第9章 アブノーマル探偵稼業

1.リュウジン

 特にトラブルが起きることもなく、ツカサたちは龍浪島の船着き場へと到着した。自動航行の正確さには目を見張るものがあった。波が穏やかだったことも幸いしたが、ツカサは素直にクサナギに感謝したい気持ちになった。――気持ちだけ。

 波止場には大型の漁船が泊まっていたが、それに乗って紘太と――テロリストたちが上陸したかどうかまではわからない。桟橋にはポップなフォントで描かれた、『ロケットの島・たつなみ』の看板。いまこの島で起きていることを考えると、ツカサの胸には差し迫るような虚しさがこみ上げてきた。

 クサナギ曰く、ロケットの発射場近くに大型の荷物を搬入出するもうひとつの港があるはずだという。確かにここは目の前に大きな崖が張り出していて、とてもロケットの部品や機械を運ぶのに便利な場所とは言えなかった。

「敢えてこっちに接岸したんだよ。いきなり敵の目の前じゃあっという間に蜂の巣だろ」

「さすがにいろいろ考えてんだね……」

「死にたくねーだけだよ!」

 しかしこれからどうしようかとツカサは考えた。海岸に沿って数十メートルの岩山が視界を遮っているおかげで、いちおうには見つかっていないと思うが、逆に向こうの様子もわからない。

 まずは島の全貌を見渡せる場所に行くのがベストだ。

「この岩を登ってみようか」

「は? なに言ってんだおまえは」

 クサナギの惚けた返事を無視して、ツカサはインラインスケートをさっさとデイパックに放り込むと、スニーカーに履き替えた。

「クライミングシューズじゃないんだけど、これくらいならなんとかなるでしょ」

「おいちょっと待て。本気で登るのか? 二〇メートルくらいあるぞ。落ちたら死ぬ高さだぞ!」

「うっさいなー、わかってるよ。でも引っかかりはいいし、ほら、ガッチガチの玄武岩だし、適度に節理も走ってるから登りやすいでしょ」

「……おまえ、そういうこと本格的にやってんの?」

 ツカサはクサナギに有無を言わさずいきなり岩に右足を乗せた。そのまま三点を保持しながら力強く登ってゆく。しつこく文句を垂れていたクサナギも、その集中力と手際の良さに、押し黙るようになっていた。

 ものの一〇分ほどでツカサは頂上の縁に手をかけた。ぐいと上半身を押し上げ、思いっきり右足を振り上げて足場に踏ん張る。その姿勢で彼女が見たのは、ライフルのような武器を持った、いかつい男の後ろ姿だった。

「やば……」

『声を立てるな! まだ気づいてないぞ』

 ツカサは岩山を登り切ると、そこに生えていた手近な樹の幹に身を寄せた。そんなに太くない松の木なので、全然身体が隠れず気休めくらいにしかならない。

 そこは島を一望できる展望台だった。ツカサがテロリストなら、そこに見張りを立てるのは間違いない。その男が港の方を監視していなかったのは幸いとしか言いようがなかった。

 そのとき耳に、バタバタと小刻みに打ち鳴らすやかましい音が聞こえてきた。空をぐるりと見渡すと、岩山の反対側の方向から一機のヘリコプターが近づいてくる。

 見張りの男は、無線に向かってなにかを喋っていた。

 すると見張りは、展望台の向こう側へと小走りに走っていき、見えなくなった。

「え、なに? もしかしてあいつらの仲間が来たのかな」

『いいや。オレが無線を聞いた限りでは、どうやら連中にとって望まぬお客さんのようだ』

「どういうこと?」

『もしかするとオレたちの救世主かもな』

「警察が来てくれたの?」

『たぶんそんなんじゃないさ』

 ツカサは身体についた砂を払って、慎重にその場を離れた。展望台には小さな休憩スペースがあって数人が腰掛けられるベンチがある。休憩場となっている東屋あずまやの屋根にはロケットの形のモニュメントがくっついていた。

