第17話 聖女さまと猫とお迎え
「足元に気を付けてください。店内は、少し暗いですから」
帽子を目深にかぶり直して、声を作り、エルトゥールは肩越しに振り返りつつリーズロッテを先導した。
(本当は、新規客をテーブルに案内する仕事にまで手を出しちゃいけないんだけど。リーズロッテさんから、目を離さないようにしたい)
入口で店員に声をかけても「お嬢さん、誰かのお連れさん? 順番に案内しているので、お連れさんが受付するまで待ってね」と言われたきり、存在を忘れ去られてしまったらしい。
その挙句、怒って強行突破。
本来ならエルトゥールから係の店員に声をかけ、席を決めてもらうべきなのだろうがリーズロッテがそれを許さなかった。「さっさと案内して!」の一点張り。強がっているが、不安なのかもしれない。
(周りのお客さんからは気付かれにくくて、空いている席といえば、あそこですよね)
ひとまずそこに通して、隙をみてアーノルドに相談しようと決めて案内した。
「ここにどうぞ。そこの猫さんは聖獣ジェラさんです。怒らせなければ何もしないそうなので……、怒らせないでくださいね」
「聖獣がなんでカフェのカウンターで寝ているの?」
(わかりかねます)
正直に答えそうになったが、店員という立場からぎりぎり堪えた。エルトゥール自身も本当は誰かに詳しく聞いてみたいのだが、シェラザードは戦場(最前線)レベルの忙しさでそれもかなわない。
リーズロッテは、質問はしたもののさほど答えにはさほど興味はないのか、目の前の椅子に気をとられているようだった。
カウンターテーブルに合わせて、座面が高い。うまく座れないらしい。
「失礼」
断って、エルトゥールはひょいっと持ち上げて椅子に座らせた。
リーズロッテは「きゃ!」と声は上げたものの、エルトゥールをきつく睨みつけただけで、文句は言わなかった。お礼もなかったが。
「オーダーはどうしましょうか。子どもの食べやすいもの、何かあったかな……」
「べつに子ども向けじゃなくても構わなくてよ。わたくしはべつに」
(あ、そうか。本当は十五歳なんだっけ。そこまで子どもじゃないんだった)
「好き嫌いはあります? どうしても食べられないものとか。この店のお料理は、数人での取り分けを想定しているから皿ごとの量が多いんです。そんなにたくさんはいらないですよね。どうしようかな」
そのとき、寝ているようだったジェラさんが目を開けた。じっとリーズロッテを見つめている。
リーズロッテも視線に気づいたように、ジェラさんを見た。
「飲み物はミント水でいいわ。料理は適当にお願い」
ジェラさんが気になるのか、リーズロッテはエルトゥールの質問に対し、上の空のような返事をする。
聖獣(猫)と、聖女さま(小さい)で気が合うのだろうか? と思いながらエルトゥールはジェラさんに目を向けた。
(聖女さまを、お願いします)
心で願うと、にゃあ、とジェラさんが一声鳴いた。
本当に、承ってくれたようなタイミングだった。
* * *
「リズが来てる? ひとりで?」
「うん。いまスィヤハの一に座ってます。ジェラさんとご飯食べてる。ジェラさん、なんかすごく猫っぽくて、リーズロッテさんから鶏肉もらったりして、嬉しそうに……」
客が席を立ち、店内が空き始めた頃にようやくアーノルドと話せた。
「それにしたって、帰りはどうするつもりなんだ。見た目は子どもだし、中身は聖女だし。ふらふら歩いていたら誘拐されるぞ。ようやく家を出て、羽目を外したくなったのはわかるけど」
「仕事上がりまで待ってもらえたら、一緒に帰れるかな。帰る場所は同じ女子寮です」
(私がカフェで働いていることが、リーズロッテさんにバレちゃうけど……。口止め? リーズロッテさん、黙っててくれるでしょうか。でも、ひとりで帰すよりは私の身バレのほうがまだマシです)
アーノルドは少し考え込んだが「わかった。とりあえず今日は落ち着いてきたし、二人とも仕事を上がらせてもらおう。いざとなったら、俺がリズに声をかける」と請け合い、別のスタッフに話しに言った。
戻ってくるまで少しフロアを見てこよう、とエルトゥールは厨房を出る。
時間帯的に新規客もほぼいないせいか、入口のスタッフも別の仕事についているようで、場を外していた。
何気なくそちらに目を向けると、さっと二人連れの客が入ってきた。
「いらっしゃいませ……」
(お客さん来ちゃったけど、どうしよう。いまから席に通していいのかな?)
声はかけたものの、エルトゥールでは判断がつかない事態で、助けを求めるように近くのスタッフを目で探してしまう。
一方、二人連れは躊躇うことなく店内に入ってきた。
通りすがり、目を向けた客がそのまま視線をとめている。
ひとりは輝く蜂蜜色の髪を首の後ろで括った、美貌の青年。
簡素なシャツにスラックスという装いだが、すらりと背が高く手足が長く、何より整い過ぎた容貌が目をひく。
連れ立っているもう一人も、銀髪に端正で理知的な面差しをしていた。
二人揃って水際立った容姿であり、衆目を集めるのも頷ける。
(いや……、でもあれ……、ジャスティーンさんに見えるんですけど……!?)
連れの銀髪はともかく、蜂蜜色の髪の青年には見覚えがある。「麗しのジャスティーン様」が男装をしてくれたら一目見て見たいと願っている女生徒は多そうだが、まさに。
女生徒の願望を体現した姿で、目の前に。
(レベッカに見せてあげたい……!)
今一番この光景を見せたい相手の名を、心で呼んでしまった。
そのエルトゥールに、「明らかにジャスティーンにしか見えない青年」がちらりと視線を流してきた。
エルトゥールは帽子を目深にかぶっていたが、目が合った気配がある。
「仕事中ごめんね。少し聞きたいんだけど、女の子が来ていない?」
声は、ジャスティーンによく似ていた。意識して普段より低く出せば、こうなるだろうという、男声。
自分も声を出してしまえば、バレないだろうか? とエルトゥールは咄嗟に口をつぐんで答えそびれた。
ただ、「女の子」に心当たりがあったため、ついカウンターの方へと顔を向けてしまう。
その仕草だけで通じてしまったらしく、青年は視線を追うようにカウンターへと目を向けた。
「いた。やっぱり」
独り言のような呟きだったが、横にいた銀髪の青年が「良かったですね」と答える。
ジャスティーンにしか見えない青年は、エルトゥールに「ありがと」と声をかけてからカウンターへと歩み寄った。
「お姫様、迎えにきたよ。夜遊びはもうこのくらいにして、帰るよ」
隅の席にいたリーズロッテに声をかけている。
普段はうるさい店内も、客が少なくなっていたこともあってか、妙に静まり返っていた。青年の声は少し離れた位置にいたエルトゥールにもよく聞こえた。
リーズロッテは柳眉険しく、何か文句を言っていたが、勢いはない。おとなしく椅子から抱き上げて下ろしてもらい、そのまま青年の腕に収まっている。
「食事じゃなくてごめんね。お騒がせしました。マックス、勘定は済んだ?」
「問題なく」
「よし。じゃあ帰ろう」
リーズロッテを抱えて、入って来たときと同じように連れ立って出て行った。
ほとんど何もできないまま見送っていたエルトゥールの横に、アーノルドが素早く歩みって来る。
「リズのお迎えか」
「いまの……、ジャスティーンさんに見えたんですけど」
「……そうか?」
なぜかアーノルドは白々しく誤魔化そうとしているが、エルトゥールは早口の小声で素早く言った。
「びっくりしました。レベッカの入れ込み方に正直少しひいていたんですけど、ああやって男装で見ると、確かにものすごくカッコイイ方ですね」
(やっぱり、美人は何をしても様になるんですね。リーズロッテさんを軽々と抱きかかえていましたし。力もあるんだ。すごいです)
自分の男装とはレベルが違いすぎるという思いからエルトゥールは感心し切りに言ったものの、アーノルドはあまりぴんときていないらしい。
どことなく面白くなさそうに「俺らも帰るぞ」とエルトゥールの話を打ち切るように言ってきた。
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