第69話 デート(仮)(3)

 俺達が連れてこられたのは新設された最奥の個室、この店で一番待遇がいい席だ。

 壁の一面がガラスで敷き詰められているが、多分あれはミラーガラスだろう。

 外の景色はさっきいた公園が丁度見えるようになっており、この席の価値を物語っている。

 外から見える景色も綺麗だし、内装も自然に合わせて植物や花が模されている。

 なんだかとても落ち着くところだ。


「全く、貴方って子は…わざわざあの少年をあそこまで挑発しなくても良かったものを」

「あははー御もっとも。俺はよくても茜が怒鳴られることが納得できなくて…つい」

「ついで済ませないの、彼女のために怒れることはいいけど限度と言うものがあるのよ」

「か、彼女ですか?!」


 この店長は何を勘違いしているんだろう?茜は俺の幼馴染であって彼女ではない。

 どうみても不釣り合いな感じが出ている筈なのに、おかしいな。


「あはは冗談きついですよメンディさん。茜と俺はただの幼馴染ですよ」

「た、ただの幼馴染…………」

「それに茜みたいな美少女が俺なんかと釣り合うわけないじゃないですか」


 俺と茜を交互に見ながら店長が茜に憐みの視線を送る。何故か茜もシュンとなって、『ただの幼馴染……』を連呼しているし。大丈夫か?


「まぁそういう事にしてあげるわ。そういえばまだお嬢さんと自己紹介もしていなかったわね。私はルカ・メンディ、この店の店長で見ての通りのオネエよ」


 自己紹介にオネエ言うか?どうせ喋り方でバレているから、今更感あるけど。


「あっはい、私は淵ちゃんの幼馴染の茜瑠璃です」

「そう瑠璃ちゃんね、覚えたわ!後敬語なんて使わなくておいいから」

「えっでも…」

「いいのよ、この子は頑なに敬語を解いてくれないからもう諦めたわ」

「年上に敬意を払うのが好きなだけですよ」

「嘘おっしゃい、敬語を解かない理由が欲しいだけでしょう」

「バレてしまいましたか」

「それなりの付き合いだから当たり前でしょ」


 確かに彼?彼女?とは数年の付き合いがある。しかもこのレストランが人気になる前の序盤あたりに知り合ったと思う。

 懐かしい……っと思い出に浸るのは後にしよう。


「それよりメンディさん、レストランに来たのですから昼食を頂いていいですか?空腹で死にそうですよ」

「あら忘れていたわ、ウェイターこの二人にメニューを」

「いや貴方は動かないんですか?一応店長でしょう」

「二人と話している方が楽しいもの」

「は、は~」


 レストランの主軸の存在が仕事を放ったらかしていいのですか?

 茜が間抜けな返事をしているくらい驚いているじゃないか。


「冗談はよしてくださいよ、喋りたいならせめて俺達の分の昼食を作ってから戻ってきてくださいよ」

「はいはい、それじゃぁ厨房に行くわ。また後でね瑠璃ちゃん」

「はい」


 メンディさんは若干気まずい空気を纏っている俺達を残しながら厨房へ行った。

 うーん、どうしよっかなー。茜はメニューで顔を隠しているし、ここは男らしくこっちから声を掛けた方がいいか。


「茜、何か聞きたいことでもあるんじゃない?」

「……淵ちゃんはさっき殴られようとしていたの?」


 おりょ、意外とどうでもいいことを聞いてきたな。

 茜の問いに対して若干驚いたが、彼女の目をみたら分かる、真剣だってことを。

 全く心当たりがないのだが、何か怒らせることでもしたか?


「そうだね」

「どうして?」

「後ろにいる茜を怖がらせたから、俺に暴力を振るって少し社会勉強をさせるために」

「社会勉強……自分の身を犠牲にして、相手に自分が起こした行動の責任を突きつけるという事で合ってる?」

「そうなるね、被害者の怪我によっては少年院送りもあったよ」

「そこまでする必要があったの?」


 茜は質問を繰り返す。言いたいことの察しはつく、別の方法もあったのにわざわざ自分の身を犠牲にしてまで相手に自分の非を認めさせる必要はない。一般常識内では詩論に値する考えだ。でも一般常識なんてあやふやな境界線は人によって違う。

 俺はそれが少し他人とずれているだけ。だからなんどもこういう事を繰り返す、例え一番身近な人達に否定され続けても。


「茜は正しいよ。そこまでする必要なんて無かった。優しく、丁寧に相手に説明すれば何も起きはしなかった」

「だったら――――

「でも俺が納得いかない、それだけだよ」


 実に自己中心的な考え方だと分かっている。でもごめんなさいなんて軽い言葉を俺は信じれない。いや、言葉自体を信じれない。

 ウェイターの足音が聞こえる。時間的に俺達の注文だろう。こんな空気はお出かけ中に出したら行けないな。


「でも分かった。茜の言う通り、最善の対応ではなかったね。次からは気を付けるよ」

「お願いね淵ちゃん」


 強制的にこの話を終わらせる。本心では納得していないのに、笑顔で、納得したような声色を使ったら、例え幼馴染でも信じる。だから俺は未だに言葉を信じられない。


「ところで淵ちゃんとメンディさんの関係って何なの?」

「それは本人が来た時に話すよ。メンディさんもそのつもりだろうし」


 扉がノックされる、そして開く。注文を受け取るためのウェイターではなく、皿を持ったメンディさんとともに。


「さぁ召し上がれ!」

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