グリフォンの爪の先(ありふれたレアな冒険譚)
上田 直巳
1.王様の条件
王様やーめた
堅牢なる城壁と屈強なる兵士たちに守られた王城の奥。
長い廊下を進んだ先に、壮麗なる大扉がございます。
ひと
床には動植物の図案を敷詰め、見上げれば天井には満天の星が
シャンデリアが照らす壁面には、
けれど、あまり
正面奥には、白大理石の階段に赤
数段高くなったその場所の、
この御方こそ、
皆々様、頭が高いですよ。
「お呼びでしょうか、陛下」
「うむ、宰相よ。そなたに折り入って話がある。
「ははっ」
有難き御言葉を頂戴し、臣が畏れながらも御尊顔を拝して恐悦の極みに至ったところで、陛下は長い
「
「何を仰せられますやら。陛下はまだまだお若いではございませんか」
第一、譲る後継ぎも
「いや、最近ちと、その……、このへんがのう……」
ははーん。これは世にいう『ミドルエイジ・クライシス』というやつですね。
陛下にはちょっと早い気もいたしますが。
ここは
「畏れながら陛下。その下腹につくものを、人は『貫禄』と呼ぶのです」
「無礼者!」
威厳ある玉音にハッとして、臣はさらに深く腰を折りました。
あっ、持病の腰痛が……悪化する……。
「儂はまだバキバキのシックス・パックじゃ」
「はっ……、失礼致しました」
確認はしませんが、これはたぶん真実です。
ていうか、腹筋バキバキに鍛えてる王様ってどうよ。
「そうじゃなくて、暑いんじゃよ、コレ。この分厚いマントにフワフワのファー。なんで王様って、一年中こんなの着ないといけないワケじゃ? もう、クランチ3種×100回やった後とか、地獄じゃよ」
「いえ、だからその……、貫禄と申しますか……」
「あと、この、ヒゲ!」
頃合いと思って、左腰をそっとさすりながら起き直ると、陛下はご自慢の髭をいじいじと弄り回していらっしゃいました。
「焼肉のタレとかこぼすと、拭き取るの大変なんじゃけど。うっかりスープに浸かっちゃうこともあるし」
陛下のお食事は
テーブル・マナーのレッスンを、いつもおサボりあそばすからですよ。
ていうか陛下、さっきから少々、口調が……。
「そして極めつけ、王冠! これ何キロあるか知ってる? こんなん四六時中載せてたら、頭ハゲるし首コルわ。あー、
分厚いマントの上からでもわかるムキムキの肩を揉むフリしながら、陛下は仰せになります。
「もうさあ、わが城もクールビズにしようと思うわけよ。ノー・マント、ノー・王冠。あ、宰相くんもそのトレードマークの眼鏡と詰襟、やめちゃっていいよ」
いえ、臣は眼鏡を外すと何も見えないです。
「しかしながら陛下、それでは王のイメージが……」
「うわ、出た。イメージ。出たよこれ」
ああ、しまった。これは妙なスイッチを押したようです。
「え、白いファーのついた赤マント引きずって?
いえ、わが国では、王様と王妃様が常時玉座にスタンバイというスタイルは採用しておりませんが。
冒険者のアポなし訪問も禁止していますし。
「民家の壺は一人一回まで割ってオッケーとか、小銭と薬はネコババしてもセーフとか、倒した敵から
……さっきから、何の話ですか?
「だいたいオレ、『儂』とかいうキャラじゃないし!」
ああ、出た。一年に一回くらいは発症するんですよね、コレ。
普段無理をして被っている『王様』の皮が、ポロリと剥げかける――まあ、脱皮みたいなものです。あるいは、冬毛が夏毛に替わるというか。
これを上手く
「まあまあ、そう仰らずに。そういえば陛下、まもなく狩猟シーズンではございませんか? どれ、今年はひとつ、
「ヤダヤダヤダ! もうヤダ! もうやりたくない! 王様なんて、辞めてやる!」
これは、いつにも増して重症のようですね。
「それにわが妃……『姫様』もさあ」
陛下はふいにバタ足をお止めになって、玉座の間に掛けられた美しい女性の肖像画をご覧あそばされました。
それは先代国王の末のお姫様――すなわち現在の王妃様です。
陛下はいわゆる、婿養子であらせられるのです。
「なんか、こう……、ねえ……」
先王の末の姫様はたいそうお美しいと国じゅうの評判で、無論そのお美しさは、今も変わらぬはずですが?
