第23話   エマの事情

 首宣告を黙って待つ訳にはいかない。私は生前のシングルマザー時代の事を思い出す。無職は駄目だ、子供と私の生活がかかっている!そう思って必死に働いたのだ。


「あの、そもそもの仕事ってなんだったのですか?どうしても力がいるのですか?」

「直ぐにどうしてもってワケじゃないよ。子供が来る事はわかってたから、だんだん力をつけてくれれば良いと思ってたからね。」

「じゃあ私もだんだん力をつけますから!」

「でも、うちは女のコいないんだよね。君だけになるよ。」

「それでも良いです。私、働きたいんです!」


 元気とやる気はアピールとして大事だ!見よ!幾度となく面接に挑戦した何の資格もなく学歴もない私の勝ちパターン!


 満面の笑みでこのおじいさんを落としてみせる!


「うぅ、笑顔が眩しいねぇ。わかったよ、とりあえず返事が来るまで働いてみて、駄目なら諦めてよ。」

「わかりました!ありがとうございます!っで、何するんでか?」




*** *** ***




 ここは伯爵様のお屋敷でこのおじいさんはここの庭園を美しく保つ事を任された責任者だった。ラッセルと言って勤続四十年の大ベテランだ!ラッセルは私を伴ってこの庭師達の寮を出ると壁伝いに庭に案内してくれた。


 気が遠くなりそうな広さと美しさだった。刈り込まれた低木で四季折々の花が咲くように4つに区分され、それぞれ春の庭、夏の庭等と呼ばれ手入れされていた。

 今は初冬、冬の庭に連れていかれる。私は全く庭にも花にも詳しくない。やっちゃったかぁと思いながら付いていくとある一角でラッセルは振り向くと


「とりあえずここ掃除と草むしりね。まだ体が辛いかもしれないから無理しないで、お昼に様子を見に来るよ。道具はその辺の適当に使ってね。」


 それだけ言うとラッセルはもと来た道を帰った。なるほど、放置パターンね、様子見でしょ。わかってる、自主性を見るんでしょ、やりますよ。シングルマザーなめんなよ。


 私は腕まくりするとまず散らかってる道具を一箇所に集め泥を落とし、品ごとに分け、片付け出した。先は長そうだ。


 一人で草むしりを延々やり始めるとつい考えてしまう。アリアとして生きた数週間、父さん、ウォルフ、ラルクの事を。

 とっても優しくしてもらったな。今頃本当のアリアと仲良くしてるのかな?私が入っていた時の記憶とかどうなってるのかな?私にはあるけど……。

 マティウス様達も大丈夫だったんだよね。ここがどこか良く分からないけど、みんな元気だと良いな。また会いたいけど私はもう知らない人だしな。


 色々思うと暗くなってしまう。

 気持ちを切り替える為、歌でも歌うか。


 根気のいる仕事は嫌いでは無い、小さいクワと革手袋でワシワシと雑草を抜く。冬が近いのであまりないかと思いきや割とある。一人だし、広いし!しゃがみながら横に移動しある程度行ったら抜いた草を回収。


 そうやって数時間たった頃ラッセルがやって来た。私は歌う事にちょっと夢中で気づかず声をかけられ飛び上がる。


「えらくご機嫌だね、あぁ、仕事も早いな。」

「わっ!ビックリしました。すみません、気づかなくて。」

「いや、やっぱり女のコは言わなくてもやる事丁寧だね。」


 それセクハラだから、この時代にこれ言っても通じないだろうけど。女のコじゃ無くて私が丁寧なの!


「ありがとうございます。どうですか?返事来ましたか?」

「うん、来たよ。帰すって。」

「えー!そんな…お願いします。何でもしますから。」

「うぅ〜ん、だよね。どうしようか…ワシも困っちゃうなぁ…」


 ラッセルは人の良さそうな感じがするがアッサリ帰そうとしたところが油断出来なさを醸し出している。


「ちゃんと仕事も覚えます。ここの片付け具合どうですか?駄目だししてください。」

「そうだね〜、これはここね、この草むしりはここまでやってね。それから…」


 ドンドン駄目だしするよ、この勢いで首か…いや、まだまだ!


