第2話 女神様の御意見は?
ケイトは親友の流す涙を優しくふき取ってやる。
もうすぐ来るわよ、と気休めかもしれない言葉をかけてやりながら。
「アイリス、将来の国母候補様。そろそろ、御機嫌を直して頂戴。ほら、そんなに泣かないで‥‥‥悔しいのは分かるから」
「悔しいわよ、悔しすぎて流す涙が尽き果てそうよ」
「はいはい、薄く化粧をしているのだから流れないようにしないとね。初夜に目を泣き腫らした新婦なんて、男性は好むかしら?」
「何よそれ‥‥‥ケイトは良いわよね。ちゃんとした恋人がいて、もう数か月すれば愛を育んだ相手と結婚できて。私は政略結婚。どこにも愛なんて無いわ」
「そう言わないの。殿下だって女伯爵様を愛人にはしているけど、正妻の座はあなたにあるようにしてくれているじゃない」
「それが愛なら――いいけど。結婚して子供を産むだけの道具なら、誰だっていいじゃない」
「はいはい、でも困りましたねアイリス様。もうすぐしたら、大神官様とか枢機卿様たちも来られるわよ?」
「うーっ! それが一番嫌なのよ!!」
古いしきたり。
結婚式前夜に女は処女であることを示さなけらばならない。
それも、神官や政権の要職、貴族たちの代表の目の前で。
夫になる男性に抱かれなければならない。
「でも仕方ないわ‥‥‥数世紀に及ぶ、神の教えだから」
「神の教え‥‥‥? あ、そっか」
「何? その悪戯好きないつものアイリスの微笑みはやめてよ!? 今度はなにを思いついたの?」
アイリスは侯爵家令嬢、殿下の正室候補、と幾つかの顔がある。
ついでに、炎の女神サティナの司祭でもある、とケイトは思い出す。
国母候補としてアイリスの地位が揺るがない理由は、そこにもあった。
「何って、神様がどう考えているのかしらって考えたことはない?」
「ありません! やめてよ、アイリス。そんな神殿の教えにそむくような行為を思いつくなんて、なんて司祭様なの‥‥‥」
「だって、サティナ様。たまに話しかけて来られるわよ?」
「‥‥‥は?」
「本当よ。何よその疑いの眼差しは‥‥‥」
「だって、え? アイリス、それは嘘でしょ? それって聖女様や大神官様のお役目‥‥‥」
「あー‥‥‥あの八十越えた大神官様はボケが始まったし。聖女様はほら、隣国の帝国の司祭との恋愛にかまけて役に立たないって言ってたかな?」
「そんなことを誰かに言ってごらんなさい。あなた、宗教裁判にかけられて断罪されるわよ‥‥‥」
恐ろしいことを教えないで!
信心深い親友は、そう叫んでいた。
それでもケイトはアイリスの言葉を疑う気はないらしい。
「断罪なんて出来ないわよ。それこそ、聖女様に神託が下るはずだわ」
「あのね、アイリス? ここには神官はいないの。女神様のお声が聞こえるのはあなただけなのよ? もし、こたえて頂いても、誰がそれの正当性を証明するの?」
「だから、これから来る大神官様にもそれを伝えて頂ければ――」
「女神様を伝令代わりにするつもり!? まともな考えじゃないわ」
「なら、御降臨頂いたら‥‥‥?」
「そんな、二千年前に一度だけあったことが都合よく起こるはずないでしょ‥‥‥もうちょっとまともなことを考えて頂戴。でも、神託伺いを立てるのは――いい考えかもしれないわね」
「でしょ? 返事があるかどうかは分からないけど」
早速、たずねてみようとアイリスは目を閉じ、女神に捧げる聖詩を唱えようとした。
自分には何の秘めた能力もないケイトはそれを物珍しそうに見ている。
二人の会話は、この部屋の壁際に控えている神殿騎士や、他の侍女にも筒抜けなのだが――彼らは、より賢い態度を取っていた。
すなわち、我関せず、というやつだ。
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