2-4 初恋の人

うん、と頷く彼女を抱きしめて、深い口づけを交わす。

そうしながら懸命に、妻のことを考えようとする自分の思考に蓋をする。


千慧里には悪いと思ったが、可哀想な彼女を慰めてやる、という想いで頭をいっぱいにするしかなかった。

たぶん、部屋の外にも、様子をうかがっている人がいるはずだ。


彼はその場にそっと彼女を押し倒すと、耳元から首筋へと唇を滑らせ、その間に自分の衣の帯をほどいていく。


「姫さま…」

「宗伽、私は『ちえ』よ」

子どもの頃、千慧里が長いので「ちえさま」と呼んでいたのを思い出す。


頷いて、一度彼女を抱き起こすと、屏風の陰の布団へと連れていく。

上半身裸になると、彼女がその胸に触れた。初めて触れる男の肌だった。

「こんなになめらかなのね…」

彼の滑らかに張った胸に触れている間に、自分の着ているものに手が掛けられ、胸元から開かれていく。

「滑らかなのは、ちえさまの方です」

そういうと、彼女の白い胸元へと宗伽の唇が降りていった。


 * * *


腕の中にある、いつもと違う髪の匂い。

何かの香を焚きしめているのだろう。

それが布団に擦れる度、なんとも言えない甘い薫りを漂わせる。


…きっと最初の床入りの日は、そうやって夫を迎えるのだろう。

そう思うと、今、自分が抱いているこの人が、尊い身分であることを認識する。


「宗伽」

眠っているかと思っていた彼女が、目を開けて、細い指で自分の唇に触れてくる。

「ありがとう」

その指を捉えて唇をあてると、彼は微笑んで首を横に振った。


「大丈夫でしたか?」

彼の唇と指の愛撫にうっとりと身を任せていた彼女も、破瓜の痛みには顔をしかめていた。

それを自分がやってもいいことかどうかは考えないように、彼女の身体をなるべく楽なままにしてあげたかったのだが、やはり難しかった。


「…最初の人が、あなたで良かった」

それは、宗伽を初恋の人だと言ったことを裏付ける言葉で、彼は、改めて千慧里の顔を見た。


「私にとって、これまで生きてきた中で、一番の甘い思い出だわ」

そう言うと少し微笑んだ。切ない笑みだった。


彼は身体を起こし、握っていた彼女の手を布団へと軽く押しつけた。

その切ない微笑みを浮かべた頬に口づけをすると

「もう少し、浸ってみますか? 甘い思い出に」

唇をちゅっと吸うと、触れそうなほど近い位置で、口が動く。


「今度は、痛いことはしないから…」

そう言うと、露わになった二の腕から胸へと唇で辿り始めた。


 * * *


朝、千慧里が目覚めると、宗伽はいなかった。

それでも、彼女の身体には、彼の刻み込んだ感覚が残っている。


まだまどろんでいるふりをしたくて、布団に埋もれたまま、夕べのことを考えた。

妻に繰り返ししていることを、きっと宗伽はしてくれたのだ。

たぶん初めてだろう皇太子では、ここまではできないだろう。


そう思うと、少し淋しい気がした。

知らなかったらそれで済んだかもしれないことを、知ってしまったから、また得たい、と思ってしまう。


自分が体験したことを、どうやって活かそうか、としばらく考えた。

…そんなことを考えなければいけないのも、自分の運命なのか。


「姫さま、お目覚めですか?」

扉が軽く叩かれて、佳玉かぎょくの声がした。

彼女は起き上がり、畳まれていた自分の服をさっと纏った。

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