いのは分かっている。だが、気を抜いてしまえばやられる可能性がある為、時間が経つのが長く感じた。

 掠って傷ついた頰の血を親指で拭いながら、マンサクを見つめてタイミングをはかっていると、足音が聞こえてライオネルは振り向く。


「キサラギ! って、うわ⁉︎」


 飛んできた聖切ひじりぎりに声を上げて飛び避けると、マンサクも驚き後ろに退がる。その直後、正面から脇差を構えたキサラギが突進してくる。

 

「一度ならず、二度もやられると思うなよ……!」

「っ……!」


 脇差を素手で止められ、そのまま押し返される。だが、すぐ側の地面に刺さっていた聖切を手にすると、再び接近する。

 マンサクはそんなキサラギを迎え撃とうと、右手に闇を集めて刃を生成し、心臓目掛けて突き出した。


「っ、させるかよ‼︎」

「何⁉︎」


 マンサクの背後から現れたフェンリルによって、右腕が押さえ込まれる。そして首筋にぴたりと聖切があてがわれると、辺りが静まりかえる。

 

「(この男、確かに強い。……だが)」


 マンサクはくつくつと喉を鳴らす。その様子にキサラギ達は不審気に見ると、息を吐いてマンサクは表情を一変させて「舐めているのか」と低い声で言った。


「何?」


 キサラギは睨むが、少し間を置いたその時身体が後方に吹き飛ばされる。フェンリルとライオネルがキサラギの名を呼ぶが、フェンリルも刃で腕に深傷ふかでを負い地面に叩きつけられる。

 マンサクはジロリとキサラギを見ると、力を強めながら歩み寄ってきては胸ぐらを掴み持ち上げた。


「っ、キサラギ‼︎」


 後から来たマコトが助けに行こうと駆け出すが、ライオネルが止める。


「ライオネルさん! なんで!」

「マコトちゃんはここで待ってて。俺が行くから」

「で、でも……!」

「大丈夫。キサラギとフェンリル助けに行くだけだから」


 そんなやりとりを他所に、マンサクはキサラギに言う。「何故止めを刺さないのか」と。


「まさか貴様、今まで命を奪った事がないとかいうんじゃないだろうな?」

「っ、ぐ……うるせえ、それが、なんだ……!」

「……」


 マンサクの目がより鋭くなると、キサラギを地面に投げ落とす。その前にライオネルが受け止める形で共に地面に倒れるが、マンサクは容赦なく刃をキサラギ達に放つと、ライオネルが庇うようにキサラギを守った。

 攻撃によって掘り上げられた土砂が散った後、額や肩などから流血しながらもライオネルが顔を上げる。


「っ、」


 次々と傷だらけになるキサラギ達。このままではいけない。そう思ったマコトは意を決して、キサラギとライオネルの前に走ると両手を広げて立つ。

 その姿にライオネルは目を見開き、「マコトちゃん!」と声を荒らげるが、マコトはマンサクを見たまま動かない。


「武器を持たずに盾となるか。フッ、愚かな自己犠牲だな」

「何を言われても、私は彼を守る」


 今度こそ。絶対に。

 微かに震える脚に力を入れて精一杯睨み返すと、マンサクは深く息を吐いて手を差し出す。

 フェンリルが傷を押さえながらも止めようと地面を踏み出すが時すでに遅く、刃がマコト目掛けて襲いかかる。


「っ!」


 バシュ。音を立ててマコトの左頬と耳を擦り、切れた長い髪がハラハラと舞う。傷を負っても目を離さないマコトに、マンサクは腕を下ろした。


「……ツイーディア」

「え……」


 まるで誰かを重ねたかのようにマンサクの目が一瞬悲し気に映ると、そのまま姿を消していなくなってしまう。

 呆然としていたが、気が抜けたのかマコトがへたり込むと、ライオネルが「大丈夫?」と心配そうに声を掛けた。


「大丈夫……です。けど、キサラギ……は」

「気を失ってるけど、息はちゃんとしてる。だから大丈夫。……それにしても、助かったよマコトちゃん。ありがとう」


 てっきり叱られると思ったが、お礼を言われて目を丸くする。だが頬と耳の痛みに表情を歪め、手で触れると思ったよりも深く傷付いている事が分かる。

 その傷にライオネルも気付くと、手をかざして魔術で癒した。


「ごめん、綺麗に癒えるか分からないけど……」

「いえ。ありがとうございます」


 お礼を言った後、三人の元にフェンリルもやってくるとマコトの頭を撫でて「良くやった」と微笑して言った。

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