【1-11】昔の話
約十三年前。
その異常気象のせいで作物が育たず、食糧難となった事で各地で争いが激化。次第に国同士での争いになり、『フィンブルヴェト戦争』が始まった。
ちなみにこの異常気象の原因はある半神の男の力らしいが、彼は後に魔術師の男によって一時的にだが封じられたという。
そんな事もあってか、低温が続いていた魔鏡領域は徐々に気温が元に戻り、二年ぶりに春が戻ってきた。
同時に戦争も一旦終わり、草花や作物も育ち始めた。
だが、その光景を見て面白くないと再び領域に戦火を放った者達がいた。
「(元々荒地にあるオアシスにとって、周辺国が力を取り戻すのは面白くなかっただろうな)」
ジークヴァルトはそう思い返しながら、キサラギに語る。戦争があったという話は知りつつも、きっとどんなものかは知らないだろうからと。
キサラギは静かに聞いていたが、オアシスという国に微かに反応を示していた。
「あの、ライオネルって奴がいた国は……悪い国だったのか?」
「いや、悪い国ではなかったさ。フィンブルヴェト戦争までは」
今はラピスラの地になっているが、魔鏡領域の北部にある
狙いは大量に埋まる魔石。……そして、あくまで噂でしかないが神々が隠す高度技術の眠る『墓』。
噂程度だから本当にあるかどうかも分からないが、オアシス王はその話を信じて、グラスティアと戦争を始めた。
「気がつけばオアシスだけでなく、各国その墓とやらに頭いっぱいになってグラスティアを狙った。それはもう……酷かったさ」
グラスティアには竜人や翼人、そして半獣人の祖先と言われる獣人が住んでいた。
彼らは攻め入る国々の兵士達と戦い、必死に自分の国や家族と守り続けた。
頑張ったらいつか終わるだろう。そう思っただろうが、多勢に無勢だった。
城は壊されグラスティアの人々は虐殺され、奴隷として捕らえられ各地の国で働かされた。
「……」
キサラギは黙ったまま手に力が入る。やっぱりライオネルは悪い奴じゃないかとそう思っていたが、話には続きがあるようで、怒りを何とか鎮めて話を聞いた。
「流石にこれはおかしいと思う奴らも少なくなかった。お前の追っているオアシスの二柱のあいつもな、一度忠告したらしいんだがかなり絞られたと聞いた」
「絞られた?」
「そうだ。専属魔術師だからな」
「専属、魔術師……?」
首を傾げて呟くキサラギに、ジークヴァルトは苦笑して「知らないよな」と言った後、説明してくれた。
専属魔術師とはその名の通り、専属の魔術師の事である。
魔術といっても、一般的な攻撃や補助魔術から、魔術を使った医術。更には、芸術に特化した魔術などといったように、多種多様な専門魔術があるのだが、国によっては魔術師を参謀として契約する場合も多い。
国の専属魔術師は魔術師の憧れの職業だ。高給料で名も知れ渡り、師匠がいれば師匠にもその恩恵が与えられる。
しかし、同時に参謀としての責任だったり、国からの命令に逆らう事も出来ず、場合によっては暗殺などで命を落とす事も多い危険な職業でもあった。
「一度なったら大半は二度と抜けられない。国の専属魔術師っていうもんはある意味首輪や手綱みたいなものだと思う」
「なら、ライオネルは」
「絞られはしたが、辛うじて首の皮一枚繋がったって感じじゃないか? だが、彼の忠告さえ聞いていればオアシスは滅びなかっただろうが」
『ラグナログ戦争』という名前のついた戦争の影響はやがて魔鏡領域内に止まらず、
聖園領域の神々は魔鏡領域の異様な光景に危惧はしていたものの、ある一人の女性魔術師の告発によって、流石に看過できなくなった。
「聖園領域には『鬼』と呼ばれる人々がいたらしいな。暗殺に関してかなり手慣れたものだと」
「暗殺……鬼……」
素早い動きで気付かない内に暗殺するというこの技を使い、聖園の守り神によって命令された彼らは二柱がいない間に、オアシスを狙った。
攻め入られた事のないオアシスは突如現れた鬼達になす術もなく、城を落とされてしまう。
それを見た各国も侵攻をやめ、強制的にだが戦争が終わった。
それにしても何故オアシスが狙われたのかというと、真っ先にグラスティアに侵攻し一番目立っていたからという理由らしい。
「その後、アイツは」
「報告だと、当時は行方不明扱いだった。ただ、数年後。ヴェルダから聖園領域のある国によって助けだされたというのは聞いている」
命令によって領域を越えて活動する組織は、今まで鬼ばかりだった。
その鬼達に何故命令しなかったのか。それは何となくだがキサラギは察した。
「(まさかとは思うが……)」
鬼。そのままで読むと「おに」だが、鬼には別の読み方もあった。それは「きさらぎ」。
ふとかつてマシロに聞いた事も思い出す。以前何故自分の名前をキサラギにしたのかと聞いた時、マシロはなんて言っただろうか。
『いつか鍵になるかもしれんからの』
『鍵?』
『まあ強いて言えば、お主の大事にしていたものじゃよ』
「(もし、マシロが言っていたその鍵というのがこの鬼だとしたら、ライオネルは)」
キサラギの表情を見て気付いたのか、ジークヴァルトは「キサラギ」と名前を呼んで言った。
「今、ライオネルはオアシスの復讐の為に村を襲ったんじゃないかって思っただろ」
「!」
図星だったようで、キサラギは驚いてジークヴァルトを見つめる。
その様子にジークヴァルトは吹くと「分からなくもないけどな」と言った。
「ま、その可能性がないわけでもない。ただ、本当の理由なんて本人以外には分からないだろうな」
葡萄酒をグラスに注ぎながら、ジークヴァルトは言う。かなり飲んでいるようで、暗い中でも微かに顔は赤く見えた。
「そんなに気になるならば、会って話したらどうだ?」
「なっ⁉︎ 話してどうしろと⁉︎」
「どうしろって、そりゃ、こうやってさ……」
「……」
呆れた様にキサラギはジークヴァルトを見る。
そして仇と酒を酌み交わすなんて聞いた事がないと呟けば、ジークヴァルトはケラケラと笑った。
「事情が事情なだけに、いきなり刃を交わすっていうのも止めはしないがな。けれども理由を知りたいなら本人に聞くしかないだろ?」
「……ああ」
渋々キサラギは頷く。
ジークヴァルトはキサラギの持つグラスに葡萄酒を注ぐと、自らのグラスに入った葡萄酒を口にした。
※※※
「はぁ、気まずい」
「れ、レン……」
「いや、隠してたのは悪かったけど……」
まさかあんなに怒るなんてとレンはため息をつきながら、料理を口にする。
マコトはそんなレンになんて声を掛けるべきか迷っていると、イルマが二人の前に料理を置く。魚や果物などが彩り良く盛られた豪華な料理だった。
二人の様子に「いかがなされましたか?」とイルマは心配そうに訊ねると、マコトが「仲間内でちょっと」と言う。
レンはナイフとフォークを下ろして話し出す。
「実はあたし、
「え? お、王女様、ですか?」
「はい……皆と訳あって旅してるんですけど、その色々と事情があって今までバラせなくて……」
「そ、そうだったんですか。国の守秘義務的な何かですか?」
「いやそこまで重いものじゃないんですけど……黙って抜け出してきてるので」
レンの言葉にイルマは言葉を失った。同時にマコトの隣にいたカイルも固まっていた。
そんな二人にレンは「だって夢があったんだもん」と言う。
「皆を笑顔にするって……夢があって」
「成る程。それでですか」
「う、うん。……って、イルマさんなんか怒ってない?」
「怒っているというよりは、呆れてますね。従者としての立場なら尚更。まさか黙って抜け出してるなんて」
シルバートレイを握りながら、笑顔でレンを見つめる。だがその目は笑っていなかった。
「確かに人生は一度きり。折角持った夢を叶えるなと言いたいわけではありません。……ですが、貴方を大事にしている人達の気持ちを蔑ろにしてはいけません」
「は、はい……すみません」
「でも。レン様の夢はとても素敵だと思いますよ。もし宜しかったら私も願わせていただけませんか?」
「いつかまた心の底から笑えるように。と」イルマの言葉にレンは目を開き、そして立ち上がると大きく頷いて「是非!」と言った。
「皆を笑顔に……。それがレンさんの夢なんですね」
「ああ。とても素敵な夢だと思う」
カイルとマコトもそれぞれ笑みを浮かべると、それを見てレンの表情がより明るくなった。
すると、ジークヴァルトと一緒にキサラギが戻ってくる。それに気付いたレンの表情がまた硬くなる。
「キ、キサラギ……」
「どうした?」
「あ、あの。えっと。日中の事なんだけど」
「? ……ああ、隠していた事か」
キサラギは「その事は別に気にしていないぞ」と呟くと、レンはぽかんとしたままキサラギを見つめる。
「どうした? そんな見つめて」
「いや……、ごめん勘違いしてた」
「勘違い? 何がだ」
「だって、日中ずっと不機嫌だったし」
「不機嫌?」
少し間を開けた後「あれか」と思い出して、ため息混じりにキサラギは話す。
「ちょっと桜宮に色々思う所があったんだ。ただ、それだけ」
とは言うもののレンに関係ないとは言えない。だが、何て言えばいいのか迷っていると、レンが「まあいいや」と言う。
「多分言い出しにくい事、なんだよね。だったら無理には聞かない。ごめんね」
「いや、謝るのは俺の方だ。気負わせてすまなかったな」
そうキサラギが謝るとレンは笑って「大丈夫だよ」と言った。
「でもその代わり、話せる時は話してね」
「……ああ」
話せる時は。キサラギは目を一瞬逸らした後頷いた。
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