第23話 ご指名です!

※殺人現場になったお店は、結構な高確率で潰れます。


「ジェラさん、殺しは困る」


 真っ先に我に返ったアーノルドが、きわめて真っ当な意見を述べた。


(ジェラさん? あれ、ジェラさん? ……怖っ。美形過ぎるし、多分現代人じゃない。なんだろう、伝説級の……、かなりヤバいレベルの魔導士……)


 ぞくぞくとした寒気に襲われて、エルトゥールは両腕で自分の体をかばうように抱いた。

 直視できない。

 エルトゥールだけではなく、リーズロッテもまた、ジェラさん(?)の暴走を食い止めるべく足にしがみつきながらも、目をぎゅっと瞑っていた。微かに震えているようにも見える。


(わかる。怖い)


「殺しは困るの意味がわからねえな。生かさず殺さず、か? 半殺しって加減が難しいぞ」

「追い出すだけで良い、流血沙汰は勘弁だ。なぜなら片付けが面倒くさい!」

「それなら大丈夫だ。血を流さないで殺す方法ならたくさんある。一瞬で……、いや、何らかの苦しみはあった方がいいのかな。死んだほうがマシな思いをしてから死なせたほうがいいか? どう思う、リズ」


 突然水を向けられたリーズロッテは、びくっと肩を震わせた。

 少しの間、身動きもしないまま固まっていたが、意を決したようにジェラさん(?)の足から離れると「わああああ」と叫びながらエルトゥールの元まで走って来て、腰にしがみついた。


「怖いよぅ!」

「わかる! 顔が凶器だよ! あんなの夢に出てきたら怖くて泣いちゃう!」


 ひしっとリーズロッテを抱きしめながら、エルトゥールも全力で同意をする。

 美形も度が過ぎると悪夢、という本音をもって。

 本当はエルトゥールとしても、おそらくジェラさん(?)の魔導士としてのヤバさをひしひしと感じているであろう、聖女・リーズロッテと語り明かしたいところだが、人目があるのでできなかったのだ。そのくらいの理性は残っていた。

 代わりに、わかりやすく恐ろしい顔面について絞って話題にしたのだが、当然本人は大変面白くない顔をしている。


「おい、お前。好き勝手言ってくれてるな。店員は殺すなってリズが言うからやめたけど、俺はいつでも殺せるんだぞ」


 殺気をはらんだ美声に脅されて、エルトゥールは暴漢に対峙したときより明らかに弱気になりかけたが、アーノルドがため息交じりに口を挟んだ。


「落ち着けよ、ジェラさん。いま魚のリュフェル・炭火焼ウズガラスすぐ作るから。腹減って気が立ってるんだ。間違いない。空腹がおさまれば、殺気もおさまるから。座って待ってな」

「さかな」


 度の過ぎた美形が、その一言にぴくっと反応を示した。

 それから「急げよ」と言いながら、のそのそとカウンター席の方へと歩いていく。

 途中、騒ぎを起こした男たちとすれ違うときに、低い声で「食べ終わってもまだいたら、絶対殺す」と宣言するのは忘れなかった。

 ひ、ひいいいいい、と声を上げ、男たちはバタバタと我先に走り出す。


「ドノヴァン! そいつら勘定まだだ! 食い逃げは許すなよ!」

「了解!」


 アーノルドが入口そばのスタッフに向けて、声を張り上げる。男たちは数人のスタッフに取り押さえられ、財布を出すように言われていた。

 スィヤハの二に腰かけたジェラさん(?)は、くるっと振り返ると、エルトゥールにしがみついているリーズロッテに目を向けた。一番の席をぽんぽん叩いて、招いている。


「リズ。遅くなった。ご飯食べよう。さかな」


 大輪の暗黒色の薔薇が咲き誇るかのような、艶やかな笑み。


「リズさん、ご指名ですけど……どうしますか?」


(ものすごく怖いお誘いだけど、断るのも怖いような……)


 他人事としてしみじみ思いをはせていたエルトゥールのエプロンを引っ張り、リーズロッテは「エルさんも」と小声で言った。


「私はまだ仕事が……、あ、あそこまで送るくらいなら」


 いつものように、椅子にのせるまでならしますよ、というつもりで申し出つつ、リーズロッテをしがみつかせたまま一歩踏み出す。

 その瞬間、足にびりりと痛みを感じて、その場に崩れ落ちかけた。

 いつの間にかすぐ横に来ていたアーノルドに、腕を掴まれる。


「エル。お前なぁ……、無理するから。足、痛めているだろう。ったく、あんな男たちとやり合おうとするなんて、自分をなんだと思っているんだ」

「アル、怒らないで。えっと、足は……足は痛いね。うん」


 おそるおそるもう一度力を入れてみて、痛むのを確認。

 あはは、と笑うもアーノルドの表情は険しい。

 アーノルドは、その厳しい顔つきのまま、視線をリーズロッテに向けて声をかける。


「リズ。ジャスティーンたちが来るまでまだ少し時間がある。あれは見た目はいつもと違うけどジェラさんみたいだし、側にいれば安全だ。あそこで待っていられるか」

「……わかった。けどエルさんも。立ってられないなら、仕事できないよね。わたしと一緒に」


 きゅっと、小さな手がエプロンを掴む。

 アーノルドは「わかったから、先に行ってて」とリーズロッテに言った。

 エプロンを離して、歩き出した背を見送ってから、エルトゥールに向き直る。


「エルに怒っているわけじゃなくて、自分に怒ってる。遅くなって悪かった」

「そんなことないよ、すごく助かった。ごめんね、私も、待てなくて、勝手なことをした。もう少し冷静に対応していれば時間を稼げたかもしれないのに。私の態度が挑発したのもあったかも……」


 神妙な様子のアーノルドにつられて、反省会。

 思った以上に落ち込んでいるアーノルドに動揺して、エルトゥールは言葉を探すも、うまく声をかけられない。

 無言になったアーノルドは、エルトゥールの背に腕を回して胸に抱き寄せた。

 ふわりと香辛料の混じり合った匂いが立ち上り、温もりに包まれる。

 数秒。


(……えーと? あれ?)


 うまく頭が回らないで固まるエルトゥールであったが、アーノルドはそれ以上何をするでもなく、何を言うでもなく、そうっと体を離した。

 改めて自分の腕にエルトゥールの手をかけさせる。


「エルの食べる分も用意するから、あそこの二人と俺の仕事が終わるまで食事をして待ってて。何が食べたい? 好きなものを作るよ」

「それ、嬉しいなぁ。この足だったら、今日は本当の『足手まとい』だもんね。少し早いけど仕事上がらせてもらう。えーとね……オーダーはどうしよう。アルの作る料理は全部美味しいから、全部食べたい」

「なんだそれ。『何でもいい』じゃなくて『全部』? 本当に作るぞ。食えよ」


 笑いを交わして、連れ立ってカウンター席に向かう。

 足に力を入れないように、エルトゥールはアーノルドに少し寄りかかるような形になっていたが、危なげなく受け止められてエスコートされた。


 カウンター席では、人型のジェラさんにスィヤハの一を譲り、二に座らせてもらったリーズロッテが、自分の隣の三番を手でぽんぽん叩きながらエルトゥールを待っていた。



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