婚約破棄からはじまる悪役領主のはかりごと~ざまあされたふりをして裏から領土を操ることにしようか~
うみ
第1話 悪徳領主は婚約破棄される
「いよいよか」
赤に金糸で刺繍された天蓋付きベッドで一人呟き、グッと拳を握りしめる。
古ぼけた指輪へ目を落とし、長きに渡る苦労を振り返ること数秒間……。
三年か。早いような長いような、ようやくこれで俺は。
「ヨハン様。アンダルシア公爵令嬢アントネッタ様がおつきになりました」
「うむ。麗しの姫と聞いている。楽しみでならんな。はっはっは!」
立ち上がって胸を反り、高慢に笑う。
令嬢の到着を伝えに来たメイドの胸を嫌らしく見ることも忘れずに。
対するメイドはこめかみがヒクヒクしているものの、笑顔を張り付けたままくるりと踵を返す。
彼女の動きに合わせふわりと揺れたスカートから下着がチラリと見える。見えるくらいの長さにしているからな。ははは……はあ……。
誰もいなくなったところで大きなため息が漏れる。
姿鏡に映った自分の姿に対し、いかんいかんと首を振った。
そう、その顔だ。
人をなめまわすような粘っこい目つきに軽薄そうな笑み。ふんと斜に構え、指をパチリと鳴らす。
よし、完璧だ。行くぞ。
大股で胸を張り、ふんふんと周囲を威嚇しながら歩く。
今は誰も見てないんだがな。バッタリ誰かに出くわすこともあるのだから油断禁物である。
「ヨハン様のおなりー」
右手を上げ、法衣の文官へ応じる。
奥には美しいウェーブのかかった金色の髪をしたドレス姿の美女が座っていた。彼女の後ろに侍女が二人控えている。
前には屈強な兵士が立っていた。
「ヨハン様、初めてお目にかかりますわ。わたくし、アンダルシア公爵令嬢アントネッタです」
「おう。俺様は領主のヨハン。伯爵をやっているぞ。はははは!」
「ヨハン様、あなた様にまずお伝えしたいことがございますの」
「ほう。言ってみろ。だが、夜の話はまた後でにしてくれよ」
下品に高笑いする。
令嬢はといえば、嫌そうな顔を隠そうともせず口元を扇で隠し眉間に皺が寄っていた。
「わたくし、伯爵家の当主との婚約をいたしておりました」
「俺だが?」
「ええ。先ほどまでそうでした。ですが、あなた様はもう伯爵家から放逐されたと先ほどお聞きました。ですので遺憾ながら、この婚約、無かったことにさせていただきますわ」
「どういう意味だ? 詐欺なのはお前の乳の大きさだろう。俺は巨乳だと聞いていたぞ。それだと虚乳ではないか!」
適当に言ったのだが、どうも本当に胸に何か詰め物をしていたらしい。彼女は顔を真っ赤にして扇で顔を覆う。
そこへ、ドカドカと部屋に兵士らが入って来て、両側からガシッと掴まれる。
「おい、不敬だぞ! 処刑だ処刑にしてくれるぞ!」
「ヨハン様。あなたにはもう衛兵に命令をする権限はありません。これからはルクレツィア様が伯爵家の当主となられます」
「なんだと! 妹が当主だと! 誰だ、誰がそんなことを!」
「領内全ての貴族の同意でございます。いざ、神妙に」
「なにをするおまえらー」
俺の抵抗も虚しくこだまし、兵士らに引きずられ部屋から出された。
そのまま、彼らは俺を地下牢に放り込み、ガチャリと鍵をかけてしまう。
「おい! いいかんげんにしろー、おまえらー」
兵士たちは俺の叫びなど無視して、カツカツと上階へ行ってしまった。
彼らがランタンを持っていったので、牢の中が真っ暗闇になる。
完全に人の気配が消えたところで、暗闇の中に二つの赤い目が浮かび上がり、バサバサと翼がはためく音が響く。
「おい、ヨハン。棒読み過ぎねえか?」
「え、マジかよ。演技派でならした俺が」
翼の主は暗くてよく見えないが、カラスだ。
俺に声をかけてきたのもこいつである。
そいつは俺の肩に止まるや、ツンと嘴で俺の頬を突っついた。
「変に疑われてんじゃねえのか?」
「まあ、そこは妹が何とかしてくれるだろ」
会話しながら鉄柵と反対側の石壁に両手をつけ、表面の感触を探っていく。
お、あった。
突起が指先に当たり、ホッと小さく息を吐く。
突起を押し込むとギギギギと鈍い音がして壁が回転し、奥に抜ける道が開いた。
壁の奥に入ったところで、奥にも備え付けてあった突起に触れると壁が元通りになるよう動く。