「わかりました。今からやり直します!」

「駄目、お昼食べてからにして。」


 勤務形態はちゃんとしてそうだな。私はラッセルについて食堂に行った。


 食堂はあらゆる従業員が交代で同じ場所で食べるようで、色んなお仕着せが行き交っていた。私の服は下働き用で、もう一段小綺麗なのはメイドさんのようだ。

 ラッセルは私に食事の取り方を教えて一緒にテーブルについた。社食と同じだね。スープとパンとオカズが一点づつおかわり自由、時々ご主人様からデザートが下げ渡されたりご褒美がつく以外はこのパターンだそうだ。


「ここはとってもいい所だよ。食事は美味しいしね。主もやさしくて公平な方だよ。酷いとこもあるからねぇ。」


 ラッセルによるとちょっとしたミスでムチ打ちされたり、メイドに手を出しまくったりとお貴族様あるあるが横行している所も少なくないそうだ。ヒェ〜怖すぎ。


 結構お腹が減っていたので、無言で食べていた。ラッセルは気遣ってくれたのか冬はこんな花がキレイでね〜とか、今度さぁ新しい木を植えたいんだけど場所がなくてさぁ、など話してくれた。


 私は相槌を打ちつつどうやったらラッセルにハマるか考えていた。ラッセルは今は独り者で数年前に長年連れ添った奥様を無くしたらしい。子は無く、ここのお坊ちゃんの成長だけが楽しみなのだそうだ。

 なるほど、私は孫あたりに位置づく事が出来れば勝てる気が、いや雇って貰える気がする。


「ラッセルさん、もう少しだけ帰すの待ってもらえませんか?せめて働きを見て欲しいです。」

「そうだねぇ〜、でも皆がなんて言うかなぁ。」

「みんな?他の働き手の方ですか?」

「そう、庭師うちは皆が仲良しだから。」

「ご紹介して頂けますか?私、ちゃんと仲良くします。」


 そうかい?と言いながらラッセルは食堂を見回すと一人の男を呼び寄せた。


「ガビー、ちょっと来て。」


 ガビーは髪を短く刈り込んで日に焼けた細マッチョな背の高い男だった。何ですか?とボソッと返事してラッセルを見てる。私には一瞥もくれない。怖そ〜。


「コレはウチのリーダーのガビー。この子ねぇ、ウチで働きたいって。使えるかみてやって。」

「ラッセルさん、来るのは男だと言ってましたよね。女はいりません。」

「でもね、間違えたのはこの子が悪い訳じゃないからさぁ。可愛そうかなって思ってさぁ。」

「可愛そうで仕事はさせられません。帰して下さい。」


 そんなぁ…マズい。このままじゃ帰される。


「一生懸命頑張ります!お願いします!」


 私は元気に立ち上がり頭を下げる。


「……女はいらんのだ。」

「何故ですか?私ちゃんとやれます。」

「男ばかりの中に女がいると気が散るやつが出てくる。じゃまなんだ。」

「それは私の責任じゃなく、その人の問題です。」

「ムッ……そうだが……」


 ガビーは黙ってしまった。


「うんうん、そうだよねぇ〜、君のせいじゃないけどね。でもねぇ〜。」


 ラッセルは薄くなった頭をポリポリかく。


「今、俺たちはまとまって上手くいってる。人手は欲しいがそれを乱されるのは困る。」


 ガビーはそう言う。ムムム……そうきたかぁ。私はどこかに食い付けないか考えるが何しろここの情報がたりないので、仕事の種類がわからない。


「あの、下働きでいいんです。洗濯とか掃除とかでも。」

「それは…助かるけど。みんなが自分でしてるのをやっても給料でないよ。」

「ご飯だけ食べさせてくれたらいいです。せめて次の仕事が見つかるまでここに居させて下さい。戻っても居場所はないんです。」


 必死に頼み込む。二人は居場所が無いと言う言葉にピクリと反応し、黙り込む。


「まぁ、食事はこの通り一人増えたところで誰も気にしないだろ。わかった、次の仕事がみつかるまでワシが面倒見ることにするよ。」

「ラッセルさん!」

「ありがとうございます!」


 私は頭を下げ喜んだ。ガビーはため息をついて


「勝手は駄目ですよ。ちゃんとお伺いを立てとかないと。」

「わかってるよ。坊っちゃんは許してくれると思うけどね。」

「だけど、報告しといて下さいよ。」


 わかってるよ、とラッセルは手を振って用が済んだと追い払う。ガビーは私をチラリと見てそのまま何も言わずに去っていった。

 とにかく直ぐに追い出される事は無くなったが気を抜けない状況だ。サッと食事を済ますとさっきの駄目だしをやり直しに庭の隅に戻った。


 ラッセルが支持した通りにやっていくと中々時間がかかった。草むしりでここまでかかるとは奥が深いね。私は道具を片付け、ラッセルの部屋に次の仕事を貰いに行く。


「ラッセルさん、終わりました。次は何ですか?」

「終わったの?じゃあ次は洗濯ね、ここの頼むよ。二十人分だから大変だけど、洗濯場はあっちね。よろしく。」


 結構大量の洗濯物。溜めないでよ、順番にまとめて洗濯してんのかな?タライに山ほど積まれた作業服をかかえ私は洗濯場と寮を行き来した。気持はあるけど、力は12才なのでなかなか思うようにいかず手こずった。

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