第28話

「ええと……」


「弟子ならいりません」


「ぐ……で、では雇ってくれませんか?」


「雇っているじゃないの」


「そ、そうなんですが、今までとは違う形で…そうっ!執事見習いとして雇ってくれませんか?」


 彼女の眉間にシワが浮き上がった。


「お前が?」


「はい、そして、これは少し先になると思いますが、懸命に練習してオリビエ様をお守り出来るくらい強くなってみせます」


「!、この私をっ??」


「もちろんっ、オリビエ様が誰の助けも必要無いくらい強いのは知ってます。それでもこの前の野党の一件みたいな事があるわけですよね?そういう露払いもあるわけですよね?だったらオレがやります、身の回りのお世話をしながらオリビエ様をお守りします」


 誰が聞いても勝手な売り込み、押し売りにしか聞こえない。まったくもって出来の悪いセールスであるっ……普通ならば。


「なぜ?」


「!、あ……そうです、よね。すいません、取り繕うつもりは無かったんです」


 彼女には無意味である。見栄を張ってかっこつけることも、内心では頼っておいて不甲斐なさを隠そうとすることも……


「オレは今もって厄介なヤツに目を付けられています。そいつは出会うたびに殺し合おう、そんなことを言うヤツです。そのためにホリーを養子に出さなきゃいけなくなったし、まわりの人達にも迷惑をかけるかもしれない。オレがそいつに殺されれば決着はつくけど、正直あんな人間に殺されるのはイヤです」


「それで……?」


「オレには強さが必要です。暴力は自分で身に付けられるかもしれない、けど、ただ力を奮うだけならアイツらと一緒になってしまう、そんな気がしたんです。奮うべき時を見誤らない強さ、それはオリビエ様の側なら学べると思いました」


 ダネルはオリビエのナイフを差し出してテーブルに置いた。


「オリビエ様はこれをオレに放って、どう使うかを問いました。これは人も殺せる道具ですが結局人を殺すのは人自身です、ナイフや剣じゃない。だからオレはこれを大切なものやオリビエ様を守る道具として使いたいです、粗末な食事でいいです、給金もいりません、教えてもらう代わりに身の回りのお世話をします。だからオレを……雇ってもらえませんか?」


 静かに聞いていたオリビエはテーブルに置かれたナイフを取り上げると、


「まったく、良いナイフだったのにこんなにキズだらけにして……」


「はい、すいません。でもオレ自身、このナイフに守られました」


 オリビエが爪でナイフを弾くと、キンと澄んだ音がした。


「大丈夫ね、磨けば元どおりになる」


「よかった……」


 オリビエはナイフを置くと真面目な顔でダネルに問うた。


「お前は、私を守ると言ったけれど、私の敵は人間ばかりでは無い。時として私の同族、お前達が『魔女』と呼ぶ悪魔を相手にしなければならないのよ?その戦いで人の身であるお前が生き残れる確率はとても低いでしょうね?」


「いえ、生き残ります」


「それに私のそばにいるという事は人間らしい生き方を諦めるという事かもしれない。私はきっと、お前が納得出来ないことを命令するわよ?」


「何を言ってるんですか?オリビエ様は誰よりも人間らしいじゃないですか!」


 オリビエが吐いたのは呆れたため息、ただの人間が自分の正体を知った上でここまで踏み込んできた者はいない。


 信奉され人間を従えていたのは記憶にはあるが自分の師の時代の話しである。


 今までダネルを放置しておいて今さらリスクを考える気は無いが、さすがのエルセーも少し戸惑っていた。


 でも正直使用人は欲しい……


「お前が私のそばで10年生き延びることが出来れば、確かに人を越えた強さを得るかもしれない。でもまともな人生では無いし、きっとその男から隠れて暮らしていた方が余程マシな人生だと思うわよ?」


「んん、もう…まともな人生がどんなものなのかなんて、分からなくなりました……とにかく迷う生き方はしたく無い、後悔もしたくないんです」


「迷って戸惑うのが人生だと言うのに、贅沢…いいえ、傲慢ね。お前が人間らしさに憧れるのは無いものねだりなのかしら?」


「?!っ、そう…かもしれません……」


 自分でも気づかなかった埋没していた本質を掘り起こされたようでオリビエの言葉を否定することが出来なかった。


「それにしても、なんでいちいち面倒を持ち込むのですかっお前は……?こんなに私に無遠慮なのはお前くらいですよ……人間ではっ!ほら、早くお茶をお飲みなさい!」


「あ!すいませんっはい……」


(んぐ…っ?!こ、これは…っ!にがい?えぐい??こ、濃ゆい……)