「え、ええと。確かこの辺に」
「ここだな」
肩から飛び降りたカラスが、コツコツと何かを叩く音がした。
キリキリと手探りで摘まみを回転させると、ぱっと光が灯る。
俺が持っていたのはランタンで、そいつを使ってグルリと周囲を照らしてみた。
「あったあった。これを装着しなきゃ、外に出れん」
「悪趣味な仮面だぜ、全く」
「仕方ないだろ。この色が一番目立たないんだから」
「どちらにしろ仮面で目立つだろ」
「……それはもう済んだ話だ」
闇と同じ色の仮面を装着し、黒いマントを羽織る。
ここに鎧は無いが、仮面さえつけてりゃ問題ないだろ。
「脱出しよう」
「右だぞ。忘れんなよ」
「一応覚えているって」
「どうだか」
憎まれ口をたたくカラスが再び俺の肩へ飛び乗り、ランタンを掲げ道を進んで行く。
途中の分かれ道は右へ。
更に歩くこと五分ほどで地上へ続く縄梯子がある場所までやって来た。
縄梯子を引っ張り左右に振る。すると、天井の一部が開き猫耳の獣人がこちらに向け手を振る。
知ってた? 猫科の耳を持つ獣人の目は暗いところで光を受けると輝くんだぜ。
「黒仮面卿。お待ちしておりました」
「助かる」
「馬も用意しております。どうぞこちらに」
縄梯子を登り、猫耳の獣人の後ろを続く。
ぶるる――。
馬の嘶きが耳に届いた。
馬は良い。これからは好きな時に馬小屋へ行くことだってできる。
前世では様々なところを相棒と共に駆けたものだ。
といっても、まだしばらくお預けなのだがね。先にゴタゴタを片付けてしまわないとな。
馬の腹を撫で、一息で背にまたがる。たてがみに触れると馬が再び嘶く。
肩に乗ったカラスがぴょんと馬の背に降り立つ。
「普段は何とも思わねえが、馬に乗れないとなると」
「人に戻る手段はないのか?」
「ねえだろ。まあ、カラスも悪いことばっかじゃねえぞ。空を飛ぶってのも馬ほどじゃねえが、まあまあだ」
「俺は再びメルキトと馬を並べたかった……」
「何言ってんだ。俺たちの人生、あれはあれで終わったんだ。それなりに楽しかっただろう?」
「まあな。まさか来世がこんなことになるとは思ってもみなかった」
「カカカカ。世の中は複雑怪奇ってやつか」
今世カラス、前世の頼りになる相棒と軽い調子で言葉を交わす。
彼の言う通り、この世はまさに複雑怪奇。荒唐無稽なことだってあり得ないとは言えない。
三年前まで俺は誰から見てもどうしようもない悪徳領主だった。それが、前世の記憶を取り戻し今に至る。
俺もカラスと同じ気持ちであった。俺の人生はもう終わっている。此度は前世の俺がでしゃばるべきじゃない。
しかし、そんなことを言っていられない状況であった。
自分が招いた責で自分が滅ぶなら、それでよい。それもまた今世の俺の人生である。
しかし、俺は伯爵位を持つ領主だったのだからたちが悪い。俺が破滅まで好き放題したら領地の民はどうなる?
「心変わりしました」と言って善政を敷いたとしても、地に落ちるどころか地下深くまで落ちていた信用を取り戻すには時間が掛かり過ぎるだろ?
だから、迅速に対応できる方法を取ることにしたのだ。今世は今世を生きる者の物だという考えにも合致するからな。
「お、そろそろ街の外に出るぞ」
「だな」
考え事をしている間に街を抜ける。
城壁で囲まれているわけじゃない街だから、出ようと思えばどこからでも外に出ることができるのだ。
「こちらです」
街を出て周囲が暗くなると夜目の利かない人間である俺にはきつい。
猫耳の獣人が小さなランタンを掲げ、俺を導いてくれた。
馬で進むこと20分。かがり火で照らされた新たな我が居城が見えてきた。
※よろしくお願いします!
今回は新作二作同時に連載開始しております。
10話まで投稿し、好評な方を連載する予定です。どちらも、、、でしたら、、、ちょっと、、、ですが。どっちも好評な場合はどちらも連載します。
もう一作はこちら。
無職だと売られて大森林。だったら一丁、最強の村ってやつを作るとしようか〜召喚特典のアイテムボックスと言語能力が超性能なんだけど、王国のみなさん大丈夫?俺は勝手にやりますのでお構いなく、パンダ〜
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