「いや、そりゃまあ美人よ? けど、なんつーかさあ……タイプじゃないんだよね。いやもちろん、美人は美人よ? もう、すっごい美人! 国一番、いや、世界でも屈指っていうか……」
「あの、陛下……?」
亡き先代国王の肖像画に向かって力説されましても。
「……でもオレって、もともと田舎出身だしさあ。世界中を冒険して、世界中の美女を見てきたけど、ああいうのはやっぱ、見ているぶんにいいのよ。
「はあ、左様でございますか」
陛下に異を唱えることはできない。かといって賛同できる内容でもない。
臣下の辛いところです。
「もっとこう、心安らぐっていうか? フツーのおねえちゃんっていうか? 何なら一緒に畑仕事できるくらいがいいワケよ。なんかさー、姫様の隣にいると、緊張すんだよね。お姫様だし」
あなただって王様なんですけど。
「だいたいさあ、ドラゴン倒したからご褒美に姫やるって、オレそれ聞いてないんですけど!? 先言ってよ! それ、倒す前に言ってよ!」
「いえ、国中に高札を掲げておりましたが」
「だってオレ、谷の反対側から入ってきたし。その立て看、見てないし」
「立て看板ではなく、高札です」
「オレはお腹空いてたの! そんで、ドラゴン・ユッケが食べたかったの! でも米切らしててさ、
そう、あの光景を、この国の民は決して忘れはしないでしょう。
長きにわたって国を悩ませていた凶暴なドラゴンを倒し、朝日を背負って悠々と谷を渡って来る勇者の姿。
そして国王陛下(当時)以下、皆の歓迎を受けた勇者は――
「は、勇者? いや『ゆーしゃ』じゃなくて『しょーゆ』持って来て!? 毒消しハーブは持ってたし、あれでご飯と醤油があればもう完璧だったわけ。あったかいご飯にドラゴンのもも肉のせて、刻んだハーブを散らして、卵をトロッ、そこに醤油をひと回し……ぅじゅるるる」
食べ物の恨みを、今も忘れていらっしゃらないようです。
「それをさあ、やれ晩餐会だの、やれ舞踏会だのって連れ回されて……。結局鮮度落ちたから、焼肉にするしかなかったんだぞ!?」
結局食ったんかい!
「ねぇわかる!? 王宮の庭の片隅で、一人焼肉をしていたオレの
「だったらみんな誘って、
「違ーう!! そこ、全然違うから! オレは一人焼肉がしたいから一人でするのであって、一人だから一人焼肉するんじゃないの! わかる? この違い、重要よ?」
「は、申し訳ありません」
うっかり陛下に口答えしてしまった、臣の不手際です。
「一国の宰相たる者、そういうとこちゃんとしなきゃダメだよ。ボッチが寂しく一人焼肉とか、それ間違いだからね? 偏見だからね? 一人焼肉こそ、焼肉の最高峰なわけよ。これもう、肉に対するリスペクト。一人焼肉ができてこそ一人前なの。わかる?」
「はっ、肝に銘じておきます」
「うむ。じゃあ言うてみ? 人はなぜ一人焼肉をするのか――そこに肉があるからとか、そういうの要らんからね。ほれ、言うてみ?」
「はっ。ええと……、一人前……のお肉があったから、でございましょうか?」
「
「はっ」
「そもそも儂は焼肉の話をしておるのではない。儂を愚弄するか、この
もはや何も申しますまい。
代わりに
「そもそもオレ、冒険者だしぃ。王様とか向いてないしぃ。ドラゴン倒したら王様になるって、それどうよ? 王様の適性って、そんなんでいいワケ? オレにできるんだったら誰でもよくなくない?」
誰でもよくなくない? = 誰でも良いってことはないよね?
正解でございます。
いえ、申しますまい。
「あ、いっそ宰相、王様やっちゃう? 兼業宰相。なんかカッコイイじゃん。二刀流だよ、二刀流」
「いえ、滅相もない」
ドラゴンを倒した勇者と美しいお姫様の結婚式が、国を挙げて華やかに執り行われた、その三か月後……先王はご安心なさったかのようにお隠れあそばされました。
満百一歳の大往生です。
先王に王子はなく、王位継承者に定められたのは末娘の婿殿でした。
「ていうかさ、いまどき世襲制って流行んないでしょ? もうさあ、王様なんてやりたい人にやらせとけばいいじゃん」
「王位は基本、世襲制です。流行らせなくていいですから」
それでも、民衆の期待に応えて即位なさった、心優しい陛下なのです。
「ああ、冒険者に戻りたいなぁー。もう王様やりたくないなぁー」
陛下はとうとう、赤絨毯の上にゴロゴロと転がりだしてしまわれました。
こんなこともあろうかと、先週から召使いたちに命じて念入りにコロコロをかけさせておいて正解でした。
「ねぇジョブチェンジ・システムとか、ないわけ? 王様経験値、だいぶ溜まったと思うからさ、そろそろ変更できんじゃない?」
「そんなアホな」
「えぇー。オレもう結構な年数、無休で王様やってるよ? かなり有給溜まってんじゃん?」
「王様に有給休暇の概念はありません」
「半年……いや、一年だけ! 一年でいいから、お願い!」
いや、臣にお願いされましても。
「そうだ、じゃあ、こうしよう!」
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