第14話 野球小僧-14
公園の端に行き着くとまだ造成中の広場があった。そこは町工場の裏で、コンクリートの壁が亮の思惑どおり聳えていた。亮は当たりを見回した後、バッグからボールを取り出し、そこに投げてみた。跳ね返ってきたボールは荒れた地面に不規則なバウンドをしながら亮の近くへ転がって、くいっと亮を避けた。ここだ、と思った亮はグローブを取り出してボールを壁に投げつけた。さっきより強く投げつけたボールは、強く壁から弾けると勢いよく地面にバウンドし、一瞬で亮の顔にぶつかった。
「あ、痛ぁ……」
亮はおでこをさすり、涙を拭うと、
「近すぎたんだ…」
と呟きながら、さっきよりずっと壁から離れ、さっきより弱い力でボールを投げつけた。今度は二度三度バウンドしてボールが返ってきた。亮は回り込んでしっかりと腰を落としてボールを、つかんだ。つかんだ瞬間、ようやく野球をしていると実感した。そうだそうだ、こうしてボールを捕るんだ。またボールを投げた。今度は亮を避けるようにバウンドしていく。亮は荒れた空き地を駆けて、ボールを追った。回り込んでボールを押さえた。あいにくボールはグローブに収まらなかったが、それでも追いつけたことに満足できた。これだこれだ、これでいいんだ。僕はここから始めるんだ。始めなきゃいけないんだ。亮は喜々としてボールを壁に投げつけ、跳ね返るボールを追った。
*
斜めに差し込む日差しがようやく校庭全体に広がってきた。掛け声が、早朝の校庭に響きわたる。
「もういっちょう!」
ノックの金属音が響くと白いTシャツ姿の少年がボール目掛けて駆けていく。土煙を上げて足でブレーキを掛けて、ボールに回り込む。と、ボールはしっかりとグローブに納まり、少年を、歓声が包む。
「ナイスキャッチ!」小林
「林、やるじゃないか!」木村
褒められた林の方は照れ隠しに、少しグローブを振って否定するような仕草を見せた。傍で見ていた高松と池田がその光景を見ながら話していた。
「やっぱり、学校で練習できるといいねぇ」高松
「まぁ、野球部のグラウンドは貸してもらえなかったけど」池田
「いいよ、ここでも」高松
「でも、土曜の朝くらいしか取れないんだよ。他のクラブも朝練に使うから」池田
「いいよいいよ、それで。でも、明日の朝も空いてるんじゃないの?」高松
「キャプテ~ン。それはやめようよ。日曜まで朝練は嫌だよ」池田
高松は笑いながら池田の言葉に頷いた。
「よおぉし、次。誰だ」小林
「ボクお願いします」
亮が手を上げながら駆けていった。
「大丈夫かな」池田
「キャプテン」山本
「何だ」高松
「あいつは、下ろすべきじゃない?」山本
「おい、何てこというんだ」高松
「でも、あいつ、下手だぜ。もう少し上手いやつじゃなきゃ、野球部に勝てねえよ」山本
「山本、俺たちは勝つためだけに集まったんじゃないぞ。野球が好きなやつが集まったんだ。下手なやつが上手くなるように手伝うのも、大事なことなんだ」高松
「でも、下手すぎるよ。な?」山本
「ん……、何とも言えないな」池田
「下手だって!見ろよ」山本
山本の指さす先で亮は懸命にボールを追って、追いきれずこぼしていた。
「な?下手だろ」山本
「…でも、前より良くなってるよ」池田
「確かに。前はただ立ちん坊だったけど、追いかけられるようになってるな」高松
「犬だよ、それじゃあ。まぁ、誰かもう一人くらい探そうよ。控えもいるし。そうすりゃ、もっといい試合ができるよ」山本
山本はグローブを持ってグラウンドに出ていった。高松と池田は、困ったやつだと言いながら、必死で追いかける亮を見ていた。亮は、グローブで掴むこと以外に何も考えていないかのようにひたすらボールを追い掛けていた。
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