南埜純一作・スターウオーズ代理バトル⑺ミーシャの迷い

南埜純一

第1話 ミーシャの母と兄

孤高のバルカニア人医師ウェインと彼に寄り添う15歳下の美人助手ミーシャ。二人は共に有能な医師であり、はた目にも似合いのカップルに映るが、ミーシャはバルカニア人の中でも特異な生い立ちであった。バルカニア人で、同じく医師でありながら、ミーシャはウェインに較べ、そもそもの生誕から大きなハンディーを負っていて、過酷ともいえる幼少から思春期を過ごして来た。


ボンドとウェインは幼少時からバルカニアの天才と称賛され、その後も天才の名をほしいままにして来た二人で、この学業成績に限ってであれば、ミーシャも同じく天才の名をほしいままにして来た。初等、中等および医科学カレッジでも、ウェインの再来とまで称えられたが、彼女はボンドやウェインと違って生粋のバルカニア人というか、カプラン62fで生まれ育ったバルカニア人ではなかった。正確な表現をすれば、ミーシャの母ナタリーは111年前、カプラン62fを離れた旅人の子孫で、バルカニア人が漂白船と揶揄する宇宙船の住人だった。


十万人にも満たない少数住民たちは悲壮な決意をもって、移住惑星を求めて旅立ったのだが、彼らはまず、来たるべきバラ色の国家建設の礎となるべく新国家の憲法と呼べる船内規則を定めた。そして、そこにおいては優秀な遺伝子を残すため、婚姻にも厳しい制限を加えたのだった。バルカニア民族が他国家や他民族に嫌われる選民思想が色濃く出たものであり、これに基づく誤ったエリート意識も悲壮な決意に拍車をかけたと言えなくもなかった。


この船内規則の結果、これまで顕著な表出がなかったことから辛うじて隠し通してきたナタリーが受け継いだ劣性遺伝子―――僅か5%弱に過ぎない病因比率なのに、この遺伝子の存在が、ナタリーの婚姻や出産それに育児の自由を大きく制限することになってしまった。


「どうしてもこの子を産みたいの、ねぇ、お願い」


19歳で妊娠を知ったナタリーは恋人ヤノスに自分の持つ遺伝子の存在を正直に伝え、生まれる子供を一緒に育ててくれるよう懇願した。が、ヤノスはナタリーの期待に反し、子供の父であることすら否定し、彼女から離れて行った。劣性遺伝子に対する船内住民のあからさまな差別、これを恐れての逃避だった。


セルと呼ばれる船内の自室でひそかに子供を産み落としたナタリーは、一縷の望みも無残に打ち砕かれてしまった。女児であれば劣性遺伝子が顕在化する可能性が低い―――統計上の確率に賭けてみたのだ。しかし、生まれた子供は期待に反して男児だった。


運動神経が少しずつ機能低下していくALS(筋萎縮性側索硬化症)。全体の約5%が家族内で発症することが分かっていて、家族性ALSと呼ばれているが、スティーブと名付けた我が子は明らかにナタリーの因子を受け継いでいた。発症から3~5年で生じる呼吸筋麻痺や嚥下筋麻痺で死に至る。漂白船―――正式名称はバルカニア号であるが、その船内ドクターから伝えられていたので、ナタリーは発症を恐れながらのスティーブとの手探りの、困難を極める育児日々だったが、苦しいことばかりではなく心休まる時間もあった。


「ナタリー、部屋に閉じこもってばかりいちゃスティーブにも良くないわ。悪く言う人たちは相手にしなきゃいいのよ。さあ、ジョンも遊び相手がほしいんだから、一緒に緑地ゾーンへ散歩に出ましょ」

 三歳上で、スティーブと同い年の子ジョンを生んだミーナが、ふさぎ込むナタリーを散歩に連れ出しては、相談相手になってくれたのだった。


「大丈夫よ、ナタリー。スティーブはこんなに元気で、とっても聡明なんだから」

 バルカニアの天才は、三歳までにその頭角を現す。古来よりのバルカニアの伝承で、カプラン62fに住む長老エドワードは天才出現情報にアンテナを張り巡らしていた。天才主導によるバルカニア人の理想郷、というか王国建設が彼の悲願であったからだ。


―――なんと! 同じ年に、四人もの天才が出現したのか! だが一人は無理か。


長老エドワードは、早々とスティーブは切り捨ててしまったのだった。


エドワードの判断が正しかったのか、スティーブは9歳を過ぎてALSを発症してしまった。統計上は、あと5年の命。息子の死に怯えるナタリーだったが、その怯えにとどめを刺す一言が、発症から5年後、船内ドクター・カリーによって伝えられた。