 針地獄を耐えきったと思ったら何とも飲み下しにくいお茶が待っていた。


「お前の身体だったら一杯ね、摂りすぎると後で吐くことになるから」


「よ…よかったです……」


「明日からはそれを倍に薄めたものを、3日後からは更に倍に薄めたものをお飲みなさい。作り方は後で教えます」


 ダネルは思わず持っていたカップを忘れて落としそうになる。


「それ…おっと!それってつまり……っ?」


「いつまで続くものか、見てあげましょう。それと、何かあっても私が助けてくれるとは思わないことです」


「とか言って今日だって助けてくれたじゃないですか?だからオレは、その恩を返したいとも思ったんです」


 オリビエはダネルを見下ろす様にアゴを上げると、


「この私が…?何のことです?」


 そんなふうにとぼけるオリビエの姿が、ダネルにとってはすっかり『クセ』になっていた。


「そうですね……オレの勘違いでした」


「私の執事を名乗りたいのならまずは、言葉づかいと礼儀を覚えなさい」


「はい」


 そしてダネルの『執事見習い』の修行はすぐに始まった。


「それからこれからは、そう……『リード』と名乗りなさい」


「リード……」


「ただ執事としてはファミリーネームもないと不便ねえ……まあそれは好きに名乗りなさいな」


 しかし早くも面倒くさがりが顔を出す。


「それじゃあ…『スチュアート』でお願いします」


「『スチュアート』?名前まで執事を主張するつもり?勉強していたのは褒めてあげるけど、一体どこで覚えてきたのやら……」


 その名は『ステュワード(Steward)』つまり『執事』そのものを意味していた。


「では、リード・スチュアート、お前は生き残るために一日も早く強くならねばならない」


「はい」


「そして私の同族相手に勝つ、あるいは生き残れるだけの強さを求めるのなら……両手に武器を持ちなさい」


 そしてダネルを導くために、少しでも未来を紡いでいくための訓導が時間を惜しんで始まった。


「両手に、ですか?」


「そう……丁度背中に隠せるくらいの短剣がいいでしょう。それを自在に操れるように、力で振るのではなく技で疾らせることが出来るように訓練なさい」


「双剣……分かりましたっ」


「それから…………


 これもまた面白い……強く、賢く、十分に資質を感じさせる若者を思うように造り上げる。それは自分の甘さへの言い訳かもしれないが、常に持て余していた時間の気晴らしが出来た。それに何でも押しつけられる使用人が手に入った。


 そして数少ない信頼に値する同朋を得た。





 数年後……


「リードっ」


「はい……」


 ダネルはエルセーの執事リードとして、強さと高潔さを兼ね備えた男に成長していた。


 見違えた身なりは執事服の様に白と黒を基調としているが、ゆったりとしていてシンプルすぎるスーツは動くことを犠牲にしないよう考えられている。


「暖かくなったらこの家を引き払います、覚えておいて」


「はい、では少しずつ支度をしておきます、『エルセー様』」


 軽い会釈で下がろうとするリードをエルセーは呼び止めた。


「ダネル……」


「え?!」


 『リード』はハッとした。名前を貰ってからもからかうようにその名で呼ばれることがあった。が、今の呼びかけは茶化しているようには聞こえなかった。


「休暇をあげるからあの娘の様子を見に行ってきなさい」


「!」


 ホリーはダネルの望み通りにハクルートの娘となった。彼女を騙すように置き去りにして遠くの地へ追いやって以来、ホリーの姿を自分の目では見ていなかった。


「いえ……ホリーはハクルートさんの仕事にくっついてたまにバリルリアに里帰りしているようです。その様子はベシーさんに聞いていますから心配はしていません。むしろ放っておくと心配なのはエルセー様です、が……たまにはお一人で気兼ね無く、とおっしゃるならば、しばらくお休みをいただきますが……?」


「あら生意気ねえ……ふんっ余計な気遣いは無用ですよ」


 鼻先で笑ってそっぽを向くと、エルセーは少しだけ微笑んだ。


 しかしその時、


「……っ!」


 エルセーは遠くを望むように振り返る。


「!、どうかされましたか?」


「ふふん……どうやらお前は休暇を取れるほど暇では無いようねえ……」


「ああ、まあ冬場は人の往来も少なく奴等にとっては仕事がやりやすいですから」


「そうね……まあでもちゃんと確かめなさいねえ…あっちなみに3人よ」


 相変わらずたまには盗賊供がどこからか漏れる金持ちの女主人を目指してやって来る。


 その露払いは勿論リードの仕事であり、同時に訓練も兼ねていた。


(最近どうもやって来る盗賊の数が増えているような……もしかしてエルセー様……)


 リードは言われた通りの場所で姿勢を正して彼等を出迎える。リードを見つけた盗賊達は、まずは一様に驚いて戸惑うことから始まる。


 そして大概は目を見合わせてヒソヒソと話し合うのだった。


(まあ……そりゃそうだ)


「誰だっ、テメェは?」


 そして驚くほどやり取りはいつも同じである。


「あなた達に名乗るつもりはありません。ここから先には私のあるじの敷地があります、もしも悪意を持って当家をお訪ねならば……暴力をもって阻止させていただきます。ここを通るには私を殺すしかありませんね?」


 っと、口火を切ると必ず……


「ぷぅーーっああっはっはっはぁーーー?何だこのガキっ、聞いたかっオイ?」


(ですか……やっぱり)


「まっったくだ!俺達に自分を殺して下さいだってよ?がははは…………いいぜっ殺してやるよ!仕事はそれからだ」


 男達は馬から次々と降りてくる。


「だが……何のつもりか知らんが丸腰の相手を殺すのはちょっと気が引けちゃうかなー、ひひ……」


 リードは思う……


 ガッカリだ……こんなケモノを見るたびに気が滅入る、苛つきもする。まだまだ彼等を哀れむほどには悟れていない。ましてや無感情で眺めることなんて……


「ご心配をどーも……気を遣って頂かなくても大丈夫ですよ?何故ならあなた方の剣が私に触れることはありませんから……」


「ああっっ?アタマがおかしいのかテメェっ」


 熱くなる餓鬼どもを冷やす北風にリードのジャケットがあおられると、その下には逆立つ2本の短剣が顔を見せた。


「全員で串刺しだよおぉぉぉーー」

「オラァー」


 餓鬼どもの凶刃がおそいかかるっ!


 リードはクスリと笑うと双剣の柄を握った……


「では……」

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