 そこに近づくと、地面にはたくさんのタバコの吸い殻が落ちていた。あまり真面目に見張りをしていたわけではないらしい。

 展望は良好だった。よく晴れ渡った空がどこまでも続いている。島の向こうは一面の海――太平洋だ。そこに見えるものはなにもないが、どこかに本州があり、東京があり、たくさんの人が住む町がある。こんなに綺麗な海と空なのに、人間はどうして残酷なことばかりを思い描くのだろう。ツカサは小さく唇を噛んだ。

「あったぞ。ロケットだ。あの森の向こう」

「え、どこ。あの木陰に隠れてるところ? あ、あった! 意外に小さいね……」

「おまえが考えるロケットってどんなだよ」

 ツカサは自分が唯一知っているロケットをなんとか思い出した。

「月に行ったやつかな。理科の教科書で見た」

「サターンVだろそれ。人類史上最大のロケットじゃねーか……」

 クサナギの呆れる気持ちがツカサにはよくわからなかった。ロケットって、どんどん大きくなってるんじゃないの?

「あそこにあるのは、固体燃料ロケット〈イプシロン〉の発展系のやつだ。確か愛称は――〈リュウジン〉。たいそうな名前だけどな、小型軽量でパワーのある使い捨てタイプだ。この発射場を管理してる民間の宇宙事業者――〈スペースマテリアル〉が持ってる実用型ロケットの第一弾。一度も宇宙を見ることなく、中距離弾道弾として使われちまうなんてもったいねーな」

「それを止めるためにもなんとかしないとね」

 クサナギはシューレースの先端を小気味よく振った。まるで指でチッチッチとやるみたいに。

「おまえさ、最終目的は糸居紘太の奪還なんだろ。ロケットを止めるとなるとそれ以上の難易度だぜ」

「でも、一緒に止められたらそれがいちばんいいじゃん」

「……まぁ、糸居紘太が鍵を握ってるとしたら、それも可能かもな」

 ツカサはロケットのある方角に目を凝らした。その周辺は広場になっており、奥にビルのような建物も見える。その手前、本当に小さくだが、見覚えのある直方体が置かれていた。かつて松本まで追いかけたトラックに積まれていたコンテナに似ている。いや、恐らくはあのコンテナそのものに違いない。

「あのコンテナ……」

「ああ、不自然だな。なんであんなものをわざわざこの島まで持ってきたのか。いや待てよ」

 クサナギは興奮気味に続けた。

「あのコンテナ、以前中を透視したときデスクやPCなんかが置いてあった。もしかするとあのコンテナ自体が糸居紘太の作業スペースなのかもしれん。ロケットの弾道をいじくるような計算は、そうそう簡単にできるもんじゃない。もしかするとあいつは失踪した直後からあの中で、ずっと発射のための準備をしてたんじゃないか?」

 ツカサはその推理から導き出される結論に行き着くことができた。

「あの中に……糸居くんがいる」

「可能性は高いぜ」

「じゃあ行こう」

「って、おいバカかおまえは。さっきのヤツも武器持ってただろ。撃たれに行くつもりかよ!」

 ツカサは首を振った。

「あんたは弾に当たらないナビができるでしょ。それに〈リニミュー〉のスピードならあいつらは誰も追いつけないよね」

「でもコンテナのところで待ち伏せされてたらどうすんだよ」

「それはそのとき考える!」

「なにーっ!?」

 言うが早いか、ツカサはインラインスケートを装着していた。クサナギが喚き散らしていてもお構いなし。もういても立ってもいられなかった。このままここでもじもじしていても、日が暮れるだけで解決することはなにもない。

 突っ込めば成る! 前に進むのだ。

 展望台から内地に向かう側には下りの階段が延びていたが、その先はぐるりと岩山を迂回する道路が続いていた。ずっと続く下り坂。初速の三〇キロをはじき出すのは容易い。

 クサナギも覚悟を決めたようで黙っている。

 ツカサはヘルメットをネットカフェに置いてきてしまったことを少し悔やんだが、そんなことを今さら気にしてもはじまらない。この熱い気持ちが臆病な心を抑え込んでいるうちに行くべきだ。

 その一歩を、ツカサは思い切って踏み出した。

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