グリーンスクール - 野球小僧
辻澤 あきら
第1話 野球小僧-1
野球小僧
某月某日――晴。風向、南。
朝。早々と明けた朝に、もう太陽はさんさんと輝いている。ゆるやかな風が砂塵を巻き上げ、校舎の中まで土の香りを運んでくる。ここ、中央掲示板の前にも。
開門早々掲示された成績表。先週行われた試験の結果が張り出された。早くから登校していた学生たちは、目敏く成績結果に見入り、自分の名前が20位以内にないかと探す。そして嬌声と嘆息が入り交じり、その場は普段とは全く異なる世界に変わる。
ざわめきの中、ひときわ背の低い一人の少年が、人込みをかき分け前へ出ると食い入るように、成績表を見た。そして、自分の名前がトップにあることを確認すると、にんまりと笑いながらまた人込みをかき分け、群衆から抜け出した。抜け出してまたにんまりしていると、後ろからクラスメイトの
「やったな、おぬし。遂にトップじゃないの」
「あぁ、室さんか。へへぇ。まぁね。まぁ、大河内君もいないし、何とか…」
「いやいや、たいしたものじゃよ。でも、次から大変だぞ、トップを守るのは」
「あぁ、そんなの、どうでもいいのいいの。ボクやりたいことがあるから」
「やりたいこと?」
「そう、やりたいことがあるの。トップになったら、やってもいいってママと約束したの」
「なんじゃ、それは?」
少年は鼻を擦りながら言った。
「野球」
「今頃、入部したいだと?」
「そうです」
野球部の監督は、目の前の小さい少年を見て呆気に取られて言葉を失った。小学生といっても充分通用するくらい小さな少年がニコニコしながら入部の許可を待っている。
「2年生?」
「はい。そうです。2年C組の大木亮です」
「いままでクラブはやってなかったんだろ」
「はい。そうです」
「今頃入部してもついてこれないだろう」
「でも、ママがトップになるまではクラブはダメだって言ってたから。やっと、1位になったんです。だから、前からやりたかった野球をしたいんです」
「だけどな……」
「頑張ります!」
監督は、屈託のない亮を前にして、静かに説得を始めた。
「いいか、うちの野球部はこの学校で唯一と言っていいほどの強豪だ。地区大会でもベスト8は堅い。しかも、部員も多い。いまから入部しても、1年生よりも下で、卒業するまでずっと球拾いと雑用係ということになりかねないんだ。わかるか?君は普通より小さいから体力的に劣っていることはすぐにわかる。しかも何も運動部はやっていなかった。そんな状態で入っても野球が楽しいと思うか?来年になれば、君は3年生だ。だけれども、うまい1年生に負けるだろう。1年生が活躍する試合をスタンドで観ていなきゃならなくなる。それは辛いことだろう。そうじゃないか?かといって、お情けで君を出してやるわけにはいかないんだ。勝たなければ野球ではないからな。あくまで試合は試合だ。負けることを承知で試合をするバカはいない。勝つためにはうまいヤツ優れたヤツを優先させる。いまのうちのチームには、溢れるほどいい選手がいる。あきらめて、他のクラブに入ったらどうだ?」
「でも、野球がやりたいんです」
「気持ちはわかる。だが、そこらの草野球とは違うんだ。楽しくやりたければ、草野球でもやっていればいい。中学野球とは言っても、もう甲子園を意識して努力している連中もいるんだ。その足手まといになるようなやつを入れるわけにはいかないんだ」
「足手まといなんて……」
「まぁ、もう一度ゆっくり考えてみなさい。せめて1年の時からやってれば、ついてこれたかもしれないが」
監督は語尾を濁したまま背を向けた。はっきり言われなかったことが余計に亮には重くのしかかってきた。お前は失格だと、はっきり言われたほうがましだった。
亮は火が消えたような状態でグラウンドを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます