王子様カフェにようこそ!〜秘密の姫君は腹黒王子に溺愛されています〜

有沢真尋

第一章

第1話 結婚を蹴ったら、国内にいられなくなりました。

 結婚する?

 留学する?

 二つに一つ。たとえ両方望まぬ道とて、どちらか一方を選んで進まねばならねばならない。


 才色兼備にして将来の女王、長姉メリエム第一王女から突きつけられた二つの選択肢。


 その一、嫁ぐ。相手は四十歳年上の隣国の王。曰く「まだまだ現役。子どもは五人は生んで欲しい」とのこと。すでに亡くなった正妃との間、及び様々な身分や立場の女性との間に認知した範囲ですでに男女二十人以上の子どもがいるはず。このことから「現役」はハッタリではないとわかる。五人は生んで欲しいという言葉も冗談ではないのだろう。


(戦争の火種……! お隣の国といえば、王位継承に関してここ二百年くらいの間、ずーっと兄弟間で血で血を洗う骨肉の争いを繰り広げてきた歴史があるのに……!)


 それはもう、陰惨な逸話には事欠かない。

 あるときは、跡目争いで敗北した弟を殺さず生かさず、手足を切り落として地下牢に幽閉した兄王の話だとか。またあるときは、すでに成人して妻子のいた兄の家族及び使用人総勢千名、家畜に至るまで惨殺して城門にさらした弟王の悪行だとか。

 修羅の国。

 そんなところで、老王の後添えとなり子どもを生もうものなら、王の死後、おそらくまだ幼いその子どもたちはか弱き者として真っ先に殺される。自分も、もちろん殺される。それも、惨殺のバリエーションに富んだ隣国だけに、想像するのもおぞましいような死を贈られるに違いない。


「その結婚は絶対嫌です。無理です。国家間の力関係で何かしら理由はあるのだと思いますが、断ったら戦争になるとかでもない限り、勘弁してください」


 第五王女エルトゥール、御年十七歳。姉姫たちはすでにめぼしい嫁ぎ先に輿入れを済ませた現在、き遅れで立場が宙に浮いていたが、ここは果敢に主張することにした。老王に自分の体をいいようにされたあげく、まだ見ぬ子どもたちにまで死が確約されているのは、どう考えても受け入れがたい。


「あら、そう。べつにいいわよ。そんな大げさなものじゃないわ。気まぐれな方だから、もののついでに『姫が余っているならもらおうか』と言われただけですもの。『あんたの妹君ならさぞや美女なんだろう』って。すけべ心丸出しで」


 言い終えると同時に、メリエムは手にしていた扇をバキリっと二つに叩き折った。手の中に残った残骸を、何事もなかったように床に投げ捨てる。すかさずお付きの侍女が音も無く近寄ってきて拾い上げて去った。手慣れている。


 メリエムは、波打つ黄金の髪に、翡翠の瞳、薔薇色の頬で人目をひく華やかな顔立ちをしている。赤に金糸の華やかな刺繍の入ったドレスを着こなしていて、首はいかにもすんなりとしていながら、胸は豊かでスタイルも抜群。

 将来の女王として外交の場に立つことも多い二十八歳。女として爛熟の兆しを見せたまごうことなき美女。


「姉さまを見たら、どんな殿方も期待してしまうと思いますけれど。残念ですね、私は姉妹の中でも姉さまに一番似ていません!! 一目見てがっかりすること請け合いですよ!!」


 エルトゥールは力強く拳を握りしめて主張した。

 亜麻色の髪に空色の瞳で、端整かつ清潔感のある顔。少年のようにすらりとした手足で、色気は絶無。有り体に言って、子どもっぽい。


「そう自分を卑下するものでなくてよ、エルトゥール。ただ、目のくもった男連中は面の皮や胸の大きさで女を値踏みするのを当然の権利だと思っているのも事実。そういった相手にあなたの良さをわかってもらうのは、たしかに、少し難しいかもしれないけれど」