「スティーブは、惑星スノードンの難民収容基地に送られることになったらしいよ」


何というタイミングの、評議員たちの決定であろうか。死が明らかな息子を船内にとどめておく余裕もその必要もないとの、無慈悲極まりない上層部の判断だった。


「……そんな!」

 ALSを発症したスティーブが、死の星スノードンに送られると一か月も生命を維持できない。ALS発症後の弱りゆく肉体と抗(あらが)い打ち勝とうとする精神の葛藤。そのタイトでぎりぎりの緊張のもろさは1ミリの薄氷以下で、間近で支えあってきたナタリーには、絶望がもたらす結果は火を見るより明らかだった。


「ミーナ。こんな理不尽なことって、ある? 可哀そうなスティーブのために、私も一緒にスノードンへ行きたいって頼んでいるのに、それすらも認めてくれないのよ!」


「ね、ナタリー。早まったことはしないでね。今、ジョンと私が八方手を尽くしているから、その結果を待ちましょう」


ミーナの説得で辛うじて母子自殺を思いとどまったナタリーであるが、ジョンとミーナの画策内容は知らなかったし、知りたくもなかった。単に自殺を先送りしただけのことだったが、ミーナの息子ジョンは、長老エドワードの評価に値する、いやそれ以上の才能を現しつつあった。特に政治と軍事面におけるそれが顕著で、14歳の頭から生み出されたとは思えない奇抜なアイデア。これが最新AIの及びつかない情報の収集と分析、そしてそれを基にした適正な判断をベースに構成されているのだった。


ジョンが親友スティーブ救済のためにとった、緊急避難的といってもよい手段は二つ。一つは帝国軍皇帝ウイリアムの治療のために、スティーブの体と治療データを提供すること。そう、皇帝ウイリアムもALSに罹患していたことは極秘情報ではあったが、ジョンの入手するところであったのだ。


帝国軍と親密な関係を築くことは、旅人であるバルカニア号の住民にとっては移住惑星選択を大きく広げるもので、非常に望ましいものだった。なぜなら、同盟軍のポリシーでは現住生命体保護の観点から、生態系変更を生じる他星人の移住は禁止されるからだ。この意味で、ジョンの取った帝国軍へのアプローチは、バルカニア号住民にとっては望ましく、結果的にスティーブの利益につながるものだった。


ジョンがスティーブのためにとった二つ目の手段は、スティーブの頭脳の不可欠性証明で、彼の物理学的知見がバルカニア号を救うことを実証することだった。実証はほぼ完成段階にあったが、万人に認められる、より確かなものとするためには、帝国軍か同盟軍の高精度のコンピューターが必要だった。


同盟軍の反対を押して、現在、バルカニア号は移住先としてムハイド星雲の小恒星クレールを公転するカシアス7fに向かっていた。しかしスティーブの計算では、恒星クレールから南南西50光年先にあるブラックホールが大量の素粒子を放出しており、そう長くない先に、爆発により消滅する、との結論だった。当然、クレールはこの爆発の影響をもろに受け、カシアス7fは存在を断たれてしまう。


以上は、同じALSを患っていた惑星アースのホーキング博士の量子宇宙論によるものであり、カシアス7fへの飛行は死をもたらす破滅移住だった。惑星アースでノーベル賞を受賞した博士を尊敬し、同じALSに罹患した親近感からホーキング理論を懸命にマスターしたスティーブの、揺るぎない計算結果で、ジョンは計算の正確さを証明することで、スティーブのスノードンへの移送を中止させようとしたのだった。


「やったぞ、スティーブ! 帝国軍からOKの返事が来たぞ! これでスティーブもALSの十分な治療が受けられるよ。良かったな」


提案から8日目に帝国軍の回答を受信するや、ジョンは皇帝の署名入りメールを握って、母子の暮らす狭いセルに駆け込んで来たのだった。14歳にして、帝国軍と対等にわたり合う政治手腕をのぞかせた、ジョンの非凡さが認識される一幕であった。


「この調子で、ジョンが帝国軍の中枢へ入り込めば、バルカニア民族による宇宙支配も、そう遠い先のことではないな」


カプラン62fで長老エドワードは一人ほくそ笑んだ。行政府の長たる地位に立つが、立法府と司法府に対しても強い補佐権限を持つことから、事実上、皇帝たる王に近い存在であった。もっともバルカニア国は軍隊を持たず、優秀な人材を各有力軍へ派遣するという形での、間接的な意味での国防軍を有するに過ぎない国家だった。この意味で、長老エドワードの目指す宇宙支配は、緩やかなというかソフトな支配であり、帝国軍的ハード支配とは、質的に異なるものであった。


いずれにしてもジョンが親友救済に発揮した政治手腕ともたらされる結果は、エドワードの野望に妖しい火を灯し、ボンド、ウェインそして間もなく生まれるミーシャの運命に、熱く激しい炎を投げかけるのだった。

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