「ですね!」


 勢いよく同意してから、(ん?)と首を傾げかけたエルトゥールだったが、忘れることにした。


「あなたがこの縁談が嫌だというのなら、蹴ってもいいわ。わたくしも、個人的な考えを言えば賛成しかねています。けれど、断るにはもっともらしい理由が必要。少なくとも、あなたが国内にとどまり、王宮で安穏と暮らしていたら『遊ばせているくらいなら行かせろ』と父上も言い出しかねない。断われて面目を潰された相手方だって、さしたる理由もないとなれば面白くもないですし」

「ノリで結婚を申し込んだ挙句、理由なく断ったら怒るって、勝手にすぎると思うのですが……。少し、軽く見られ過ぎではないですか」


 属国でもあるまいし。

 エルトゥールの言わんとするところを察したらしいメリエムは、実に思いやりのある姉らしく、大きく頷いた。


「わかる。もちろん、次期女王たるわたくしがそのような扱いを受けた場合は、『よろしい、ならば戦争だ』と受けて立つのもやぶさかではなくてよ」


 侍女に渡された新しい扇を、畳んだままびしっと振り下ろす。空気を切り裂くかのように、勇ましく。

 その扇を、ぱらりと開いて淑女然と口元を隠しながら、続けた。


「だけど、あなたは第五王女。王位がまわってくる可能性は限りなく低く、国内外の有力な嫁ぎ先もすべて姉姫たちが占めてしまったいま、政治の駒としてもぱっとしない立場。正直、軽い。猫の子のように欲しいと言われ、『どうぞどうぞ』と父上に差し出されても不思議はないの。そう、軽いのよ」


 軽くみられているのは、国ではなく。

(私だ……)

 骨身にしみて理解をしたエルトゥールに対し、メリエムが言った。


「それもこれも、あなたの生き方にも問題があってよ。ぼーっと生きていると、ぼーっとした人間にしかならないんですもの。今のところ学業その他、何か目立った長所もないし。いわゆる、無駄飯食らいの類。このままだったら、今回この縁談を回避しても、早晩逃げ切れなくなる。だからね、エルトゥール。自立しなさい。これは姉としてわたくしがあなたにできる、最後のことよ」


 国内にいる限り、余り物の第五王女に出来ることは嫁ぐことくらいなのだ。そして、隣国の王の縁談を蹴ったあと、舞い込む話は輪をかけて訳アリだらけになっていくのは想像に難くない。

 つばを飲み込んだエルトゥールに、メリエムは厳然として告げる。


「結婚を蹴ったあなたに残された道は留学だけ。すでに手は打ってあるわ。行先は海の向こうのリンドグラード。王侯貴族が通う寄宿学校に編入手続き済み。我が国の出先機関であるティム商会が、滞在中のあなたの面倒を見るから、安心安全。同年代にもまれて、しっかり切磋琢磨してくるのよ。いいわね? 返事は?」


 手回しの良さに感謝感心しつつ、もはや反論の余地もないと全身で理解したエルトゥールは「はい」と返事をした。

 メリエムは満足げに頷き、朗らかな笑みを浮かべて続けて言った。


「期限はきっかり一年間。それ以上は伸ばせないわ。その間に、学業で頭角を現すなり、父上やわたくしが納得する結婚相手を見つけるなり、相応の成果を上げなさい。それができなかったときは、あなたにも覚悟をしてもらうことになるわ」

「覚悟」

 

 エルトゥールは神妙に問い返す。

 答えは半ば予想できていたが、果たしてメリエムの返答はそれを裏切ることなく。


「留学は、しょせん時間稼ぎに過ぎない。なんの成果もあげられなかった場合、あなたがどんなに逃げたくても、強制的に帰国させます。そして、嫁がせます。相手はお隣の老王かもしれないし、違うかもしれない……。あなたは、以後この国で二度と発言権がないものと思っておいた方がいいわよ。それが嫌なら、成果を上げなさい。わかったわね?」


 お姉さまとの約束よ? と、何故かとても可愛らしく言い添えて、メリエムは扇で口元を覆った。

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